062 奪い合う女たち②
フレデリカの問いかけに、アマリリスは嘆息した。口から息が漏れ出すたびに、裂傷から血液が噴き出す。
「また目的、ですか? そんなに目的が必要ですか?」
「キミに必要はなくても、この状況の説明を聞くわたしたちには必要なことなんだよ」
首の皮一枚を裂いて、銀剣が停止する。真面目に答えなければ殺す——案に示したフレデリカの気配に、赤いドレスの女は背中を向けたまま、術を展開した。
「このままだと話す前に死んじゃうから、いいですか?」
「……やる前に言ってくれよ、危うく刎ねるところだった」
「まあ、それは怖い」
傷口を塞ぎながら、アマリリスは語り始める。
「さっきも、エヴァさんから問われました。だから適当に復讐とだけ答えたけれど、小人さんはそれで満足してくれます?」
「小人ってわたしのこと? ぶっ殺すよ?」
「冗談も通じないのですか?」
「…………」
率直な煽りに怒りを抑える。ここで煽り返したら、話が進まない。
未だ正気を取り戻していないレオのためにも、早く片付けなければ。
「まずあなたの復讐がなんなのか、わたしは知らない。それはレオくんに関係することなの?」
「ふふ、ふふふ。復讐に関しては忘れてください。ただのその場しのぎ、ノリで答えたものですから」
「……どういうこと?」
困惑するフレデリカに、アマリリスは愉快そうに声のトーンをあげた。
「なんとなく、そういう展開にした方がおもしろそうだと思いまして」
「……?」
「別に理由なんてありません。ただ私が愉しければそれでいい。みなさん、理由や目的に拘りすぎなんですよ。突発的な衝動、その場のノリ、与えられた脚本から外れてみたり期待に背いたり。
それがおもしろそうだと思ったから——私は今、こうしてあなたとお話ししいるんですよ」
そう、最初から、ノイトラが壊滅したことや兄が武闘会で死んだことなど至極どうでもいいことだった。
いや、どうでもいいというよりかは、既に吹っ切れた。悲しんだのも一瞬、すぐに見切りをつけて前を向く。
極端に、いえばポジティブの極地。そのうえ無駄を嫌う性分な彼女の脳内には、元からレオしかいない。
それ故に、スイマから託された舞台も期待も右から左へすり抜けて、唯一タグだけは使えそうだと思ったから取っておいただけ。事実、彼女はレオにタグを見せた後、隅の方へ投げ捨てていた。
「ねえ、ちっさいウサギさん。私、この世で一番きれいで尊い宝物を識っているんです」
赤いドレスの女が視界に捉えているのは、最初からただ一人。
過去と現在の記憶、その精算に追われている黒髪の青年の、負の感情に塗れた顔を網膜に取り込んで。
アマリリスは、恍惚とした貌でよだれを垂らした。
「それ以外はどうだっていい……あのひとさえいればそれでいい……それ以外は醜く汚く穢らわしい、彼の引き立て役。装飾品」
「あなた……さっきから何を言って——」
彼女から発せられる並々ならぬ、おぞましい気配に引き攣ったフレデリカは、その場で首を刎ねなかったことを後々《のちのち》後悔する。
「彼以外は消耗品。そもそも無くても困らないモノ故に———私が地獄へ放り投げましょう」
「———!?」
瞬時に身を退いた。圧倒的優勢であったはずのフレデリカは、しかし警鐘をならす本能に従って後方へ跳ぶ。
「あはッ☆ 逃げちゃダメですよ、ウサギさん——狩の時間なんだから」
颶風と化した戦斧の一撃が、寸前までフレデリカがいた場所を粉砕した。
振り返り、視線を交わした赤い女の雰囲気は、さっきまでとは比べ物にならぬ風格に変化していた。
ドレスや髪に付着した血液が、剥がれ落ちたかのようにきれいさっぱりなくなって。
その代わりか、彼女を包み込む紅蓮のオーラが禍々しく立ち込めていた。
