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アライブ


 拒絶した。


 便利で不自由を感じない今までの生活の一切をテオは拒否して、テオは生活の基盤であったマンションを脱出した。

 きっと、政府はマンションルームの隅に捨てられたデヴァイスに呼び出しのシグナルを送り続けているだろう。未成年のテオのバイタルデータが途絶え、マンションの設備の使用記録、AIのサポート履歴のいずれも更新されないからだ。


 警察にも通報が行ったかもしれない。

 それらのことを考えると、目の前が真っ暗になりそうな不安が頭のてっぺんから首筋を這って降りてくる。

 テオがやっていることは、間違いなく秩序を乱す反逆行為であり、現代人としての責任を放棄した暴挙だ。


 近代都市に求められたのは清潔と安心感であり、それらは政府の努力もさながら、住民の協力の約束のもとに培われている。

 ドローンが昼夜を問わずに街を巡回するのも、街の規律が保たれていることをアピールしなければならないからだ。

 そんな監視と秩序の街で野宿など以てのほかの行為、見つかれば取り締まりを受ける。

 だけど、もうあの監視部屋に戻るなんてことは、まっぴらご免だった。

 これ以上あの卑怯なヤツらにくれてやるものは、何一つだってない。


 都市に向けられたレンズの少ない、富裕層向けの遊戯施設付近の路地にツバ広帽子で顔を隠して身を隠して潜む。滅多に利用者がいないくせに、この施設は税金を使って使用可能な状態を維持され続けている。

 これも政府から富裕層へ向けたアピールの一環だ。

 その収入に関わらず国民すべての人間的生活を保障する制度は、富裕層へのウケがたいそう悪かった。それでも世界中の人間を平等に扱うことこそが、あたかも絶対のスローガンだと言いたげで、競うようにそのための取り組みを披露する各国を前に、我が国も知らんぷりは出来なかった。

 そうして板挟みになった結果が、今日の歪な現状である。

 余裕も無いのに、消費するだけの多くの人の生活を養い、それを負担する一部の人間のご機嫌を伺うためにまた金を使う。

 特別扱いをされた富裕層はその自己意識を増長させ、下民層との差別化を望んだ。


 例えば、一般には公開されない金融、社会情報。

 例えば、商業施設における優待サービス。

 例えば、土地占有権の優先。

 

 そうして選民意識を育てた彼らは監視を拒んだ。

 だから、富裕層区画はレンズは少なく、ドローンの巡回航路は最低限に、政府が派遣する患者達も、もちろん立ち寄らせない。


 これがもっとも重要だ。

 隣ではまとめた髪をキャップの中に隠したツクモがテオを横目に見ながらマネをして膝を抱えていた。

 ツクモはモールで患者に遭遇して異常性を発露した。ツクモがあの頃よりも大きく変化したとはいえ、何も起きるわけが無いなんて楽観視はでき無い。


「だいじょぶ、だいじょうぶ」

 うわごとのように、ツクモは呟いた。

 彼女はこの言葉がよっぽど気に入ったのだろう。思い出したかのように口にすることが多かった。

「そう、大丈夫」

 相づちを打ってやると、ツクモは心なしか嬉しそうにする。ううん、きっと喜んでるに違いない。ツクモの心は、ちゃんとそこにある。


 ――本当は、大丈夫なことなんて何も無かった。

 家出して幾日も経っていない。

 今はどうにかなっているが、もう、テオには限界が見え始めていた。

 巡回が甘く設定されているとは言え、監視の目がいつこの路地に入ってくるか判らない以上、くつろいで眠るなんてことはできない。


 食事の問題だってある。

 いまは、毎月受領していた分から少しずつ貯めていた預金で凌いでいるが、キリがない。

 生活の拠点を失えば、金を使わなければならないタイミングが増えた。

 キッチンはおろかカトラリーやプレートの類いも無いから食事はすべて出来合いで無ければならない。

 体臭が気になりはじめれば、遊戯施設への入場チケットを購入してシャワールームを借りなければならないし、服だってランドリー施設を利用しなければならない。


 現状の生活を維持したいだけなのに、生活拠点が無いというハンデだけで途端に生きずらくなる。

 デヴァイスが無いから、決算にはカードを使っている。

 地方に在住するデヴァイスを使いたがらないマニアック達向けのカードはレートが安くなるほど機能が落ちる。

 ツクモが持っていた博士から預かったカードは個人のデヴァイスの情報を保存することが出来た。

 いまテオが持っているカードにはその機能は無い。あるのはシンプルな、アクセスもとからクレジット情報を保存する機能と、それを施設の機器で支払う機能。

 大量生産の安い基板にはそれ以上の機能を格納するサーキットの余地はない。だからこのカードを使っても、きっと、奴らはテオの決算履歴から居場所を特定することは出来ないだろう。


 カードに入っている預金は浮浪生活を始めてから、たったの数日でかなり減った。

 決算の度に目減りしていく残高は、まるで指折りされているかのようだった。


 デヴァイスに入っていたお金があれば話は違ったかも知れないが、アレを回収するためにマンションへ戻る気にはなれなかった。

 あの金は、奴らが実験のためにテオに与えた金だ。

 そんな金なんて、使いたくは無い。

 もうヤツらにとって良いようにしてやるつもりは無いのだから。


「そうとも、もうボクは、サンプルじゃないんだ」

 ツクモだって、記録に残すための対象じゃない。

 個人で有り、いち人格で在り、自分のためのひとつのはずなんだ。それを否定させてなるものか。

 奴らが、何人も何人も殺し続けてきたとしても、その痛みで命が上げた悲鳴をほんの少しだって掬い上げることをしなくったって。


 この命はテオが自分で使うためにある。

 テオが感動したモノのために震え、テオが見留めたモノのために奮い、テオの世界を豊かにするために在るのだ。

 何処かの誰かのためのものではないのだ。


「誰かのものじゃあないんだ」

 ポッケの中のカードを弄りながらテオは呟く。

 都市空調を快適に管理するために常時散布されている保温粒子によって、頭上の星空が落とす光は曖昧にぼやけていた。


 あの日に憧れた空とは似ても似つかない不細工な出来のソレを見上げて、テオは歯噛みした。

 テオが生きることを選んだこの世界は、あの日に期待した世界はこんなはずでは無かったのに。

 歪めたあいつらに従ってなんて、やるもんか。


 今がどれだけ辛くても、絶対にだ。



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