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変化 4


 モニターの向こうで、キャスターとコメンテーターが、希少動物を保護する施設の中継を見て談笑している。


 地球上にある大地、そのほとんどは既に人間が生活するために開拓されつくされてしまった。残されている動植物のテリトリーは厳正に管理され、これを破壊することは条約で固く禁じられている。

 実質的に、これ以上大地の上に人間の居住区画を増やすことは不可能だという話はテオが生まれる前からある。

 絶滅した種を含め、多くの動植物はその細胞組織をシェルターに保管されており、適切な場所が確保できたときに再生することになっているらしい。


 どうだっていい。


 畜生や気味悪い虫がなんだというのだ。

 そんなものより、もっと目を向けなきゃならないことが、世の中にはいくらでもあるだろうに。

 舌打ちしたくなる気持ちをぐっとこらえてモニターの電源をオフにした。


 そんな気はしていた。

 翌日も、翌々日も、その次の日も、モールでの出来事が報道されることはなかった。


 各家庭への配達など、流通に遅延が出たからチャンネルで取り上げられてはいたが、モニターやデバイスで公開されていたのは、機器の不具合による施設の一時的な閉鎖なんて、取って付けたみたいに、いかにもな広報だった。


 報じられた具体的な死傷者や犠牲者の数は、全くのゼロ。


 あの何人もバタバタと倒れていた患者も、ヘルメットを真っ赤に染めた彼も、ツクモの涙も、ぜんぶ、ぜんぶ、無かったことになっていた。


 そのことにテオは苛立ちを覚えた。

 もちろん、恐怖もある。

 テオの記憶には、きっちり焼き付いている。あれだけの恐怖やおぞましさを忘れるなんてこと、誰ができるだろうか。   

 それなのに、自分の目で見た真実にも関わらず、嘘っぱちにされてしまった。


 ツクモをよこした連中は、とんでもない権力を持っているらしい。その力がテオを殺すことに使われたら、ことは簡単に運ぶだろう。もちろん、テオが殺された真実もきっと嘘っぱちされてしまう。


 なんで、なんで、どうして!


「おにいちゃん」

 呼ばれて、顔を上げる。

 ツクモが赤い目を向けている。


 ツクモは確実に変化した。

 部屋の何処に行ってもテオに従いて回る。そして、思い出したように『おにいちゃん』と口にする。そのときの彼女の目はあきらかにテオの返事を期待していたし、無視をすると、服を摘まんで催促さえしてきた。


 その変化には、実際は戸惑いが大きい。

 何をしでかすか分からないと思ってビクついていたが、そう言った兆候は見られなかったからだろう。


 彼女の疾患症状は着実に介抱へ向かっている。

 切っ掛けなんて、考えるまでもない。

 あのモールでの事件で、ツクモは一体何を見つけたというのだろう。

 どんなものであるにしろ、それはツクモが自分で見つけたもののはずだ。どこかで嫌らしく監視している連中が与えたものではない。


 ツクモの白髪をぎこちなく撫でる。

 彼女がふんっと鼻から息を吐いたから、思わず手を引っ込めてしまった。


 こんなふうに、頭を撫でてやるなんてことはしてこなかった。そういう親愛の表現方法があることは、読み物やシアターで知っていたけれど、本当にやってる人間なんて見たことが無かった。

 むしろ、安易に身体に触れるなんて、どんな距離感の人間でもタブーだという空気を吸って、テオも他の人間も生活をしている。


 これまでテオがツクモに触れてきたのは、介護だったからだ。必要なことだったからやってきたに過ぎない。

 だけれど、今回のこれは、テオの意思だ。

 こうしてツクモと一緒にいることも、テオが自分で決めたことだ。他の誰かの意思ではない。


 だから――、

 手を伸ばし、ツクモの頭をもう一度撫でつけてやった。


 目を細める彼女を見ていたら、彼女の異常さへの嫌悪感も噛み締めることが出来た。

 大丈夫、少なくとも触ったからって噛み千切られたりはしない。モールでの状況からして、ツクモの異常性は他の患者と接触させなければ引き起こされないだろう。


 もちろん推測でしかないし、なにより、ツクモ自身は変化しているのだ。テオがいくら気をつけようとも、いずれはシチュエーションなんか関係なく、ツクモのタイミングでトリガーを引く可能性もある。

 そのときがきたら、前と同じように、テオは抗うことが出来るのだろうか。


 モールのときに見た、あの光景。

 誘引とでも言えばいいだろうか。

 渦潮のように、ツクモを中心に集まった患者たち。

 彼らときっと同じものを、あのとき、テオも感じていた。


 ツクモの声に引き込まれる感覚。

 物理的では無く、もっと中心にあり、根本であり、テオという個人を形作る肝心に訴えられた。

テオは宗教家ではないが、魂と言う概念が実在するというのならば、あのときに感じたものこそが、それだと言えるだろう。


 テオの魂は、ツクモの声によって、どこか想像すら及ばない場所に引っ張り込まれようとしていた。もしも、踏みとどまれていなければ、きっと、テオもあの場にいた他の患者と同じように地面に倒れて、虫みたいにひっくり返っていただろう。


「ねえ、ツクモ、お前はいったいなんなんだよ」

 その赤い瞳には、一体何が見えているのだ。


「……ん、つ、くも」

 たどたどしく、ツクモがテオの言葉をなぞった。

 たったのそれだけのことだったのに、テオにはとても大事なことに感じられた。

 彼女が、この世界できちんと自分で自分に名前をつけた。ようやくに、手の届く場所に彼女を迎え入れることができた、そんな気持ちになった。


「そうだよ、ツクモ、君は、ツクモだ」

 こわばった手から力を抜いて、指の間で梳くように、ツクモを撫でる。

 そうすると、ツクモはまるで触れられる感触に浸るように、テオの手に頭を擦り付け、漏らすように「んぅ」と息を吐いた。


 彼女は、テオには持て余す存在だ。

 彼女の特別に対すれば、テオが持っているものが一体なんだというのだろう。

 たまたま、運がよくて疾患から回復できただけ。悩みと言えば、明日のスクールのことがせいぜいだったティーンエイジャー。

 いったい、博士は何を期待してつまらないテオに、ツクモを紹介したのだ。

 幾度となく繰り返した疑問は、今回もだんまりで終わる。

 博士は、どれだけ望んでも居てくれない。


 研究所のテロから、もう長い時間が過ぎた気がするが、実際には2週間が経とうかというところだ。ところが、モニターに映るキャスターがテロ行為についての進展を語ることは無くなっていた。

 『絶対に許さない』なんて、結構なマイクパフォーマンスを吐いた割に、実際にはその程度なのだ。


 まるで、世間が博士たちのことを忘れようとしているみたいだなんて妄想してしまったのは、モールでの事件が見事に隠蔽されてしまったからだろうか。


 知らない誰彼だ、アテになんかならない。

 テオが本当に知りたいと思ったのなら、自分で考えて動くことが必要だ。

 何かを期待して待つことには、意味が無い。

 その事実を、きちんと呑み下さないといけない。でなければ、また翻弄されて、うやむやになって、嘘っぱちになる。


 分不相応だとしても、なにかをしなければと、考えてしまったのだ。

 だから、自分の力でやってみなければならない。  


「ボクが、知りたいから」

「……おにいちゃん」

 見上げてくる赤い瞳に応えて、テオは相づちを打った。


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