065 奪われた魔術師
後に、フレデリカ争奪戦と命名されたパーティ対抗戦は幕を閉じ———。
迷宮『ドラゴン・スカー』を脱した一同は、治癒魔術師の治療を受けながらその説明を受けていた。
第六位魔王の襲撃を受け、公国が壊滅。
その際、善戦した聖女が魔王の手によって拉致された。
届いた報告の内容に、レオはどこか別世界の話を聞いているかのような気分だった。
「——ということで、アマリリスについての処遇はこの件が済み次第こちらで考えるわ。大事なパーティメンバーが重症で今も意識が戻らないんだから、容赦はしないわ。最悪を想定しておいてちょうだい」
ベルティエの冷たい視線を受けて、アマリリスが萎んだ花のように俯いた。
「たいちょー……? 出所するまで、私のこと待っててくれますぅ?」
レオの胸に寄り添ったアマリリスが艶かしく視線を持ち上げた。
「あなた……あたしを舐めてるの?」
斜め下から当てられる熱い視線と、斜め上から突き刺さる冷たい視線。
腹を括ったレオは、アマリリスを引き剥がして立ち上がった。
自分のパーティメンバーが起こしたことだ。その責任は、リーダー格を任せられている己がとるのは当然こと。
頭を九十度に下げて、レオは謝罪した。
「すみませんでした。他に、なんて言っていいのかわからないんですが……俺にできることがあればなんでも言ってください。協力は、惜しみません」
「そ、そんなあ、たいちょーが頭を下げる必要はありませんよぉ? 私が頭を下げますからあ!」
「あんたも下げんのよ、アホ」
背後からアマリリスの黒髪を掴み、頭を下げさせたのはエヴァだった。
包帯をところどころに巻いてなんとも痛ましい状態だが、治療が効いているのか、顔色がよくなったエヴァは申し訳なさそうな顔を作って金髪を下げた。
「うぅぅ……」
「呻くんじゃないわよ、あんたが引き起こしたことなんだから」
「……かーいいですね、エヴァさん♡」
「あんた、反省してないでしょ?」
青筋を浮かべたエヴァが、地面へと擦りつける勢いで力を込めた。対して、それだけは嫌だと全力で抵抗するアマリリス。
全く反省の色を浮かべない一同の様子に対して、怒り心頭のベルティエが口を開こうと目を剥いたその時だった。
「よォ、ベルティエ。つまんねーことに時間使ってんじゃねェよ、暇人かオマエ」
「アナスイ……これはつまらないことではないわ。大事なことよ」
風をきって歩いてきた白髪褐色のアナスイが、前髪を掻き上げながら言った。
「どーみてもつまんねーことだろうがよ。そもそも、死んじゃいねェだろうが。Sランクのくせにぬりぃこと言ってんな。ルイの野郎も剣を交えて死ねるんだったら本望だろうよ」
「Sランクだからこそ、ルールはしっかり守らなくちゃいけないし生き死にについてもよく考えるべきだわ」
「はン、元からルールに則ってるヤロウなんざ、こっち陣営には一人もいねェよ。バカ正直に従ってたのはそっちの大将だけだ」
アナスイが、レオを睨めつけるように見遣り、鼻を鳴らしたかと思うとすぐに視線を逸らした。
「だからつまんねーことに時間使ってんじゃねェ。てめえが動かねェとこっちも帰れねェんだわ。……とっとと行くぞ」
「べ、ベルティエちゃんぅー! その、あの、ルイはもう大丈夫みたいだから早く行こうよ! 私たち、もう夜には出発だってヴィンセントがっ!」
踵を返して、巨大化したガウェインの元へ向かうアナスイと、すれ違うようにしてフレデリカの声がとんできた。
声を送った相手はベルティエだが、彼女が見つめているのはレオだった。
「はあ……まさか、あのアナスイがあなた達の肩を持つとはね。——でも、だからといってあたしはあなた達のことを許したりしないから」
おおきくため息を吐いたベルティエは、腰元まである青髪を舞わせて、レオ達に背を向けた。
「それと……フレデリカのことも諦めなさい。あなたに輿入れさせてあげるほど、あの子は安くないわ。それじゃあ」
拒絶の色を濃く滲ませて、Sランク冒険者パーティ『シャフリーヴァル』はメラクの方向へ向かって空を駆けていった。
張り詰めていた空気が、溶けていくのを感じる。
第一声は、アマリリスだった。
「ごめんなさい、たいちょー。迷惑かけました……しゅん」
まったくもって迷惑をかけたとは思っていないような仕草に、騙されたのはレオだけだった。
「大丈夫だ、マリィ。何があっても俺が守ってやるから。安心してくれ」
「うぅ、素敵ですたいちょー……っ! 一生、お側にいますね♡」
「はぁ……もう好きにしなさいよ」
呆れ顔のエヴァ。今すぐに殴ってしまいたいと、震える右腕を抑えつけて。
その隣にやってきたヌゥとピエルパオロも、二人のことをみて苦笑を漏らした。
「呑気。フレデリカを奪えなかったのに」
「まあ、らしいっちゃらしいけど、やっぱり一番に頑張ってほしいのはエヴァちゃんだよ。僕の推しだからね」
「あんたたち……隠れてたでしょ? 見逃さなかったわよ、ベルティエからそっと距離をとったの」
