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アライブ 6


「は?」


 なんだよ、これは、いったい、なんなんだよ。


 手前の二つ。テオとツクモ分の二つの席を除いて、全ての座席を、顔さえろくに認識できないヘルメットの集団が占拠していた。


 罠、だった?


 ひやりと、ぞくりぞくりと、背筋が凍り付く。


 だんと、背中を打ち、手の中から泣きじゃくるツクモが滑り落ちる。


「いたい、いたいの、いたい、やめて、やめて!」

 ツクモの悲鳴が響き、一斉にヘルメットが二人を向いた。


 こんな、こんなことが……。

 否定したくて、間違いを認めたくなくて、挽回を探して、二両目の扉を開けば、まるで大量生産品のように陳列したヘルメットの集団がまたもや在ったのだった。


「うう、ううう、ううぅうううう!」

 足下で頭を抱えるツクモのうめきを聴きいていると、朧気に記憶が掘り起こされた。

 地方の施設から移送されたとき、たしかテオも、このようにして運ばれたのでは無かったか。


 どこかの都市で、不要と判断した両親から政府に寄与され、管理番号を付けられ、貨物として並べられて買い取った奴らの任意の場所へと発車させられたのだ。


 こられきれなかった。

 とうとう、涙が奔流した。


「ボクは、ぼくは……!」


 ちゃんと人間なのに!


 ぽつんと、一体のヘルメットのランプが点灯する。

 制御を意味するグリーン。

 緩慢な動作で、人として扱われないひとつは立ち上がった。

 パチンと弾けて、肩掛けにしていたバッグのロックが解除される。


 収納されていたのは、人体を損傷させ、絶命に至らしめるには充分な刃渡りを備えたカラビナナイフだった。


 ひゅっと、息が詰まる。


 ツクモを、守らないと!

 身をかがめて彼女に覆い被さる。

 次に起こったことは、襲われる以上に、不気味極まりないことで、ある意味では、予想が安易に出来ることだった。

 テオは、ソレを、なかなかにこない衝撃に怯えながら見上げた先にあった()()に見留めたのだ。


 自壊衝動精神疾を患う患者へ刃物を与えれば、どうなるのか。

 決まっている。

 命を省みない彼らは、自らへと突き立てるのである。


 カラビナを逆手に握った彼は、ソレを、自らの首へ、頸動脈へと突き刺した。


 バカみたいに鮮血は飛び散った。

 マヌケみたいに、ヘルメットは微動だにしなくて、テオは口をあんぐり開けて真っ暗な地下を行く車両内を照らす光が見せる景色を眺めていた。


 時間を忘れた。

 どさりと、自死した彼が倒れると同じくだった。


「いたいたいたい、いたいのいやいや、いたいたいたのいやいやいやいやいやッ!」


 白髪を振り乱して、ツクモが慟哭する。

「だ、だいじょうぶ、だいじょうぶ」


 なにが『だいじょうぶ』なもんか、くそくそ、くそったれめ!


 テオだって震えていた。

 何が出来るというのだ。

 もうなにもできない、そう、見ていること以外何も出来ない。逃げ道なんて無いんだから!


 グリーン、グリーン、グリーン。

 つぎつぎと、前と後ろで制御状態(グリーン)が灯る。

 ヘルメットの中で、フレームの向こうの誰かが、無限に命令を下す。


 死ね(許可)死ね(許可)死ね(許可)死ね(許可)死ね(許可)死ね(許可)死ね(許可)――


 ―― 死ね(許可)


「やめろよお」

 なんて情けのない声。

 こんな声で何を変えられる?


