アライブ 5
NEW ENCOUNTER!
アーチを飾る文字列をくぐり抜ける。
入り口近くに配置された案内掲示をテオは血走った目で見上げた。
左のストリートでテオはいつもショッピングを楽しんでいた。きっとそっちじゃ無い。
APPAREL
FOOD
INSTALL DATE
違う
ANTIQUE
JEWELRY
どれもこれも違う!
TRAVEL
これだ!
震える指で指して道を確かめた。
なんだ、あるんだ、あるんじゃないか。
正直に言えば、気が抜けた。
この町を出るための方法や手段は、実はこんなにもあっさり手に入る物だったんじゃないか。
それこそ大昔のフィルムみたいに社会を牛耳る組織へ秘密の潜入でもしなければならないのかと思ったのに。
知ろうさえすれば、その方法は、日常とすぐ隣にあったのではないか。
手段が見つかった。でも、これでほんとうに、今までの生活には戻れない。
「おにいちゃん」
見上げてくるツクモの赤い瞳。
「うん、行くよ、一緒に、生きよう」
戻れないことがなんだ。
この先にしか、二人で生きる未来は無いんだ。
戻るなんて、それこそあり得ないことなんだ。
「うう、うう、生きる、生きるの、いっしょ、いっしょ、いっぱい、うぅいたい、いたい、いたいいたいいたい……」
ツクモがまた何事かをぶつぶつ言い出した。
テオは宥めながら彼女を連れて、外の世界へ行くためのステーションに通じるストリートを進んだ。
どうやらこちらには、アミューズメント系の施設よりも経営に必要になる加工や流通の施設を集めているらしい。ただでさえ少ない施設の利用者はテオとツクモを除いて居ないと断言しても良いくらいだ。
どうして、現代人は生活の拠点をたったの一処で完結させようとするのだろう。外界への興味を呑み込んでおけるのはどうしてだろう。
ボクらはみんな知った気になっているんだ。
指先のタップで手に入る世界中の情報。その精度と情報網は決してユーザーに不自由を感じさせない、加えて、VRによる疑似接触まである。
快適な空調とモニター付きルームのソファーの上にいて、望めばどんな世界だって上から覗けると、思うまでも無く妄信していた。
その不実性や、改竄によるプロバガンダを疑う余地もなかった。
それほどに、現代社会が与えてくれたデヴァイスは全能感を与えてくれた。
『役所への届け出は済んでいますか? あなたの健康を心配しています!」
券売機の操作盤にポップした文言に、何を白々しいとテオは毒づく。
ソレだって管理のためだろうに!
吐きそうな思いで操作を進める。行き先は、どこだって良い、ここじゃ無ければどこだって良い。
くそ、生体データを証文しなくちゃいけないのか。
しょうが無い。
外の街はここよりもきっと管理が緩い。じゃなきゃデヴァイス無しで生きていくことなんて出来ないから。まずは、そこまで行くんだ。
デヴィス未所持者の選択から、生体証文へ。政府の管理する戸籍バンクデータからテオの情報を洗い出すのに数秒。
続いてツクモの分のチケットだが。
「おにいちゃ、おにい、ちゃ、ううぅぅ、いたい、いたいが、いたいから、ううぅうう」
また愚図ってる。
アイツらはもう、すぐそこまで迫っている。「だいじょうぶだよ」といいながら、彼女の手を持ち上げて証文させる。
これで、入場手続きは済んだ。
施設の配置したレンズは、この先、ツクモや通路を乗車客として認識する。
ツクモのイヤイヤが不安だ、だけど、ここは進まなくちゃ行けないところだ。
自分を甘やかすな、ツクモを理由にこの町に残ろうなんて考えるな。
この町は出なくちゃならない。もうとっくに、そう決めただろう。
入場して専用の地下道を走るリニアレールのホームへ向かう。
乗客用の車両は僅か一両、二両目からは輸送用の車両編成だ。現代社会で旅行文化がどれ程に需要の無い娯楽かが伺い知れる。
「いや、いたい、いたい、いやいや、おにちゃ、いや、いや!」
もう車両は目の前だというのにツクモがまた駄々を捏ね始めた。
何が気に入らないと言うんだ。
車両の出発までもう猶予はない。逃せば何時間も待ちぼうけを食らうハメになる。その間もヤツらが放ってくれるかなんて分からないのに。
「いや、いや、いやいやいや!」
ついにしゃがみ込んでしまったツクモ。
どうしたら良い?
叱るのか? どうやって、なんて言えば良い?
この我が侭だって彼女の自我が覚醒したからこその理不尽だ。それを否定して良いのか? 彼女の心を無視すれば、ヤツらとやっていることが変わらないんじゃ無いのか?
自問の繰り返し。
どうしろていうんだよ。
泣きたい気持ちになる。
大人になるって決めたのに、なりきれない。
情けなくて、悲しくなる。
だから、だから、理解できない他人はイヤなんだ。こうやって、自分のなかが削り取られてしまうから。
「ツクモ、お願いお願いだから――」
「いや、いやいや!」
とりつく島も無い。
THIS LINEARTRAIN……
アナウンスが始まった。
行ってしまう、もう本当に時間がない。
行きたい、行かなくちゃいけない、行かなかったら、きっとツクモを恨んでしまう。
ヤツらの都合で傷つけられた可哀想な彼女を、テオの都合で振り回したくせに足手纏いなんて言ってしまう。
奪られた以上に彼女は与えてくれたのに。
PUU! PUU!
警笛が鳴る。
同じく階段からドローンが降りてきた。
灯しているのはレットだ。
あいつはテオを犯罪者として認識している。確保用のアームも展開している。
「ツクモ!」
怒鳴ってしまった。
彼女はビクッと肩を竦ませた。
その隙に彼女の膝裏を抱え上げて今にも閉まりそうな車両に飛び込んだ。
扉が閉まる。
列車が音も無く発車し、アナウンスが列車が走行中であることを知らせてくる。
すごく悪いことをした気持ちになった。
「ごめん、ごめんね、ごめん」
「おにちゃ、おにいちゃ、いたい、いたいよ、いたいたい」
ツクモが震えている、泣いている。
こんなにふうにしたくないから連れ出したのに。
くそ、くそ、くそ!
じゃあ、どうすれば良かった。
どんな魔法の言葉なら彼女をなぐせめて車両に乗せられたんだ?
テオだって泣きたい。だけど、だれもハンカチをくれないし、胸を貸してくれない。一人で、たったの一人でそれをこらえて呑み下していかなくちゃあならないんだ、たったの一人で!
泣きじゃくるツクモの頭を撫で付けながら、テオは座席へ向かう。
「いきて、だいじょぶになって、いきるの、いきるの」
テオの服をシワだらけにした彼女は、何も見たくないというように頭を擦りつけてくる。
レンズが二人を認識して、扉が開いた。
そこにあったのは――
――無骨なヘルメットの群れだった。




