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ハウリング


 せっかくだから、食事も外で済ませることにした。

 多種多様な食材を処理するプログラムは非常に複雑で、大容量の処理容量が必要となる。社会全体のオートメーション化が進んでも一般家庭では行程の一部を除き、料理は未だに人の手で振る舞われる。


 手間の掛かる料理を求めるなら、得意にしている人のところに行くか、レトルトのような調理済み品を買うしかない。

 テオのような外に行く習慣のある人間ならば、クッキングAIが導入されている施設に足を運ぶことも出来る。


 流通の仲卸を担う場所に集まる様々な食材や調味料を、最先端のクッキングAIによって調理するこの施設での食事は、テオにとって数ヶ月に一度の密かな贅沢だった。

 それも、いま所持しているクレジット残高の前では過去の話だ。望めば毎日だって通えるだろう。価値観の歪みに気づきながら、テオは気づかないふりをする。


 本当は気づいている。この出所が不確かな金を不用意に使い込むのよくないことだと。

 分かっていながら、テオは心のどこかでこの金はすでに自分の物だと認識してしまっていた。いずれ払わなければならなくなるかもしれない対価のことなど、とっくに思考の範疇から追い出してしまっていた。


 家庭用料理のレシピでは再現できない独特の風味とスパイスに舌鼓を打つテオは、目の前で同じ料理を食べるツクモを見て苦笑を漏らす。

 彼女は相変わらずの不変だ。

 黙々と食事を口に運び咀嚼し、嚥下して、また食事を口に運ぶ。

 この様子なら明日からテオの料理には手を付けないなんてことにはならなそうだ。


 自分の分は食べ終わって退屈になったテオは、デバイスを弄りながらツクモを待つ。

 ツクモの持ってきた記憶ストレージからインストールしたファイルは、やはり開くことが出来ないままだ。


 このままツクモの面倒を見続けるだけが、裏側に潜む何者かの望みなのだろうか。

 だとしたら、まあ悪くないと思い始めていた。

 はじめほど、ツクモとの共同生活にハードルを感じていない。見返りに生活がこれほど豊かになるのなら、ボロいとも思う。


 気がかりなのは ナラバ博士のことだ。

 無事なのか、それに、博士の意図はなんだったのか。

 今の状態は、はたして博士が言った『無償の関係』になっているのだろうか。


 思考に没頭しつつあるテオの視界の端に、無骨なスーツ姿が映り込んだ。たいして汚れていないタイルに、作業的にクリーナーを動かしている。

 大型施設を擁する企業は社会福祉の一環として『自壊衝動精神疾患患者』を雇い入れて従事させていることが多い。

 その姿を見た途端に、自分の心が冷たくなっていくのをテオは感じた。

 デバイスに表示されるクレジット残高を眺める目を眇める。寄付だなんてバカなことを考えたわけでは無い。そんなことに意味は無い。

 だって、本来彼らは社会従事をする必要なんてないのだから。


 生活保障制度というものがある。

 どうしてここまでの多くの人間が自宅から出ない生活が可能なのか、その答えが生活保障制度だ。

 正確に公表はされていないが、現在国民人口の四割は職を持っていないとされている。


 現代社会は人口比率に対して仕事の絶対値が全く足りていない。多くの仕事がオートメーション化したことが大きい。

 仕事にあぶれた、あるいは仕事をしない生活を選んだ人間は、みんな生活保障制度によって糧を得ている。


 では、どうして『自壊衝動精神疾患』の患者らは社会福祉に従事するのか。


 障害者の彼らを賄うには、健全な国民に支給される補償額を大きく超える費用が必要で、日に日に増える彼ら全員を保護しようとすれば、現行の支給額を減給する必要さえあった。

 だから、普段は他者に干渉することを嫌い、むしろ、そういった行為を厭う風潮があったにも関わらず、多くの国民が口を揃えてノーをした。

 結果、国は彼らの賄い費用を出す体裁を整える姿勢になり、企業から援助金を受ける理由作りに患者にスーツを着せて従事させた。


 国民はバッシングをするが、患者は沈黙しているから。

 今日も国民の多くは自分のためだけに人生を使い、まるで人間じゃないみたいな無骨なシルエットを纏った患者は無意味な従事を続けている。

 そして、経過観察中の患者であるテオも学業を修めた後は仕事に就かなくてはならない。

 オートメーションを完備できない企業はまだ残っている。先立つものが無いのだから仕方が無い。だれにでもできる穴埋めにテオは宛がわれることになる。


 もちろん、本当に努力して研究職やタレントのような一部の、本当に人間が必要とされる職場を目指すことも出来るけれど、叶いやしないだろう。

 先細りの道は困難を極める。ピックアップされた成功者の言葉を頼りに盲目になるには、捻くれてしまっている自覚はある。


 メディアは絶対数を公表しない。

 何百、何千以上の内のマイノリティの言葉ばかりが説得力を持ち、多数派は発言の機会すら与えられないのが現実。

 そんな益体の無いことを考える自分を信用できないことこそが、結局のところ、努力をできない理由の本質なのだろう。


 大量のクレジットがあろうとも、努力が出来ないテオの将来はAIやドローンによる代替が利く仕事に就くことが決められている。ただ、疾患中の患者が清掃業務のような単調な仕事を受け持ってくれるから、ほんの少しだけ選択幅が広いということだけ。


 結局は『どうでもいいモノ』が、テオの将来だ。


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