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フリジッド 4


 体育授業が免除されているおかげで登校の必要が無く、食料もデバイスのアプリを使えばマンションのデリバリーボックスに宅配してもらえる。バイタルデータの管理によって、ほとんどの病気は初期状態で見つかり、往診による対処が可能だ。


 テオのように自ら外へ行くムーブさえなければ、つくづく、現代は生身による他者との接触を必要としない。

 この数日、ツクモから片時も目を離さないために、生活のすべてを部屋の中で完結させることが出来てしまったテオは、その事を大きく実感した。


 ツクモとの生活はなんとかやれている。むしろ、考えていた以上に手間が掛からない。やはり、ツクモは生活に必要な最低限の知識を有しているし、それを実行することが出来た。

 なにより、もっとも警戒していた自傷行動を彼女は一度も見せなかった。


 テオが体を洗っている間も浴槽に顔を沈めたりもしなかったし、朝起きてもちゃんと隣で寝ていた。

 表情の変化は相変わらず無く、口にする単語も端的で少ない。テオが会話を試みても曖昧な相づちしか打たない。


 質疑をしても同じだ。

 意味のある回答を返したことは一度も無い。指示には従うことからこちらの言葉の意味は理解しているのだろう。しかし、自分の記憶と照合する、つまり、柔軟な回答を『考える』ことが出来ない。


 テオが拾い上げたツクモの発した単語は今のところ『おにいちゃん』と『トイレ』の二つだけだった。


 はたしてだ、彼女は本当に『自壊衝動精神疾患』の患者なのだろうか。


 ステージ1の症状はぎりぎり認められるものの。精神の薄弱さ、極度の無気力さはステージ2以降が適応されて然るべきだ。しかし、それでは、自傷行動に走らない点で道理が合わない。

 そもそも、ナラバ博士がはっきりツクモのことを患者だと言って、テオに紹介したわけではない。

 施設に居たし、ナラバ博士が研究のために連れているようだったから、テオが勝手にその無気力さを見て判断したようなものだ。


 もしかしたら、博士は自閉症のような別の脳機能障害からのアプローチで研究をしたかったのかもしれない。ツクモはそのためのサンプルで、回復した患者であるテオと接触させたかったということもあり得る。どちらかと言えば、そう考えた方がしっくりくる。


 懸念すべき自傷行動の心配がほとんど必要ないと分かれば、連れて歩くことはなんとかなりそうだ。

 ツクモに外を歩かせるためにフリーサイズの女性物の服を下着まで含めて購入した。バイタル情報と照合して明らかにテオには着用できないサイズだからAIから警告表示が出たのだが、それを承認するのことには、躊躇いがあった。


 今後AIはテオの購入履歴から明らかに自分では履かないふりふりのパンティをおすすめしてくると思うと、誰に見せるわけでも無いが、自分が変態になった気がしてすごくイヤだった。  

 しかし、行動しなければいつまでもデリバリーボックスまで下着すら着けないでダブついたスウェットを着たツクモの手を引いて歩かなくてはならないのだ。それだって変態染みている。


 必要なことと割り切るしかなかった。

 出掛けるための準備は整った。

 着替えさせたツクモの全体を確認する。腰で絞れば多少のサイズはごまかせると思い、スカートとベルト、上は無難なパーカーを選んだ。


 テオのスウェットを着るよりはマシとはいえ、まだダブついた印象がある。

 フリーサイズといっても、バイタルデータと照合しないで衣類を買うべきでは無い。一部のローカルな店舗などは未だに商品をデータバンクに登録させないで、画像と文字によるサイズ表記のみの情報を開示している。今回はそういうところから購入したわけだが、衣類マニアでもないテオが利用することはきっと二度と無いだろう。

 所詮は間に合わせだ。


「行くよ、ツクモ」

「……う、ん」

 やや緊張の面持ちで、テオはツクモの手を引いて、マンションを出た。


 目的地は、ティーンをメイン購買層にしたアウトレットモールだ。

 体育授業の履修のために定期的に登校する子供のほうが、下手な大人よりも衣服に関心がある。それに目を付けたマネジメント会社がプロデュースしている。

 このアウトレットモールの強みは、プライスを下げるために、販売、保管、梱包、配送を一カ所でまとめている点にある。店頭での直接販売もしているとはいえ、やはり、現代ではどの市場もリモート販売のシェアが圧倒的だ。