「一つ、いいことを教えてあげます。【血染めの憑き戦斧】は、私の流した血液を私の身体強化に充ててくれるんです。まあ、四分の一くらいは戦斧に持ってかれるんですが」
ふふ、ふふふ。首から流れでた血液を指で掬い、口紅のように塗ったアマリリスは不気味に嗤った。
それはまるで、人を惑わし喰らう地獄の悪鬼——涅哩帝王のごとく、妖姿媚態を撒き散らして、アマリリスは戦斧を水平に構えた。
「さあ、Sランク冒険者のウサギさん。第二ラウンドを始めましょう」
*
「……んぅ、うぅぅ……い、いだいぃ……ぱちぱちいやあ……」
「エヴァ、起きる」
「うぅたたかないでえ……——ッ!? こ、ここは——って、ヌゥ!? なに、一体何が起きてるの!?」
「動揺しすぎ。落ち着いて」
ガバッと上体を起こしたエヴァ。左右に結んだ金髪は、煤や血液に汚れ解けていた。そのなかなか見られない髪型に、ヌゥは首を傾げて、
「結ばない方がかわいい」
「はあ? 何の話をして……って、こいつ、生きてる?」
すぐそばで、うつ伏せとなって倒れている軍服の青年をみてエヴァが引き攣った。純白だった布のほとんどを赤く染め、ズタズタに切り裂かれたピエルパオロは、わずかにだが呼吸をしているようだった。
「止血はした。かろうじて生きてる」
「そ、そう……。ていうか、何が起きたんだっけ……?」
頭痛によって記憶の回顧を阻まれ、仕方なくエヴァはヌゥに説明を求めた。彼女もまた、メイド服をボロ雑巾のようにズタズタに裂かれ、ほぼ下着姿のような状態だった。
「それに関しては、後から説明するわ。意識が戻ったのならすぐに地上へあがって、そこの傭兵くんを連れてね」
「あなたは……」
声を発したのは、壁に寄りかかって腕を組んでいた青髪のちいさな少女だった。
たしか彼女は、Sランク冒険者の……
「ベルティエ・アルベール……ついさっきも名乗ったんだけど」
「あー……なんか、だんだん思い出してきたわ」
「ん。激しい戦闘だった」
頷いたヌゥが、エヴァに手を差し伸べて立ち上がらせる。
「あいつ……アマリリス……?」
「どうやら崩落に乗じて逃げたようね。……このあたしとしたことが、取り逃すなんて」
ベルティエの悔しそうな声色を聞いて、エヴァは霞んでいた記憶を取り戻した。
——そうだ。アマリリスが赤いオーラを纏いだしてから……いや、それもあるけど決定的なのは……私の血を舐めてすぐ……形成が逆転した。
アマリリスに裂かれた肩口を手で抑えて、エヴァは舌打ちをした。
——この二人が救援に来なければ、私は死んでた……!
その事実が、たまらなく悔しい。
威勢を張って何やら偉そうなことを口走ったくせに、結局は敗北し逃げられ止めることはかなわなかった。
「エヴァ、悔やむのはあと。今はレオを……」
「……ええ、そうね。借りを返しに行かなくっちゃ」
ヌゥの言葉通り、今は悔やんでいるヒマはない。
思考を振り払って、転がっていた三叉槍を手に取ったその時だった。
「いいえ、あなたたちはもう上へ戻りなさい」
「……どうして?」
エヴァの問いに、ベルティエが何を今更と、嘆息した。
「パーティ対抗戦はあなたたちの負け。お仲間の暴走によってね。だからもう、あなたたちは何もしなくていい」
「……っ!」
『これは実戦ではなく、お遊びの延長戦。だから、死人が出た瞬間、あるいはその行為が感知された瞬間に、対抗戦は終了よ。そこは肝に銘じておいて」
数時間前、目の前のベルティエが言った言葉を思い出したエヴァは、表情を歪めた。
「あとはあたしに任せてうえへ戻りなさい。そこで治療を受けて、全員の帰還が完了するまで待機していること。——いいわね?」
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