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066 聖女と魔王

「――アンジェリーナ様は、いま意中のお相手とかいらっしゃるんですか?」




 公国に滞在すること約一ヶ月。その間、つきっきりで身の回りの世話してくれている侍女のアイカが、カップに紅茶を注ぎながら、耳の痛い質問を投げかけてきた。




「意中、ねえ……」


「おや? 聖女様らしからぬ顔をしていますよ?」




 茶化してくるアイカとはもう随分と打ち解けて、素の部分も出せるようになっていた。

 そんなアイカも、公私をしっかりわけまえた上で、本音で会話してくれる数少ない友人と言ってもいいだろう。




「もしかして、欲求不満なんですか?」


「そんなんじゃないけど……いいかげん、彼氏の一人や二人は欲しいんだけどなあ」


「聖女様なら、網を引くだけで大漁じゃないですか。アタックしないんですか?」


「聖女ってねえ、とてもめんどくさいのよー? いわばみんなの偶像アイドルじゃない? ……仄めかすのはいいけれど、明言しちゃうのはタブー。誰かと付き合ったとなると、そのひと、すぐに死んじゃうわ」


「あー。公国うちにもファン多いですから。恋文、たくさん届いてましたよきょうも」


「愛されるってのは悪い気はしないんだけど、もう度が過ぎると寒気しかしないわ。身の危険も感じるし……」


「でも、恋はしたい?」


「したい」




 テーブルに突っ伏して、項垂れる私をみて、アイカはおかしそうに笑ってクッキーを噛んだ。

 アイカは、ここらでは珍しい獣人だ。種族は兎人族クルス

 短く切り揃えられた青色の髪から、真上へぴょこんと直立する耳がふたつ。甘いクッキーが口にあったのか、表情と比例してうさ耳が脈打っている。




「聖女様って、とっても大変な職業なんですね。でも、任期は来年なんですよね?」


「そうなのー。二十五になると聖女は卒業。ようやく解放されるけど、むしろこっからが本番というか……」


「あー、みんなこぞってアプローチしにきますね。瞼に浮かびます」


「そう! 先代もすごかったの……でも、あのひとは気が触れてしまったようで……」


「何かあったんですか、先代の聖女様は……? えっと、確か名前は」




 うさ耳をぴょこぴょこ跳ねさせて、女の私から見ても抱きしめたくなるほどかわいらしい獣人のアイカ。

 スタイルもよく、引き締まった体に実る二つの果実は、童顔には似つかわしくないほど巨悪だ。

 


 白い毛並みの耳といっしょに揺れる巨乳。

 はあ……羨ましい美貌。

 愛玩奴隷として、高値で取引されるのも納得だわ。ちょっとばかし、彼女には失礼だけど。



 と、そんなことを考えながら、かわいらしいアイカを見つめていると、




「――――」


「――――」




 ()()()()()()()()()



 転ずる視界。天変地異が一同に襲いかかってきたかのごとき波濤はとうに攫われて、ようやくねじれ転がり引きられ、いくつもの壁をぶち抜き地面をバウンドしながら城をつまみだされた私は——目を覚ました。