 ナイフで、

 銃で、


 ヘルメットの中身を鮮血に染めて倒れていく。


 人が死んでいく。

 ひとりが亡くなっていく。


 どっかのチェアーにふんぞり返る誰かの判断(許可)で死んでいく。


「だいじょぶになって、いたいが、だいじょぶ、だいじょぶ、いきる、いきるの、いきる、いきる、いきるのにぃ……」


 肉の裂ける音、炸裂する音、ツクモの嗚咽。


 泣いているんだ。

 ツクモは泣いているんだ。


 勝手に死に続けるお前らのために、お前らの痛みに関心し、泣いているんだ。


 死ぬな。


「死ぬなぁぁああ!!」


 真っ先に目に入ったヘルメットへ向かって、今まさに引き金を引こうとする彼へとテオは飛びかかった。


「死ぬなよ! 死ななくたって良いはずだ! 変えたら良いだろうが! 変えるために頑張ってみたって良いだろうが! そうやって生きてみたって、良いはずだろうがぁ!」


 音が鳴っている。

 誰かが死んでいく音が鳴り続けている。


 誰かが死んでいるんだ。

 テオが叫んだところで、誰かが死んでいるんだ。


 それでも、言うんだ、テオには言葉でしか伝えられないから、叫ぶんだ。


「生きるんだよ、いきなくっちゃあいけないんだ。生き続けない限り、ボク達は感動を手にいれられないんだよッ!」


 タンッ!


 熱い。

 やめてくれ、こんなときに吐くなんて格好が付かないだろう。

 だけど、せり上がる腹からの圧迫には抗えなくて、テオの口からは痰混じりの真っ赤な液体が飛び散った。


「あへ?」

 倒れていた。

 力が入らなかった。

 熱と苦しさで訳が分からない。

 

「ふぐぅ……」

 感じなくなっていった。

 無になっていく。

 何もかもが、遠ざかっていく。

 着実に、確実に、離れていく。

 遠くなっていく。


 星が、見えた。

 あの日に憧れた星。

 綺麗だった。本当に綺麗だった。


 手を伸ばせばそれこそ掴めてしまいそうで、まるで、そう、まるで神様からの贈り物にさえ思えたんだ。


 だから、手を伸ばした。

 あの美しい星が照らす世界で生きたいと、生きていたいと、そう願った。


 それだけが、たったそれだけのことだったんだ。

 テオが安息(おわり)を拒絶して生きた理由は、ほんとうにたったの、それだけが理由だったんだ。


 たった、それだけの理由で、生きようと、生きていこうと、思えたんだ。


 テオ!


 ツクモの声がする。

 泣いている。

 あの日もそうだった。

 彼女は泣いていた。

 痛みを抱えて、一人で残され続けて泣きじゃくっていた。


 ―― ra rara rarara ――


 テオ、テオ、テオ!


 ―― rarara rarara ――


 うん、聞こえているよ。

 魂の距離を詰めて、彼女が近づいてくる。


 ―― ra rara rarara ――


 彼女がテオの本質に、光に触れる。

 命のカタチを歪めるものを取り除こうとしている。


 そうか、やっぱりテオは何も変われていない、平凡なままだった。

 テオの体を良い状態にしていたのは、ツクモだったのだ。


 ―― rarara rarara ――


 触れてくる彼女の手をそっと押して留めた。


 だいじょうぶ、必要ない、きみの力は、きみが自分のためにこそつかわなくっちゃあいけない。ボクはそちら側にはいけない。ぼくは、結局凡人で、ボクの世界で満足なんだ。

 星の瞬きだけで、たったのそれだけ満足してしまうような人間なんだ。

 だから、ボクを選ぶな。

 ボクでは従いて行ってあげられない、きっと、途中できみを恨んで貶めて蔑むだろう。


 ―― ra rara…… 


 きみはきみの光を探すんだ、きみの未来を探すんだ。 

 ボクはその道連れには相応しくない。

 だけどさ、これだけは聞いて欲しい。

 ボクはね、


 ボクは、きみを、きみのことを――

  

 身体から流れる血は、這う秒で熱を失った、テオの物ではなくなった一部の滑りを頬に感じた。


 冷たいなと、思ったんだ。


「て、お……」


 名前。

 もうずっと昔から何千何百万、もっと多く人間が使ってきたありふれた名前。

 

 でも、いま呼ばれている『テオ』はたったの一人。

 ならこの名前の意味は、たったの一人のためだけのアイデンティティに違いない。


「ここに、いるよ」


 そうとも、ボクらはここにいる。


「いきて、ここいる、よ」


 からん、からん。


 金物が床に音を落とす。

 銃も刃物もその場で転がる。

 

 多くの視線を感じた。

 ヘルメットの向こうに隠れている双眸が、意思を持ってテオとツクモとに注がれていた。


 彼らはもう、制御(グリーン)には従わない。


 彼らは、確かにここにいる、テオとツクモを見つけたのだ。


「ははっ……」


 不思議と笑ってしまって、……そこでテオの意識は途切れた。


 

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