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アライブ 4


 偶然に決まっている。


 ここは富裕者区画だぞ? 患者の立ち入りは制限されているはずだ。


 実験を仕向けたヤツらはテオがここにいるのを知らないはずだ。


 ほんとうにそうなのか?


 だって今まで何もしてこなかった!


 これまで一度だってヤツらがテオに接触してきたことがあったか?


 

 もしかして、もしかして……、


 マンションを出てからも監視が継続されていたのか?

 

 浮かんだ疑惑。

 緊張で息が詰まる、痺れに似た神経の震えが下半身から昇る。

 額からの発汗の顔の皮膚が濡れたのを感じたとき、テオはツクモの手を握り直した。


「ツクモ、行くよ」

「ん……」


 返事を待つのすら惜しんで、患者から視線を切って駆け出した。

 次の交差点を横切って、帽子のツバ広を下ろしながら早足になる。都市を走る行為は推奨されない。迷惑行為として巡回中のドローンから制止を促される可能性がある。


 あくまで常識を装って、バクバク鳴る心臓を押し殺して。

 うつむきがちに振り向く。


 追ってきていない。

 やっぱり偶然だったんだ。なにかのアクシデントでたまたま富裕者区画に入り込んで、あそこでドローンの誘導を待っているだけだったんだ。


 ツクモは……、大丈夫だ、モールの時みたいな暴走はしていない。

 大丈夫だ、まだ、逃げられる。

 いくら何でもテオの頭の中までは監視できっこない。

 テオがどうやって逃げるつもりかを、ヤツらは知り得っこない。


 前方からドローンがやってくる。

 帽子のツバに手を掛ける。

 あと数歩も歩いたらすれ違う。


 イヤな汗がじんわりと帽子を濡らし、つつーと、顎のラインを伝うのを感じた。

 五歩分の間を開けて、ドローンが停止した。

 活動中の文字を投影していた前面プレートが切り替わり、ナビゲートモードを示す青色のランプが点灯したのを確認したと同時に、テオは横に針路を切ってツクモの腕を強く引いて再び駆け出した。


 間違いない、補足されているんだ。

 しかも今回、ヤツらはついに傍観を決め込むのを止めて、テオ達に対してアプローチを試みようとしている。

 ヤツらのスタンスが変わったのなら、それはヤツらが大きく興味を引かれる何事かを把握したと言うことだ。

 考えられるのは、テオの身体のこと。


「くそ、クソクソクソ!」

 人差し指を曲げて、歯を立てる。

 落ち着け、落ち着かなくちゃならない。


 言い生かせる一方で、『ふざけるな』と、恐怖と紙一重の怒りが膨らむ。

 だって、もしもヤツらが全部知っているなら、テオのやって来たことは何だ?

 マンションを出たときの高揚と不安、見つかる恐怖に怯えた夜、日を経るごとに明らかに重く不調になっていく身体、本気で覚悟をせざるを得なかった、臨死の景色と感覚。


 全てに意味が無かったと?

 テオの考えが浅い自己満足のごっこ遊びだっただと?

 

「チクショウ!」

 ヤツらは、アイツらはどこまでテオ達を弄ぶのだ!

 そこかしこから都市を見下すいくつものレンズに、一つ残らず物をぶつけて壊してやれたらどれだけ気持ちが良いだろう。


 また、ドローンだ。

 また横道に入らなければならなくなった。

 もうここが何処か分からない。

 問題に直面すると、考えるより先にデヴァイスを使って解決していた弊害だ、トラブルに対処する心構えの蓄積がテオには無かった。


 焦燥する。

 絶望する。

 でも足は止められない。

 泣き出したい。

 助けてとみっともなく叫びたい。

 どうしてこんな目に遭わなければならないと、ところ構わずに当たり散らしたい。


「おにいちゃん、いたいいたい?」

 足がもつれそうになりながらも従いて来てくれるツクモが問いかけてくる。

 ツクモと繋がる自分の手が震えていたことに気がついた。


「っ! だいじょうぶ、だいじょうぶだ、なんとかする!」


 そうとも、テオがなんとかしなくっちゃあならないんだ。


 頼れる人なんていない。

 テオはまだ未成年で、法的に見れば子供だ。だけど、自分じゃない誰かの面倒を見ると決めたからには、オトナに成らなければならない。


 力も蓄積も足らなくても、決めた以上はそう振る舞わなければならない。

 マンションを出た瞬間からテオはオトナをやらなくちゃいけなくなった。


 オトナなら自分で決めて、やれるはずなんだ!