「ハハッ。いやあ、僕ってそういう空気は苦手だからさ。笑っちゃうんだよ、真面目になれないんだ」
「同じロリ要員として負けたくなかった」
「どうしてこう、常識人は集まらないのかしら……?」
なんだか目眩がしてきたエヴァは、自分のためにも考えることをやめた。
それから、メラクに戻ってきたレオ一行は冒険者ギルドへ向かった。
ギルドに集まった数多くの冒険者が視線を向ける中、ギルドマスターが屋根の上に立つ。
一週間前にみた、柔和な中年という様相ではなく、歴戦の猛者然とした顔つきのギルマスが、灰色の外套を夜風になびかせた。
「知っての通りだ、ファミリーのみんな。我が王国の宝、聖女アンジェリーナ・クロエが魔王の手に落ちた。あの美貌は、国の宝だ。顔だ。正直に言おう、聖女アンジェリーナは紛うことなき僕の娘であり、宝であり、恋そのものなんだ」
しん、と静まり返る一同。気にした風もなく、ギルドマスターは強く言葉に念を込めた。
「みんな、これは国王からの命令であると同時に、キミたちの父である僕からのお願いだ。——なんとしてでも、聖女を奪還するんだ! 僕の! 娘をッ!!」
ひとり、白熱するギルドマスターを横目に、エヴァがレオに引き攣った笑みを送った。
「ほんとなの、聖女の父親だって……? それにしてはなんか、おふざけが過ぎるのだけれど」
「もちろん、嘘だ」
「……やっぱり?」
「ああ。噂で聞いたんだが、気に入った女性を自分の娘として認識する病気らしい。確認されているだけで娘は二十人を超えるとか超えないとか」
「きも……」
率直な感想と侮蔑を込めた目で射抜かれて尚、ギルドマスターは威厳のある表情で身振り激しく宣う。
「Cランク以上のものは明朝、公国へ出発だ! Aランク以上のものは聖女奪還に加わるので準備は怠らないよう!! 報酬はがっぽりと国から引き出してくる予定だ!! 危険な依頼ではあるが、その分報酬ははずむ! 手当もボーナスもことが終われば付与しよう! だからなんとしてでも聖女を——僕の娘をッ!!」
「——皆様。こちらをお受け取りください」
報酬、手当、ボーナス。その単語に惹かれた者たちが大歓声を上げ、行動に移す中。
ギルドマスターの秘書兼受付嬢の女性が三枚の羊皮紙を差し出してきた。
「レオ様はAランクですが、他の皆様は条件を満たしておりません。ですが、Sに相当する実力があると私たちは確信しております。ですので、今回のみの特例として、エヴァ様、ヌゥ様、アマリリス様の三名をAランクへの仮昇格とさせていただきます」
「仮?」
「はい、仮です。無事、聖女の奪還を完了しメラクへ戻った暁にはAランクを剥奪、元のEランクへ降格します」
「なるほど、ていのいい徴兵制度ね」
「ですが」
一拍置いて、受付嬢は無機物のような瞳を瞬かせて、断言した。
「あなた様方の功績によっては、ランクを維持することも可能です。さらには昇格の可能性も」
「ふぅん?」
笑みを深めたエヴァが、ポニーテールを波打たせて腕を組む。
「その言葉、忘れるんじゃないわよ? 別にランクに頓着するつもりはないけれど、貰えるものはもらっておく主義でね」
「ちまちまランク上げは面倒だった」
「ふふ、ふふふ。Sに上がれば、名実ともにお兄様を越えられますわあ」
「あれ、僕は?」
「あんた傭兵でしょう」
「そうだった、あはははっ!」
ひとしきりに笑ったあと、ピエルパオロは笑みを残したまま、靴を鳴らした。
「——さて、僕は一旦、拠点に戻るかな。帝国からの連絡を待たなきゃいけないからね。もしかしたら、またすぐにでも会えるかもよ?」
ピエルパオロがレオたちに背を向けた。帽子を目深に被って、真っ白の軍服をまとった猫目の青年は、最後にレオをみやって、
「じゃあね、レオ。みんな——ご武運を」
雑踏の中へと消えていった。
「あいつ、最後までカッコつけて……。結局勝負には負けたってのに」
「私にボッコボコにされたくせに、なんか腹立ちますぅ」
「それでは、私もこれで」
ピエルパオロ同様、受付嬢もギルド内へと戻っていった。
「……レオ、帰る?」
ヌゥに手を引かれて、意識を小柄なメイド服の少女へ向けた。そして、ヌゥは胸の高鳴りをきいた。
高揚を隠すことなく表面に滲ませて、好戦的な獣のごとき微笑。
体を熱くさせたヌゥは、ピタッとレオにすり寄った。
「魔王……第六位魔王……か。楽しみだな、それはそれは——とっても強いんだろうな」
フレデリカを奪うことはできなかった。
聖女の身を心配していた。早く助けにいかなくちゃとも、頭にはある。
だが——そこには、抗えない衝動も同棲していた。
「待っていろ、王鬼アドルフォリーゼ……刹那のうちに燃焼させてやる」
獰猛に闘気を剥き出しにするレオの気迫にあてられて、ヌゥはたまらなく喘いだ。
第三部、完
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