009 罠にかかる魔術師
「……合言葉は?」
「……!?」
「……!?」
そこまでの徹底ぶりだとは思わなかった。
屋敷の玄関前で、レオとエヴァは顔を見合わせて引きつった。
「え、えと……盗賊万歳……?」
「ちがう。なんだそれ、ダサ」
「だ、ダサ……ッ!」
「落ち着け、エヴァ。蹴破ろうとするな」
「おい、早く合言葉を言えよ」
「……ちょっと待ってくれ。今思い出すから」
「おう、じっくり思い出してくれや」
ドアに背を向けて、エヴァと顔を寄せて話し合う。
「合言葉ってなんだ?」
「し、知らないわよそんなのっ」
「どうする? ここまで来たら、戻るのも不審がられる」
「あの扉ていどならぶっ壊せるけど……そうなったら覚悟を決めるしかないわよ?」
「短期決着か。首領を倒すか、人質を盾にされるまえに救出か」
「でも、問題が一つあるわ。人質が何人いるかよ。私たちが知っているのはフランだけ。おなじ部屋で隔離されているならまだしも、侍らせていたりしたら、そっちを盾に……」
「切り捨てるっていう選択肢は……」
「ないわ」
「だろうな。しかし、どうすれば……?」
「――おーい、合言葉まだかよー? もうすぐ昼飯だぜ?」
「も、もう少しで思い出せそうなんだ。待ってくれ」
「ぷはっ——おう! ちなみに、ヒントは『愛の言葉』だぞ」
「愛の……?」
「言葉……?」
ヒントは愛の言葉。
好き。大好き。愛してる……月並みな言葉だが、レオはこれらの言葉しか知らなかった。
「思いつく限り三種類のことばしか知らないが……エヴァはなにか知ってるか?」
「え? え、と……その」
「なんだ?」
照れたように、顔を赤くしてそらすエヴァ。
「その……知らない? なにかにたとえて愛をささやくアレみたいなのとか、詩みたいなのとか……流行ってなかった?」
「? いや、何言ってるのかぜんぜんわからない」
「――!? もういいわよ、私に任せなさいっ!」
「お、おう」
赤面させたエヴァは、レオがよく好んで食べていたアップルのように朱に染まっていた。とても美味しそうだと思ったのは、口が裂けてもいえないだろう。
「よぅし来たか、新入り。んじゃとっとと合言葉を頼むわ」
「わ、わかってるわよ……こほん。あー、あー……」
何やら緊張した面持ちで、胸のまえに手をあてて――意を決したエヴァが、声を震わせた。扉へと向かって。
「夜空にひろがる星々のように……あなただけを照らしていたい。未来永劫、あなたを魅了する私でありたい。どうかこの手をとって、どこまでもあなたを導いてみせるから……」
「………」
「………」
時間がとまってしまったかのような空気が流れた。
しかし、これは滑ったとか気まずいとか恥ずかしいとか――そういう空気感ではなかった。
レオも、扉の向こう側でこちらをうかがっていた男も。
等しく、彼女の流れ出した魅力的な風格にあてられて、動けなくなっていた。
――こんなにもきれいな女性が……ずっと俺のそばにいたのか?
触れてしまえばこわれてしまいそうなほど脆くて、しかし言葉にこめられた芯の強さは本物で、きっと彼女ならどこまでも導いてくれると確信する。
心臓が早鐘をうって止まらない。
エヴァの顔を、直視できなかった。
「――ちょ、ちょっと……なんで黙ってるのよ?」
そんな空気を壊したのは、エヴァ自身だった。
我に返るレオ。扉の裏の男も我に返ったようで、こほんと咳払いした。
「す、すっごく素晴らしいアレだったぜ……アレだろ、おじさん知ってるぞ。むかし嫁と見にいったからな。『勇者アムルタート』だろ?」
「ええ。その第三章。アムルタートに求婚する聖女のセリフ。一時期、は、流行らなかったかしら?」
「いや……確かにガキどもは似たようなことばっか言ってたが、そこまで……」
「じゃ、じゃあ……?」
「悪いが、開けられない。すまん、なんか有料級のもの魅せてもらったのに……」
「え……あんなに恥ずかしかったのに……気合い入れたのに……嘘……」
「え、エヴァ……とても、その……よかったぞ?」
「適当な慰めなんていらないわよっ」
しかし、困った。
愛の言葉とはいったい他に、何があるだろうか……?
