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花束 4


 What can you see?


 色のない花束。


 ねえ博士、この花束も問いかけも、あなたなりのジョークなんでしょう?

 それも、発した自らを傷つけてしまうような、たちの悪い冗談(ブラックジョーク)


 ソレと同時に、希望でもある。

 もしも、この花束に色が着いたのなら、そのときは祝福の花束となるだろう。意味するところは、博士の研究の完成だ。

 入力ボードの上に指を滑らせていく。


 『No see』


 もったいぶるようなローディングの後、『SUCCESS』の文字列が表示され、テオのデヴァイスからのアクセスは有効になった。


 達成感なんてものは無かった。

 あの火事から博士を理解しようとしていたはずなのに。

 今テオが手に入れた答えこそが、きっと博士が誰にも見せずに心の最奥で燃やしていた灯火だろうに。

 なんて、やりきれなさ。

 

 あの花束は、感情のメタファーだ。


 喜びや怒り、嫉妬、それに愛情。

 ただ在り方のままに咲いていた植物を観て、その多様性に想いを重ねた、かつての人々は意味を与えた。

 声や文化の衰退に囚われない、埒外の言語体系が、野生の植物がほぼ根絶した現在でもひっそりと図鑑の片隅に載っている。


 しかし、もはや現代で花を人に贈るなんて古典文化をやりたがる人はいない。実利的な意味を持たないからだ。

 限りある資源を不当に扱い、あろうことかダストボックスの肥やしを提供したとされ、侮辱的な意味にさえ捉えかねない。


 贈り物にしたときに、本来そこにあったはずのまごころ(意味)は、現代では誰にも届きやしない。


 だから、花から色は失われた。

 もはや、そこにある意味は、現代に生きる誰もが見えないの(No see)だから。


 それは、博士も同じ。

 ナラバ博士はそのことに気づいてしまったのだろう。だから、彼は不幸だった。

 求めなければ傷つかないのに、博士は他者への関心を覚えながら他者を理解する能力が自身に欠陥していることに気づいた。博士が憧れた新たなる生命体のネオテニーであるツクモは、他者と繋がろうとしたが故に、その特異さを発現したと言うのに。


 それが、この盛大な自虐、セピアの花束の真実だ。



 有効になったファイルからアクセスし、テキストデータから目を通していく。

 文章には同じ人物が何度も登場した。


 『被協力異能適性体 個体番号213』


 彼は、北部の被生活保護対象の民間夫婦から提供された個体だった。当初の彼はその他の被協力異能適性体と区別無く管理されていた。

 身体機能の保持のためにスケジュールされた運動プロセスと、流動食、就寝時の拘束。


 まるで在庫管理のように、決まった形態で、実験に協力する日までを過ごしていた。

 彼がその他から画し、特記に一筆引かれる原因となった出来事は、実験に協力してから起こった。


 当時、機関でも最も重要に扱われていた実験中、個体番号213は他とは異なった挙動をした。

 通常であれば実験に協力し、特別な異能適性と接触した個体は拘束を解かれると用意されたキットを使用して自死を企み、決行するはずだった。


 個体番号213は、始めこそ他の個体と同じく間断なく解放された窓から自決に及ぼうとしたものの、行為を中断、最後にはベッドに戻り就寝した。

 収容時のパロメータ計測では、彼は回復が見込まれる精神深度にはいなかった。もしもそうなら、彼は機関の施設ではなく、実験には関わらない一般公開されている施設へ移送されていた。


 特別な異能適性体との接触がもたらした福次効果なのか、詳細を調べる間もなく、精神状態が介抱の兆候をみせ始めた個体番号213を、協議はあったももの、機関は一般施設へ移送し、希望があった重要なポストにいた研究員の預かりとした。


 その後も、個体番号213の情報は更新され続けていた。

 身体情報、心理傾向の計測、薬物を用いた抵抗力、免疫力の測定、etc……。

 個体には、一般施設への入所手続きに伴い、番号ではない、個体名が与えられた。


『 テオ 』


「……ぁ」


 掠れた声が漏れる。

 

