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訪問者 2


 施設の爆破事件は大きく取り上げられて報道された。


 各国の首脳が出席した『テロ行為恒久的撲滅宣言』から久しく発生した事例に、世界中が怒りを露わにしている様子を、キャスターとコメンテーターが厳しい顔で、しかし紳士的に討議する様子を何回も見た。

 まるで役者を変えて同じ演劇を繰り返しているようだった。


 世界がテロとテロを企てた人間を憎んでいる。

 テロリストは間もなくにその愚行の報いを受けることになる。


 力強いフレーズは多くの視聴者に安心感を与えたことだろう。

 テロによる死傷者の名前が並ぶリストに続き、犯人に誘拐されたとおぼしき数人の人物の中にナラバ博士の顔が並んでいるのを見つけ、テオは眉根を寄せてモニターの電源をオフにした。

 

 テオは知っていた。

 報道で流している通りに、事件は間もなく解決することは無いだろうと言うことを。


 捜査は芳しくないし、具体的な対応策も出来ていない。

 それは、テオを訪ねてきた刑事の困り果てた情けない顔を見れば瞭然の事実だった。


なにせテロどころか、荒事の対応すらマトモに経験したことが無いというのが、現職の内部事情だ。

 聞き取りに態々生身で足を運ぶのだって、事件解決のためと言うよりも、世間へポーズするためにやっている。


 相当参っていたのだろう。

 刑事の彼は愚痴交じりにテオが聞いたことにほとんど答えてくれた。


 テロの首謀者は国の認知していない『自壊衝動精神疾患』の研究機関である可能性が高く、施設が襲われたのは、ナラバ博士をはじめとする優秀な人員が目的だったのではという見解で捜査が行われていること。


 施設の被害規模は研究棟が主で、一部病棟も被害を受けた。特にナラバ博士の個人研究室のあったあたりは全焼状態でひどい有様らしい。


 同時刻に現場から離れる車両が複数、監視映像から見つかったものの、走り去る方向がバラバラで、車両の登録情報が偽造されていたり、乗り捨てられたりしていて捜査は難航しているようだ。


 刑事は誘拐された研究員たちの研究内容や過去の実績から関わりのある研究機関を探せないかと考えたらしく、それが刑事がテオを訪ねた理由だった。

 他の誘拐された研究員は施設のクラウドバンクにその研究進捗が保存されているが、ナラバ博士だけは頑なに研究レポートのデータ化を嫌がっていたせいで情報が少ないのだ。


 そこで、博士と親交があったテオに白羽が立ったわけだが、あいにくと、期待されているような回答は持ち合わせていなかった。


 理由も分からないまま、トラックを走らされたり、よくわからない薬を飲まされたり、何人かのデブリと面会して、ときにはカードゲームをしたことを話したところで、博士の研究内容が分かるはずも無い。


 刑事のあからさまながっかりした顔が、お前はずっと一緒にいたくせに恩人でもあるナラバ博士のことを何にも知らないんだなと言われている気がして、出所の分からない悔しさを覚えた。


 なんとか絞りだそうとして、出てきたのは、博士が特別視していた研究対象のデブリ、『ツクモ』のことだった。

 だけれど、テオは結局、ツクモの名前を口にすること無く、刑事を見送った。


『ほかの誰にもまかせてはならない』

 

 開いた口に蓋をするように、博士のセリフがテオにツクモの名前を噤ませた。

 

「ああ、もう!」


 ウォーターサーバーからくみ上げた水を一気に飲み干す。


 いったい、あのデブリが何だというのだろう。

 博士はツクモになにを期待してテオと会わせたというのだろう。


 テオはナラバ博士のことが本当になんにも分からない。


 もし、

 もしも、ツクモの秘密が分かれば博士のことも分かるのだろうか。


 思考が脳裏を掠めて、へにょりと唇を結んだ。


 何を考えているのだ。

 あんなにも関わることを嫌がっていたはずなのに。


 不謹慎だが、博士が失踪したことで今度の質面倒そうな実験はおじゃんだ。テオは自分の時間を訳の分からない突然出来た他人(いもうと)のために使わないで済んだ。


 それはいいことのはずだ。


 いいことのはずなのに……。


 テオは再びコップを水で満たし、一息に呷った。

 釈然としない気持ちは喉につっかえたままだった。

 


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