 食料品も扱っているため、テオがアクセスの良い場所にあるこのアウトレットモールを利用する機会は多かった。


 まずはデバイスの購入からだろう。

 彼女のバイタルデータの計測が始まれば、もしもが起こったときに気づける可能性がぐんと広がる。

 クレジットは潤沢だし、今回はテオの端末に紐付けする形で契約するから、手続きは簡単だ。

 ネットリテラシーと監視が、ほぼ完全となった現代、電子世界にかつて存在したアングラと呼ばれる場所はもう無い。人々はリモートでも他人と接するときは敬意と丁寧を心がけなくてはならない。

 だから、未成年でも保護者の承諾なしに契約ができる。 


ショップの端末から手続きを進め、いくつかのデバイスの中から操作がシンプルで、無難なホワイトカラーの端末を選んだ。

 より正確な測定のために、初契約に限り、ショップ備え付けの高性能バイタルリーダーのスキャンでする必要がある。

 アーチの中央にツクモを立たせて、購入予定の端末を専用台に設置。制止を促すアナウンスが流れるが、それはツクモの得意分野だろう。


 いくつかのランプが明滅し、数十秒程度で端末とツクモのバイタルの同期は完了した。

 出生時に政府のデータバンクに登録されるDNAデータと照合し、紐付けも問題なく完了した。

 この段階になるまで考えもしなかったくせに、テオはツクモにもきちんと戸籍登録があったことに小さく驚いた。

 それはもちろん、あることが当たり前だ。

ツクモのことを調べる上で手詰まったら、役所を当たるのもいいかもしれない。今度は、戸籍の閲覧許可をどのようにして得たらいいのかを、考える必要があるけれど。


 ツクモのバイタルデータと端末は手に入った。

 クレジットも総額からしたら誤差の出費で、金銭感覚がおかしくなりそうだ。

 デバイスの画面を閉じたテオはツクモを振り返り、彼女の腕にある真新しいリングデバイスを操作した。


「ボクへのコールを登録したから、一人っきりになったり、困ったりしたら連絡して、あと、ボクがコールしたらここをタップする、分かった?」

「……う、ん」


 曖昧に彼女は頷く。

 それをみて、テオは眉を寄せて、唇をとがらせた。

 後半はともかく、ツクモはきっと実行できない。自分が危険な状況だとか、困ったとか考えられないだろうから。

 テオが見ててやらなくてはならないのだ。

 操作をやめて、テオは代わりに彼女の手を取った。


 バイタルデータさえあれば、衣服を選ぶのは簡単だ。

 アパレル、ランジェリーショップの端末にバイタルデータを読み取らせると、適正サイズの衣服がいくつかピックアップされる。希望すれば実物が収納ラックからオートメーションで出てきて、生地のさわり心地を確認することも可能だ。


 マニアのショップなどでは『試着』ということもできらしいが、データの照合で適正サイズが保証されているのに、そんなことをする必要は無い。  

 パーツを一つ選べば、関連したファッションもおすすめ表示されるからセンスを要求されることも無く、全身をコーディネート出来る。


 最初に入ったアパレルショップの服でツクモの着替えをさせることにした。

 各店には端末と商品とマネキンの配置で限られたスペースは機能的に完成されているが、アパレル系のショップが集積している施設は、衣服の着脱スペースが確保されている。

 出先の事故などで衣服が損なわれた場合は、こういった場所が必要だからだろう。


 ツクモは頭から被る衣服の着脱しか知らないようで、「着替えたら出てきて」と脱衣スペースに押しこんだらあられも無い格好で現れ、慌ててテオは自分の体で隠しながらツクモを押し込んだ。

 誰かに見られたらマナーを疑われてしまう。


 上から下までぴったりのサイズで揃えたツクモはすっかり見違えた。野暮ったさが無くなり、ここまで変わるものかと、感心させられた。

 せっかく来たのだからいくつかのショップを回り、部屋で着ても華美になりすぎないような服を何着か選んで、テオのデバイスで支払いを済まし、マンションに配送依頼をした。


 モール内で数人とすれ違ったが、ツクモをちらりと見ることことがあっても、すぐに顔をそらして自分の目的のための歩みを止めたりはしない。

 他人に対して不躾な視線を送ることや、干渉して時間を消費させることはマナーが無い行為だ。適切では無いパブリックな場所での会話も同様である。


 広告メッセージと機械の作動音だけばかりが響くモール内をテオは、ツクモの手を引いて歩いた。

 


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