067 見送る魔術師
「一つ、提案があるんだ。レオくん……きみが、わたしたちのパーティに入るっていうのはどうかな?」
フレデリカ争奪戦を終えた日の夜。
第六位魔王によって聖女アンジェリーナが拉致され、王国は奪還のため、先遣隊としてSランク冒険者パーティ【シャフリーヴァル】を派遣した。
「きみだけじゃない。エヴァさんやフランちゃん、ヌゥちゃんも……きみが望むなら、アマリリスさんも。ベルティエとヴィンセントは嫌がってるけど、ミリアンや他のメンバーは承諾してくれてる。……考えて、くれないかな?」
公国へ出発する十五分まえ。
夜も更け、人気のない隘路でフレデリカとレオは逢引していた。
互いに体を寄せ合って、レオの外套を毛布がわりに被り、出発までの時間を二人で過ごす。
そんな折に、フレデリカはレオを【シャフリーヴァル】へ勧誘した。
一度は断られたが、諦めきれなかった。
「これからうちは『ギルド』を脱退して『クラン』としてやっていくことになるけど、仕事には困らない。バックについてくれてるひともたくさんいるし、お得意様もいる。……デメリットとしては、その、ランクが剥奪されてしまうけど……はむっ」
くんくんとレオの首筋に鼻を近づけて、くすぐったそうに身をよじる彼の姿を拝みながら、歯を立ててみたり。唇を隙間なく首筋に押し当てて、吸い付いて跡をつけてみたり。
無邪気に表情をくずして、犬のように甘えてくるフレデリカの両頬を挟んで静止させたレオは、眉根を寄せて、申し訳なさそうにいった。
「……フレデリカ様。もうそろそろ行かないと」
「……そうだね。もう、そんな時間なんだね」
案に示したレオの答え。フレデリカの勧誘を、またもや断った目前の贅沢者に、目を細めた彼女は唇を突き出した。
「キス、してくれたらがんばれる……かも」
「かもって、なんですか。頑張ってくださいよ」
「やだ。レオくんが居ないのに、レオくんが見てくれないのに、何をどうがんばれっていうのさ」
こんな思いをするくらいなら、もっと早く決断しておけばよかった。
彼のパーティに入れば、ずっと一緒にいられたのに——
今更ながらに後悔したフレデリカは、せめてキスだけはと、頑なに目で訴えかけた。
「……え、と。フレデリカ様とは……まだ、一度もしてませんでしたね」
とは? とは、ってなに?
他の女とは経験豊富ですよアピール?
若干、苛立ちを覚えたフレデリカだが、彼の目に捉えられたが最後……イヤな気持ちも何もかも、塗りつぶしてしまうほど〝好き〟が溢れてくる。
「う……ん。だから、その……してくれると…………うれしぃです」
視線を右往左往させて、最終的に俯き気味に下げたフレデリカ。
暗がりの中でもわかった。彼女の肌が熱を帯びていることに。瞳に灯した、妖しい色に。
「フレデリカ様……好きです」
「ふぇっ!? い、い、いきなりなんなんだよ、び、びっくりするじゃないかっ!」
「俺は、あなたを手に入れるためにここまで来た」
「うぅ……そんな、直視して言わないでくれよぅ」
目を伏せ照れを隠すフレデリカの両頬を優しく撫でて、レオは顔を近づけた。
きれいな顔だった。
爪をたててしまえば、そこから赤が溢れてしまうのではないかと思うぐらい、繊細だ。
「れ……お、くぅん……っ」
思わず見惚れてしまい、フレデリカの美麗な響きで目を覚ます。
互いに目を閉じて、二人の距離がゼロになる――瞬間、
「――ゴラァ、んなところでイチャコラしてんじゃねェぞサル」
「――ひぃっ!?」
「――うおっ!?」
ゴミ箱がひっくり返り、散乱する腐敗した果物や骨々。
闖入者のたてた大きな音に体をびくりと跳ねさせた二人は、宵闇の中でもわかる白髪の男を射るように睨んだ。
一瞬、二人から突き刺さった圧に後退りそうになるも、頬を痙攣させたアナスイが舌打ちをはじいた。
「……喧嘩なら買うぞ、あぁ?」