答えあぐねていると、扉の向こうからさらなるヒントがやってきた。
「仕方ねえ、もう昼飯の時間だからな。ヒントっていうか、もう答え教えてやるよ」
「ほ、ほんとかしら?」
「ああ。じゃあ、お互い向き合ってくれ」
「……こうか?」
指示通り、エヴァと向き合うレオ。
レオよりも数センチ目の高さがちがうエヴァは、先ほどの余韻が消えていないのか、まだ顔を赤くしていた。
「そ、それで? 合言葉は?」
「愛してる、だ」
「へ?」
「合言葉だよ、合言葉。お互いの目を見て、交互に愛してる――これがうちの合言葉だ」
「……!?」
「……!?」
顔をさらに赤くさせ、今にも爆発してしまいそうなエヴァが、射るようにレオを見た。
「……さっさと言いなさいよ」
「おい……まさか、ほんとにやるのか?」
「し、仕方ないでしょ!? やらないと開けてもらえないんだから!?」
「確かに……」
放棄して扉をこじ開けるのは簡単だ。しかし、それでは人質を盾にとられてしまう危険性がある。敵の思う壺である。
狙ってやっているのだとしたら実に巧妙。一筋縄ではいかない盗賊団だ。
「そ、それじゃあ……行くぞ?」
「さ、さっさとしなさい……っ」
「ヒューヒュー、早く飯食おうぜー」
「……っ」
「ちなみに、目を逸らしたとわかったらやり直しだからな?」
「……っ!?」
歯を食いしばって、羞恥に耐えるエヴァ。
先程のこともあいまってか、レオ自身も緊張とよくわからない感情が爆発していた。
が、しかし。
ここをなんとしてでもクリアして、フランを助けにいかなくてはならない。
意を決したレオは、生唾を飲み込んだ。
「エヴァ……」
「う、ん……?」
「……愛してる」
「―――~~~っ!!」
必死に目を逸らさないように、溢れ出してくる感情を無視して見つめ合う二人。
「ぁ、ぁぁあの、レオ……私、も……」
「ッ、ああ……」
「あ……愛してる」
「―――」
紫色の瞳に涙をためて、羞恥をころしながら言ったそのセリフに、レオは昏倒しそうになるのをこらえた。
息が詰まりそうだ。心臓が今にも爆発してしまいそう。
甘酸っぱい感情が広がって体が熱い。燃えているかのようだ。
「――くぅ~~~ッ!! いいねえ、若いっていいねえ! 祝儀は弾ませてもらうぜ!!」
「い、いいから開けなさいよっ!! これで十分でしょ!?」
「へいへい。先輩に対しての口の利き方じゃあないが、おもしろいもの見せてもらったしな。入れてやるよ」
ガチャとカギが内側から開けられた。扉の向こうから現れた盗賊の中年男は、ニヤニヤを顔に貼り付けて言った。
「最初から敬語使ってりゃあ、素直にあけてやったのによ。なってねえ新入りだったから、イジワルさせてもらったぜ。恨むなよ」
「……ん? それって、どういうことだ?」
「あん? だから、そもそも合言葉なんかねえよって話」
「…………」
「うちは上下関係がきびしいんだよ。だから先輩を敬えないようなヤツはしっかり教育してやらねえとなんねーの」
「…………はあ?」
「おまえらも後輩ができたらわかるぞ、この先輩の大変さがな。俺も入りたての頃は――ぐべばッ!?」
怒りを全面に押し出したエヴァの拳によって、中年男は最後までことばを口にすることはできなかった。
顔面の中心が陥没し、凄まじい勢いで後方へ吹っ飛んでいく。
中央に仕立てられた階段に突き刺さった中年男。あの様子だと、もう生きてはいないだろう。
「うぉッ!? な、なんだいったい!?」
「ドック!? なにがあったんだおいッ!」
「て、敵襲!?」
一気に騒ぎ始める屋敷内。ジト目でエヴァを見やったレオに対し、彼女は口角を痙攣させたまま、開き直った。
「おい……」
「なによ……私たち、ハメられたのよ?! こうなったらもうヤケよ高速戦よッ!!」
扉の死角に立てかけておいた三叉倉を手に、エヴァが廊下を駆ける。
彼女に続いて、レオも駆け出した。
「おもしろかった!」
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