その境界
窓を開いて、ぞっとするほど暗い闇に向けて身体を乗り出した事がある。
どうしてそんなことをしたのかと問われれば、当時から幾年過ぎた今でも「さあ?」と首を傾げるだろう。
特に理由など無くて、単に、夜中に目が醒めたときに、ふと思いついたのだ。
いまなら、こんな夜中で、それこそ世界から他の人間がすべからく消え去ってしまったような静寂の今だったら、少年という一人がこっそり消えてしまったって構いやしないのでは無いか、と。
上縁に右手を引っかけて、サッシに足を乗せて、あとは指の力を抜くだけ。
風は無かった。
指の感覚が段々無くなってきて、ああ、このままでいればあとは勝手に身体は闇に踊るのだと、理解出来た。
ゆっくりと、上体を傾いでいく。
ギリギリと、指の節が悲鳴を上げて軋み、つま先立ちになることで、少年の体重を一手に引き受けた足親指の先が白くなる。
どくどくと心臓が鼓動を打っていた。
生命が鳴らした警鐘だ。
頬に熱が上ってきた。
息も少し上がっているかも知れない。
でも、理性の部分はクリアだった。
俯瞰している様な感覚だった。
少年という一人を、モルモットでも見るかのように、映画でも見ているかのように、他人ごとに、少年という個人は見ていた。
この生命は『生きる』ことを望んでいて、
この物質は『死ぬ』ことを望んでいて、
その葛藤を、少年という精神は、どっちつかずの立場で見ていて、
見据えた闇は眩んで淀んでいく、黒く、少年という一人を誘い、その内に溶かしてしまおうとしているかのようだった。
さあ、還ろう、在るべきに、還ろう。
衝動は少年を急かして、
だめだ、止まれ、やめろ、戻れ、
警告は身体の真ん中から怒号を上げて、
ああ、なんてちぐはぐだろう。
自分一人の意思さえ、まともに一つに出来やしない。
自分が本当に求めていることすら解りやしない。
辟易すら覚えて、少年は息を吐き出した。
ボクが気狂いなのだろうか?
いいや、ちゃんと『矛盾存在』です。
その葛藤と、躊躇と、思考こそが証明です。
最後には生命が少年の首根っこを掴んで部屋の中へ引きずりもどした。
そのあとは、何事も無かったかのように、少年は黙って布団を被って寝た。
だから、少年は今もこうして命を続けている。