「アナスイってさあ、もうちょっと空気読めないわけ?」
「同感だ。流石にタイミングってのがあるだろ」
「るっせえな……! そこまでいうなら邪魔はしねェさ。オラ、見ててやるからヤれよ。サルの愛情表現ってヤツを見せてくれや」
転がったゴミ箱に腰を落としたアナスイが、早くヤれと急かす。だが、唇を尖らせたフレデリカが、ボソリとつぶやいた。
「そんなだからヌゥさんに相手されないんだよ」
「――おい、待てゴラ。てめえ、なんでそこでアイツがでてくんだ、あァッ!? 全く関係ねェだろうが……なあ、そうだろッ!?」
「お、俺に言われてもそこに関しては……困る」
「アナスイ、気になるんだよね? ヌゥさんとレオくんがどこまでいってるのかを」
「っ!?」
「ど、どこまでって……そりゃあ」
「——興味ねェよ思い出すなッ!!」
壁を殴りつけたアナスイ。
蜘蛛の巣状に広がった壁から拳を抜くと、苛立たし気に踵を返していった。
道中にあるゴミやら木材やらを足蹴にし、風をきって歩く青年の後ろ姿を見てフレデリカが、
「……アナスイ、何しに来たんだろう?」
同感だとレオが頷いた、その時だった。
「――時間だ。とっとと行くぞ」
スタッと、隘路に人影が降り立った。
クラシカルなロングスカートを大きく舞わせた影の正体は、背の高いメイドだった。
藍色の長い髪を煩わしそうに薙ぎ、その手で遅れて落ちてきたアタッシュケースを掴んだ。
とつぜんの登場に、フレデリカのみならずレオも固まった。モクモクと、メイドの唇にくわえられた葉巻から煙が漂う。
「に、ニコラ……? い、いつからうえに……?」
「ずっとだ」
「……うん? ずっと?」
「ローブに包まって、恥ずかしがりながらもイチャついてたところから」
「ぜ――全部じゃないかよっ!!」
「こっちも見たくてみてたんじゃない」
淡白にいって、ニコラが目を細めて葉巻を吸った。ぼうっと火が瞬いた。
「もしかして、アナスイはわたしを呼びに来たのかな?」
「だろうな」
「……なんか、レオくんにボコられてからまるくなった?」
「さあな」
紫煙を吹き出しながら二人を一瞥するとニコラは、重たそうなアタッシュケースを持ち上げて目貫通りへ足を動かした。
その悠然とした後ろ姿を見つめたレオは、率直な疑問をフレデリカに投げかけた。
「フレデリカ様……あのひと――なんですか?」
問いかけに、フレデリカはにやりと笑って、
「SSランク冒険者だよ、うちの」
二人に見守られる中、ニコラの深く黒い影がさざなみのように揺れた気がした。
「――んじゃ、レオくん。わたしは先に行ってるよ」
「……はい。お気をつけて」
「うんっ。わがままに付き合ってもらって、ありがとねっ!」
黒竜に乗り込んだフレデリカが、身を乗り出しながらレオに手を振った。
他の面々から刺さる多種多様な視線に耐えながら、フレデリカに手を振りかえして——とうとうガウェインが、黒翼を羽撃かせた。
「レオくん~、うちのお姫様は〜、私が責任持ってあなたにお届けするわあ」
「……約束する」
ミリアンとローランが、ニヤニヤと口角を緩めさせて。
「チッ……冷めちまうぜ」
「そりゃあ、夜風は冷たいわよ」
「そういうことじゃねえよ……」
「…………」
アナスイとベルティエが、なんともいえぬ視線でレオを見遣り。
ニコラは、最後の一口を吸い出すと、葉巻をレオの目前に投げ捨てた。
最後に、
「貴様にフレデリカはやらんッ!! まずはこの俺に勝利してから――――フレ――は俺の―――…………!」
遠くなっていくヴィンセントの声。
【シャフリーヴァル】が夜空の向こうへ消えていくのを見送ってから、レオもまた、踵を返した。
「待っていてください、フレデリカ様。俺もすぐにそちらへ向かいますから」
「おもしろかった!」
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