訪問者 3
爆破テロの影響で登校は全面禁止、外出も自粛、バイタルに異常数値が無い生徒はリモート出席で受講をする指示がテオのメーラーに届いた。
バイタル管理は個人で行うものだ。
どんな安物の端末だって、通信機能とバイタルリード機能は備わっている。未成年者は端末が記録したバイタルの週間レポートを養育者と所属教育機関へ提出する義務がある。それらは端末の設定で自動的に行われるものだから意識している物は少ない。
教育機関はバイタル値の推移から、生徒に体育授業の月間単位を課している。
単位さえ取れば生徒は登校をする必要が無く、座学はリモート出席で受講すればいい。
今回はテロのせいで体育授業の月間単位が免除されたらしく、早い内に単位を取っていた生徒の多くはは舌打ちをしたことだろう。テオもその一人だ。
もともとリモート出席で済ませるスケジュールだったが、それが、能動的なものから強制的な理由にシフトしたいま、無性に空白の時間が目についた。
意味も無くリングデバイスを立ち上げて操作することが増えて、まるで依存症の様だと自重する。やがて、テオは自分が期待をしていることに気がついた。
目にしてきた情報のいくつかが、まかり間違って自分に伝わってきていて、ナラバ博士がいつものように突拍子もなくテオにコールしてきやしないか、と。
バカバカしい。
あの日の大火がもたらす破壊の夕暮れは、未だに鮮明にまぶたの裏に焼き付いているというのに。
博士のコールアカウントはもうずっとダウンしていて、メール以外のコミュニケーションツールが使用できない。プライベートモードの設定を博士がわざわざしているなんてことは無いだろう。実験中にかかったコールに博士が罵詈雑言を浴びせているのを聞いたことがある。
だから、博士のコールはめったに鳴らないのだと納得した。
つまりは、端末の電源がオフになって居ると言うことだが、そんな生活のシーンなんて機種変更や契約更新以外には皆無だから、おそらく誘拐犯に没収されて破壊されてしまったのだろう。
一方的だったけれど、確かに存在していたテオと博士のコミュニケーションは断絶してしまっていた。
「……」
本日の受講分は終了している。
昨日のあの様子なら、本来ならきっと博士が研究室に呼び出していたであろう時間。
端末はコールしない。
「っ……」
ウォーターサーバーの曲面に自分の顔がゆがんで映り込むのを目にして、テオは立ち上がっていた。
上着を掴み、駆られる気持ちのまま外へ出る。
胸の内側を、カリカリと爪で掻かれるような不安の不快さに唇を結び、早足で歩く。
何が出来るかなんて大それたことは考えていない。
言われていたことをやるのだ。
博士はテオにあのデブリの世話をしろと言った。
だから、本来それをやる時間だったのだから、やるのだ。
博士はいないけれど、きっと、戻ってきたときにどうせやることになるのだ。だったらいまからやっておいたら実験も早く終わる。体育授業の月間単位とおんなじだ。
外出自粛は学校だけでは無く潜伏が目されている辺り一帯の地域に布かれているはずなのに、公園には今日も分厚いスーツで、くずかごの前に座り込むデブリがいた。
テオは、その不変さに苛立ちを覚え、ほとんど駆け足になって公園を横切った。
火は消えていたが、あの日の名残はもはや施設の一部となってしまっていた。
自粛のせいで街はいつもよりも閑散としているのに、施設の周囲には何人もの警官が立ち睨みを利かせており、ものものしい雰囲気だった。
もちろん、彼らの警戒の眼光はテオにも向けられている。
顔を伏せ、身を縮こませながら、テオは施設の入り口へ進んだ。
警官たちもテオを不審者か関係者かを判断しかね、視線をくれるだけに留めている。
後ろ暗いことはないが、落ち着かない気持ちで関門まで行って、いつものように監視カメラに顔を向ける。
ビーッ! ビーッ!
「え、なんで?」
けたましく、かき鳴らされたブザー。
いままで一度だってこんなことは無かった。
ぶわりと背筋が粟立ち、足下がおぼつかない感覚に陥る。
テオ自身、訳も判らなくなっている内にその肩を強く握られた。
「あっ」
さっきからテオを監視していた警官だ。
その手にはロッドが握られていて、見上げた顔は厳ついくせに緊張で汗の玉が額に滲んでいた。
「きみ」
「ち、ちがくて、ボクは! いつもは普通に通れたから!」
ああ、何を言っているのだ。
説明にもならない、言い訳が咄嗟に口を突く。
落ち着かなければならない、理解していながら、その理性の制止をかき消すように心臓が早鐘を打つ。
どっどっどっどっ
「あの、ボクはもともと、ここに収容されていた患者で、だから!」
くそ、くそっ!
何を言い始めたんだこの口はッ!
べらべらと言わなくていいことを!
「いいから、こちらに従って」
「……はい」
強く言われてすごすごと頷いたのである。