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花束 3

 

 モノクロの花束をじっと睨む。


 なにも思いつかなかった。

 分かったのは博士が裏切り者と言うことだけだ。


 人類のための研究機関に所属しながら、あの人はならず者どもに協力して、たくさんの殺しに加担した、最低最悪の人間だった。

 あの火事だって、もしかしたらあの人がやったのかもしれない。きっと、そうに違いない。ナラバ博士は悪党なのだから。


 そんな博士の気持ちを、テオが理解できるはずが無い、理解したくだってない。

テオのするべきことは、この事実を訴え出て、博士を被害者から容疑者にしてもらうことだ。


 前に訪ねてきた警察官から、コールのシグナルは預かっている。

 善良な市民として連絡し、協力すれば、テオの手でテオと社会を騙してきた博士に報いを受けさせることが出来る。


 博士によって抉り穿たれた胸の内側の穴から、黒い感情がふつふつと湧いて出た。

 端末を操作する手に躊躇いは無かった。

 テオの手で博士を不幸にしてやる。


 この指先一つで……、

「ッ……」

 痛い。

 胸の内側がぎゅうと、ぎゅうぎゅうと、悲鳴を上げている。


 まだ、この後に及んで、まだ博士のことを!


「いたいいたい?」

 胸を押さえるテオの手に、少女の指先がなぞるように触れた。

「いたいの、やめて?」

 寝ていたはずなのに、いつの間に起き出したのか。


 どこかに行ってしまおうとするのを引き留めるように、ツクモはテオの服の裾を摘まんだ。赤い目は泣き出す寸前みたいに歪んでいる。


「ボクの心配を?」

 よりにもよってツクモがだ。

 一体誰が彼女の悲鳴を聞いただろう。誰が彼女の涙を拭おうとしてやっただろう。誰からも虐げられ、物として扱われ続けた彼女が、他者の感情を解し、それに寄り添おうとしている。


「……ありがとう」

 テオまで泣きそうになりながら、そう言った。

「ん、べつに」

 そう返した彼女の顔は、真剣そのもので、だからこそ可笑しくて吹き出してしまう。胸の痛みが、すっと、引いていくのを感じた。


 もしも、テオが通報したのなら、ツクモはどうなるのだろう。

 きっとテオの元から取り上げられて、取り調べられることになる。

 いつかシアターサービスで視聴した大昔のフィルムで、特別な力を持ってしまったが為に、捕まってヒドい目に遭わされた主人公のことを思い出した。


 彼は、最後にはどうなったっけ?

 逃げ出してひっそりと身を隠して過ごしたのだったか、それとも都合よく事件を解決してヒーローになったのだったか。


 ツクモは「うぅ」と呻りながら、テオの裾を握り込んだ。

「大丈夫さ、死んだりしない」

 テオは違うのだ。

 彼女が共感した、自死の被体験者たちとは違う、自分で意味も無く自分を殺したりなんてしない。

 生きたいという意思を自覚している人間だ。


「だいじょうぶ?」

「そう、大丈夫」

 首を揺らしながら、ツクモは「だいじょうぶ?、だい、じょうぶ……」と反芻するように呟いた。


「だいじょうぶ、になる」

 きっと、彼女がいま感じている感情は、安心感だ。ソレを知らなかった彼女は、いまやっと、名前をつけられた。


「そ、『だいじょうぶ』だよ」

 白髪を撫でていた。

 デヴァイスのコール機能はキャンセルした。


 これ以上、彼女がヒドい目に遭う必要なんて無い。

 彼女が置かれた環境は彼女を傷つけ過ぎた。特別な彼女に対し、誰もが親身になってやろうとはしなかった。

 彼女は、こんなにも他者にやきもきしようとしていたのに。


 おそらくは、それこそが彼女が他の患者たちと違った理由なのだろう。どういう理屈で引き起こるのかは分からないが、他者を求め、理解しようとするツクモの意思が、彼女を他の患者と同調させるのだ。


 生まれながらに、彼女は優しい子だ。

 不気味な再生能力を押しつけられようとも、彼女の生来の気質は変わらない。


 きっと、現代では彼女のスタンスは白い目を向けられる類いのものだ。

 それぞれの生活リズム。それぞれの理念の尊重。言葉で飾ろうとも、根っこには他者の排他がある。


 自分のことだけに夢中になることこそが現代人に求められたアイデンティティだ。

 そんな感情に鈍感にならなければならない社会に生きたテオは、ツクモの気遣いを心地良いと感じた。


 リモート授業の物足りなさ。

 体育場で顔を合わせるクラスメイトとの定型文のやりとり。

 道の向こうからやって来た人と、どちらともなく視線を合わせないようにする息苦しさ。

 もはや、当たり前になっていた不満(ストレス)を自覚した。


 テオが期待した世界は、そうじゃなかったはずだ。


 闇夜に瞬いた星。

 テオの生きた、その意味は……。


 とっくに諦めていたはずなのに、たった今、その事を思い出そうしていた。

 

「あ、そうか……」

 分かったかもしれない、『花束』の意味。


 どうして、モノクロなのか。

 博士があのパスワードを仕組んだのなら、きっと、博士は葛藤していた。

 あの熱心に研究に打ち込む背中の向こうで、博士は焦燥の駆られ、見つけ出そうと足掻き続けていたのだろう。


 可哀想な人だったんだ。

 最初っから、テオと博士とは、親子なんて言える関係じゃ無かったんだ。それはもちろんツクモとの関係も同じ。

 そのために必要な一つが自分にどうしても足りていなくて、与えられないことを博士は分かってしまった。


 だから、ツクモをテオの元へ送り込むことにした。

 博士が新たな生命体とやらに望んだ、必要なその一つをツクモに教えるために、家族なんて言って、曖昧でフィクション染みた世迷い言と理想を、テオとツクモに押しつけたのだ。


「ははっ」

 自らを嘲るように嗤う。


 テオは、デヴァイスを操作し、例のファイルへアクセスした。


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