 噛み後が付いた指を離して、代わりに拳を握った。奥歯を食いしばった。

 僅かな手がかりも見逃すまいと、目を凝らした。


 ふと、向かいを走行する集荷車両を見つけた。

 

「あっ」

 開けた。

 すっと、頭頂から一本筋が差し抜けたみたいだった。


「ツクモ、急ぐよ、頑張って」

「あう、……ん」


 汗で滑りそうになる手を握り直す。

走る、走る。

 アレを逃したら、今度こそどうしようも無い。


「おにい、ちゃん、うぅ」

 ツクモがぐずりだす。

 無理させてるのは分かっている。さっきから彼女が転びそうになる度にテオが踏ん張って、引っ張って起こしてやっていた。


「がんばって、お願いだから、もうちょっとだから、がんばってツクモ!」

「がんばって、がんばる、がんばって、いたいたい、だいじょぶ、いたいのだいじょぶ、で、おねがい……」


 何事かを呟く言うツクモの腕をテオは必死になって引いた。

 それでも、離れていく。

 見失ったら終わりだ、走れ、走れ!

 レッドを灯したドローンが横から飛びだした。


 RURURU! RURURU!

 

 閑静をぶち破る、顰蹙を買いそうな大音量のアラート。


 止まるもんか!


 テオは進路を塞いだソイツを思いきり蹴飛ばした。


 がっこん


 規格で定められた聞き心地の良いアラートが淀む。整備された路上をスムーズに進むための連結環状ローラーが錐揉みしてあらぬ方向へと暴走した。


 許されないことだ。

 ドローンは公共の資産だ。それに暴力を振るってダメにすることは、社会に損害を与えることだ。ただの一市民がそんなことをしでかして良いはずが無い。


 でもテオはやった、やってやった。

 興奮している。

 毛穴が全て開いたみたいに全身がチクチクと冷たい。


 車両を追え、車両を追うんだ!


 走れ、走れ!


 ツクモの手を握ってこの道を走れ、そしたら、走り続けたら、そこにきっと見つけることが出来るんだ。


「うう、おにい、ちゃんッ!」

 ツクモが蹴躓き、テオの肩が引っ張られて一緒に倒れ込みそうになるのを、踏ん張って引いて戻す。


 ああ、行ってしまう。


「いたい、いたい、おにいちゃ、いたいいたい」

 首を振ってだだを捏ねるツクモを、はたして、どう宥めた物だろう。

 こんな時にこそ、心を繋げてテオの必死さを伝えられたら良いのに。

 テオには出来ないし、眉根を寄せて「うー」をするツクモに期待するのだって酷だ。だったら出来るやり方をするしかない。

 白髪を抱いて寄せた。


「ツクモ、生きる、だよ。一緒に生きる。そのためにいまは、がんばる、なんだ」

 テオの心臓の鼓動は聞こえているだろうか、生きるという意味が伝わっているだろうか。


「んん、いきる、いきて、……だいじょぶで、だから、いっしょで、いっしょ、がんばる。うぅ……」

 分かってくれただろうか。

 髪を一撫でして、目を合わせる。

「うん、だから、行くよ、がんばってね」

「いっしょ、うぅ、がんばる」

 手を引いたらちゃんとツクモは歩いてくれた。


 車両はどこにも見当たらない。だけど、もう必要なくなった。分かったからだ。


 二日間本気で考えた。

 どうやったらこの街を出ることが出来るのか。

 居る場所で暮らす。それだけが、テオの知っている生き方だったから、テオには街の出方なんて分かりようが無かった。ましてや、今は思い立てばすぐにアンサーを示してくれるデヴァイスだってないのだ。


 だから、自分の中にある記憶から絞り出した。

 テオの中で、外と繋がっていたものは何処にあった?


 『研究所』

 あそこはダメだ、テオが逃げ出すことを決めた元凶だぞ? 頼るなんてあり得ない。


 じゃあ、ひとつしか無い。


 『ショッピングモール』

 物流拠点の側面を担うあのモールなら、必ず外部と繋がる手段がある。だから、目指すことに決めた。


 ヤツらの介入で道が分からなくなったことには焦ったが、運良く集荷車両を見つけることが出来た。都合良くモールに戻る中途だったとは限らなかったが、兎にも角にも、今立っているこの道は、テオが知っている道だ。

 休日に出歩いていた自分を今こそ手放しで褒めてやりたい。ここは、モールへ向かう時に使っていた道だ。

 だから、この道を曲がれば! 


 あった、目指していたモールだ。


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