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対談


 四方を囲まれた部屋。


 椅子が一脚、小さな机が一台、硬いベッドが一床、入り口から見えないように設けられた申し訳程度の衝立に隠れた便器が一据。


 それだけしかない部屋。


 テオがここに拘束されてから長い時間が経っていた。

 ツクモがどうなったのかは分からない。

 テオにはなんにも分からない。

 テオには何の権利も与えられていない。

 何一つもテオには出来なかった。平凡な人間が強大な組織を相手取ろうなんて、それこそ無謀だったのだ。


「……」

 悪態どころか、ベッドから起き上がる気力さえ湧かず、テオは横になったまま空かない扉を呆然と見つめ続けていた。


『質問をします――』


 生理的に受け入れやすいトーンに調律された音声。


 時折テオを閉じ込めているヤツらは質問を投げかけてくる。その内容はテオとツクモと二人で過ごしたあの日々の特定のシーンを切り取ったものであったり、意図を理解しかねるAorB、仮定のシチュエーションに対しての行動選択などだ。


 この部屋で目が覚めたばかりの頃は声が聞こえる度にツクモに会わせろと訴えた。そうすると彼らは沈黙して、数時後に次の質問を投げかけてきた。


 答えても同じだった。次の質問に移るか、それとも沈黙するか。

 彼らの目的は質疑そのものなのだ。

 答えればその記録を、答えなくてもまたその記録を。

 テオがどんなリアクションを取ろうとも、彼らはそれを記録するだけ。

 なら、この後に及んで、テオにどんな抵抗が出来るというのだ。


 何にも出来ない。

 テオには、何一つ、権利は与えられていない。


 RIRIRIRI


 配食を知らせるベルだ。


 ベッド脇の壁の一部がスライドして、小さなスペースが現れる。

 のろのろと、スペースからプレートを引っ張り出した。


 はは、今日はハンバーグらしい。豪勢じゃないか。

 食事に規則性はない。

 栄養ブロックとチューブだったり、追い込むように何日も与えられないこともあった。

 何日か毎にご機嫌をとるかみたいにスパイスと添加物まみれのメニューが組まれているような気もする。


 まあ、どうだっていいか。どうせそれだって記録のためだろう。

 挽肉の塊にフォークを突き立てる。

 合成プラのカトラリーだが、うまいことやったらこれでも死ねるだろうか。


 テオが死んだら彼らに報いることが出来るのだろうか。

 いや、死んだら死んだと記録がついて終わりだろう。

 そもそも半端物のテオが自分の意思で死ぬなんて出来ないに決まってる。

 もう終わってしまったのだ。

 抵抗して敗北し、屈服した。

 

 だからもう、テオにはなんにも出来ない。


もそもそと食事を終えるとプレートをスペースに戻し、テオは再び横になった。



 懐かしい記憶を夢に見た。


 当時のテオはベッドに拘束されていた。

 日に何度か扉が開いて、大人達が作業をしたり、拘束を解いて目の前にいくつか刃物を並べたりした。

 『そのキットを使って自傷しなさい』と指示されたこともある。


 テオは疑問を持つこともなく、耳から侵入してくる他者の声に素直だったが、刃物や凶器には手を伸ばさなかった。

 もうテオの精神はこの身体にきちんと在ったから。


 漠然と日々が過ぎた。

 ある日、また扉が開いて、大人が入ってきた。

 彼は、他の大人とは違い、ぎこちなくテオに微笑みかけてきた。それが、とてもくたびれて見えた。


『やあ、こんにちは、やっと会えたよ』

 彼がベッドの前に膝をつくと、濃く染みついたコーヒーの香りがして、嗅いだことのなかったその匂いは、テオにとってそのまま彼の心象に結び付いた。


『本当はもっと早く来たかったんだが、管理の連中はもったいぶってばかりでいけないね』

 呼びかけながら、彼は、テオの拘束を一つずつ自分の手で解いていった。

 拘束が解けても動こうとしないテオの脇に手を差し込んだ彼は『よし、これでいい』と言って立たせてくれた。


『私はね君を迎えに来たんだ。ああ、それから一つ君にプレゼントしたい物があってね、気に入ってくれると嬉しい』

 ぽんと、テオのボサボサの髪に手を置いて、

『テオ、今日から君の名前だよ。213なんて野暮ったい呼ばれ方よりはきっと幾分かマシだろう?』

 笑い方も下手なら、頭の撫で方も下手くそだった。


『私はナラバだよ』

 うんともすんとも答えない無愛想な子供だったテオに見上げられた博士は名乗ったのだっけ。

 

 

 ゆっくりと瞼が開く。

 ベッドに横たわるテオの目が、一脚しかない椅子に座る誰かの背中を見つける。襟がよれていて、洗濯もしないで何日も着込んでいることが分かった。


 匂いで分かった。

「ナラバ博士」

 呼ぶと、博士はピクリとしてから振り向いた。


「やあ、テオ君、おはよう」

 やっぱり博士の浮かべる笑顔はぎこちない。


「なに、してるんですか?」

「はは、うん、ちょっと書き物を。管理の連中はデータにしろってうるさいが、もう馴じんでしまってね、私はこっちの方が落ち着くよ」

 インクペンを振って博士は戯けた。


「この部屋は退屈だろう? ごめんよ、今の私の権限じゃ隔週の食事メニューをちょっぴり良くするくらいのことしか出来なかったんだ。本の一冊でも差し入れ出来れば良かったのに」

 「だから管理の連中はいけない」と。


 ああ、博士だ。

 いろいろ込み上げてきて、音が伴わず、唇動くこと数回、


「なに、していたんですか……」

 泣き声混じりにやっとそれだけが言えた。


「うん、いろいろ、ね。いろいろやった。その中にはテオ君とツクモを苦しめることもね」

 ごめんねとは言わなかった。ただ困ったように下手くそな笑顔をテオに向けていた。


「聞きたいことがいっぱいあるだろう?」

「答えてくれるんですか?」

 何も話さないままテオの前から消えた博士。

 テオが苦しいときもツクモが泣いているときも、ただの一言だってくれなかった。


「もちろん、全部説明するよ。だから、まずはここを出ようか。私の私室へ行こう」

「出られるんですか?」

 また、新しいシチュエーションの記録の為だろうか。

 疑いを向けるテオをよそに博士は椅子から立ち上がって部屋にある唯一の扉を引いて振り向いた。


 さあおいでと、言外に。

 今さら何を抵抗することがあるだろう。それとも相手が博士だから素直に言うことを聞けないのだろうか。


 だとしたら、やはりテオはまだまだ子供だ。

 一つ深呼吸を吐いてから、テオは博士の後に続いたのだ。


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