「―――っぁ、――ぃぎ、ぁぁあ……」





 呻き声が、白く煙る世界に響いた。

 全身が、痛いなんて次元ではない。体の中身をぐちゃぐちゃにかき混ぜられ、事実からだの半分はぺしゃんこに潰され瓦礫やガラスやらと融合していた。



 肺が潰れたのか、息もできないしなんで心臓が動いているのか理解不能。

 ただ、煙が徐々に晴れていき。

 眩しいほど広がる太陽と蒼穹を見上げて、ああ、まだ私は、死にたくないとつぶやいた。





「――武闘会とやらはどこでやっている? おい劣等……このオレも混ぜろよ。なあ」





 重くのしかかる声音プレッシャーが大地を軋ませて、巨漢の影が屋敷から伸びる。

 瓦礫とかした、カルロフ公爵の屋敷。

 寸前まで、私とアイカがお茶をしていたであろうその場所には、一人の巨漢が立っていた。



 無造作に伸ばされた真赭ますおの髪をうねらせて、踵をのっそり持ち上げ――地面へ振りおろす。

 暴発した闘気が、その一点を中心に広がって――公国全体に激しい揺れが襲いかかった。





「うむ? またやりすぎたか……これでは生き残りが——――いや」





 カルロフ公爵、屋敷跡地と化した巨大クレーターの上。

 公国の三分の一をへこませたであろう眼前の暴力を睨めつけて、私は起き上がった。




「オレが言うのもあれだが、おもしろいなオマエ。なぜ生きている?」




 嘘でしょ、と思わず漏れた。



 正面を向いた巨漢の上半身――首、胸、両腕から腹部まで、びっしりと刻み浮き出た魔痕デュナミス。その異常すぎる面積の広さ、深さ、大きさに、息を呑んだ。


 

 青白い刺繍のような魔痕デュナミス。それの浮き出る範囲によって、資質が左右されると聞いていた。

 私が見たことがあるのは、せいぜいが手のひら大。それでも強力な資質を宿した者だった。



 そして、魔痕デュナミスが生まれつき刻まれたいる種族なんてのは、一つしかなく。





「魔族……しかも、首魁の一柱――……まさか、魔王」


「然り」





 頷いた浅黒い肌の巨漢は、いやに好戦的な目つきでこちらを射抜いた。全身の毛穴に針が三本以上、一斉に突き刺さってきたかのような感覚。凶眼に見据えられた私は、そっと意識を――




「っ、!?」


「ほぅ。やはりオマエはおもしろい。やはり見間違いではなかった。おい女、オマエ、何者だ? ()()()()()()()()()()()()()()()()()



 

 出鱈目デタラメな埒外のバケモノに尋常ではないと評価され、喜んでいいのやら悲しんでいいのやら。

 どちらにせよ、私にできることは時間を稼いで、民を避難させることだろう。

 ……と考えて、聖女精神が骨身にまで染み付いていることに笑った。

 そりゃ、そうだ。十五の頃に見出されて十年近く。



 私は立派に、聖女というものをやり遂げてきたのだから。




「ふふ、わたくし――聖女ですから。お耳にしたことぐらいはありますでしょう?」




 スイッチを入れ替える。

 わたしからわたくしへ。

 それでも恐怖はおさまらないし、冷汗が止まらないし、逃げたくてしょうがないけれど。


 


「ふむ……聞いたことはないな。教えてくれ、オマエはどういう存在モノなんだ?」




 それでも、逃げるわけにはいかない。

 この身は己のものではなく、国のモノ。幾千幾万の民に捧げたカラダなのだから。

 


 見るも無惨な形へと変貌してしまった純白のドレスを引き千切り、下着姿も同然となったわたくしは、魔力を胎動させた。




「黙ってお話を聞いてくれるタチではないのでしょうね?」


「無論。オレは、オレの手でオマエを解明し(識り)たい。もとよりオマエの口から真実を知る気は、ないッ――!!」




 踏み込んだ衝撃だけで濁流のごとく砂塵が舞い上がり、目で捉えることも反応することもできぬまま殴り飛ばされ、体が爆ぜた。

 それでも、




「っ、ぅぅ――女性の、扱いがなっていませんわね」




 苦痛も痛みも何かもを押し殺して、身体が正常な状態へと巻き戻る。

 



「そういうところもしっかり、覚えていってください。魔王とて、必要なスキルだとお思いですが」


「くだらん――と一蹴するのは簡単だが、それが必要であるのなら喜んで享受しよう」


「……まあ、素敵」




 真赭ますおの髪を揺らして、丸太のような腕を組み、私を見下ろした魔王。

 その凶眼から目を逸らさぬよう、起き上がって微笑みをたたえた。




「では、共に踊ってくださいまし。心配しなくとも、踊り方はわたくしが叩き込んであげますからご心配には及びませんよ?」




 威勢を張って、胸を張って、しっかりと地に足をつけて。

 魔王をまえにしたわたくしは、精一杯微笑んだ。






「おもしろかった!」



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