 始めからだったのだ。

 巻き込まれたのでは無い、最初からこの一連の渦中にいたのだ。

 テオの生活は、自分のものでは無くて、そう見せかけた管理だった。


 学校に通っていたことも、自分で選んでいたと思っていた日々の食事のメニューも、博士が用意してくれたテオの生活のすべてが詰まったこのマンションも。

 テオの自由は常に監視とともに在り、それを自覚させないほど巧妙に制限されていた。


 その証左が、データが、たった今テオのデヴァイスに羅列されている。

 テオは自分では写真なんて撮らなかったのに、学校、モール、果てはこのマンションで撮られた風呂上がりの一枚までが格納されていた。


 方法は予想は出来る。

 両親の設定で家庭用AIが勝手に撮り溜めする、様々な生活場面を切り取ったフォトアルバムの作成機能。


 そのシステムからデータを盗んだのだ。

 普通ならあり得ない。

 現代のインターネットセキュリティは国営で管理されている。更に、一般に普及しているデヴァイスは国の特殊コードからのアクセスを拒否することができない。違反者は瞬く間にバイタル情報を抜き取られて逮捕されてしまう。


 しかし、だ。

 それが可能となる存在がある。

 それは、違反者を取り締まる管理者本人だ。

 そもそも、あのテロ事態がおかしいのだ。

 国営の重要機関で、どうしてあんな大規模なテロが可能だったのか。

 テロ組織はどうして証拠さえ残さず完全な逃走なんて二〇〇〇年代に流行った創作みたいな芸当が出来たのか。


 グルだったからだ。

 犯人も、それを追う組織も、世間に見せるポーズをしているだけだった。全てはシナリオだったのだ、

 そして、他者に、感情に不関心になった世間の目は疑いはしなかった。メディアの報道をそのまま事実として右から左にした。テオだってその一人だ。


 そんなものが真実で、そんなことが、テオの生きる世界だった。


 ああ、なんて、くっだらない。

 ぎりり、奥歯を噛み締めて、テオはリビングで一人天井を仰いだ。

 監視を想起させるレンズはレイアウトから排除されてるが、そこにはAIが室内状況を把握して管理するためにカメラが仕込まれている。


 その向こうには、テオを所有物として管理している腹づもりの彼らがいる。

 こうして、真実に気づいて反骨を抱くテオさえも記録しているのだろう。


 なんて、なんて、くだらない。


 強制解除したデヴァイスを部屋の隅へと投げつけた。

 嘘っぱちになるなんて、今さらだ。

 テオの生活は、テオ本人のことだって、最初から何にも分かっちゃあいなかったんだ。妄信していたすべてがそう、最初から嘘っぱちなのだ。


 だったら、気づいた今ならば?


 テオを自分達のモノだと思っている奴らにツバを吐いて、変えてしまうことだって出来るのではないだろうか。


 思い通りになんて、なってやるものか。

 もう、待つ意味は無くなった。

 博士は望んで何処かへ行って、安全を保証されて暮らしている。

 実験なんて知ったことか、そんなもの、どうとでもなってしまえば良い。


「ツクモ、ここから出よう」

「でよう?」

 投げ捨てられたデヴァイスとテオとの間で赤い目を行ったり来たりさせていたツクモは言葉を反芻した。


 一体テオとの生活がどんな作用をしたのかは分からないが、ツクモは確かに彼らの、いや、博士のもくろみ通り、自我を覚醒さえ、他者に感心し、理解する力を手に入れようとしている。

 でもそれは、ツクモ本人のためのものだ。ツクモじゃ無い誰かがネコババして利用しようとするなんて、許されるはずが無い。

 テオ自身のことだって、そのはずだ。  

レンズの向こうの、フレームの外側の奴らにびた一文だってくれてやるものか。


「大丈夫、一緒に行こう」

 テオの裾を握り込んでいたツクモの手をほどき、代わりに確かめるように掌を合わせて握り直した。


「んぅ、だいじょうぶ、だいじょうぶ」

 嬉しそうに髪を揺らして繰り返した彼女を見留めて、僅かに、テオは唇端を上げた。


 きっと、どうにかできる、そんな気がして……。



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