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061 奪い合う女たち①

 両膝から伝わるひんやりとした地面の感触。

 何もかもを思い出したレオは、手をついて目を大きく見開いていた。

 



「思い……出し、た。なぜ……俺は……今まで、忘れていた?」


「それがお兄様の力……詳しくは教えてもらっていませんが。ともかく——感動の再会ですね、レオさん?」




 声色が変わる。間延びした彼女の口調が端的に、そして娼婦のようだった雰囲気は鳴りを潜めて淑女たる本来の、あるべき姿のアマリリスが、そこにいた。




「ずっとこの日を待ち望んでいました。レオさんが本来のあるべき姿に戻る、今日という日を……ずっとお待ちしておりました」


「……俺は」




 アマリリスの声をよそに、レオはレオの記憶を反芻する。

 心臓が引きちぎられそうだった。

 息もできぬほどに苦しく、痛い。



 どうして俺は、ノイトラを——スイマを、殺してしまったのか……!!



 どうして、スイマはこんなことを……?

 自問自答に意味はなく、ただ責任の所在をだれかに押し付けようと画策する思考を、唇を噛んで停止させて。

 それでも、どうしていいかわからずに、レオはショート寸前の頭を地面に叩きつけた。




「くそッ!! 俺は、どうしたら……ッ!!?」


「レオくん!?」




 鳥籠の中から、フレデリカが叫ぶ。

 ついでヴィンセントの背中へ視線を向けたフレデリカが、怒声を発した。




「早くここから出してっ!!」


「……すまない。動けそうにない」


「どうして!?」




 ゆっくりと振り返ったヴィンセントは、口角から血を流していた。

 口許だけではない。体を覆う鎧の右半分が砕け、痛烈な裂傷によって血溜まりを形成していた。

 立っているのが不思議な……否、既に死んでいてもおかしくはない致死量。

 だというのに、ヴィンセントは。




「だから……仕方あるまい」




 フッと瞳を細め、笑みを浮かべたヴィンセント。

 カッコつけることに生涯を賭してきた男の、その気取った態度に苛立ちを覚えたフレデリカだが、どこからか——風切り音が耳に入ってきた。

 



「キミに託そう。一時的だが、俺の剣を」


「———!」


「重ねて言おう。一時的、だぞ?」




 フレデリカの正面。腕を伸ばせば届くその距離に、剣が突き刺さった。

 いつの間に剣を手放したのだろう?

 疑問に思うよりも早く、それをったフレデリカは籠を切り裂いた。




「レオくん、大丈夫かい?!」




 籠から脱出したフレデリカはレオを庇うように正面へ立った。

 変わらずレオは両膝と両腕をついて、ブツブツと何やら呟いているようだった。




「あなた、レオくんに何をしたの?」


「思い出させてあげたんですよ、あの青くて赤くて黒々とした、懐かしい私たちの始まりの日々を」


「……どういうこと? 一週間前に初めて会ったんじゃ」


「あなたよりも付き合いは長いんです、実は。だって、私たち——婚約していますから」


「なっ———」




 絶句するフレデリカ。しかし、すぐさまに精神を落ち着かせて、剣を強く握りしめる。

 こちらの動揺を誘いにきただけに決まっている。嘘っぱちだ、あの女がレオくんの婚約者であるはずない。

 動揺を殺したフレデリカは、ゆっくりと息を吐きながら、相手の真意を問う。




「……それで、あなたの目的はいったいなんなの?」


「目的? ああ、どいつもこいつもみなさんお好きですね、目的。趣味ですか? いちいち何か理由付けがないとダメなんですか? それっぽいものを伏線だと勝手に勘違いしてません? 全てが語られるとでも? そんな都合よくありませんよ、語られない物語だってあるんですから」




 でも、と付け加えて。

 淑女然とした笑みをたたえたアマリリスが、戦斧を持ち上げて、水平に構える。




「——あなたはちょっと気に食わないです。婚約者の私を差し置いて、レオさんにプロポーズされたんでしょう? それは許しませんよ認めない。ここでぶっ殺してやる」


「あなた……っ」




 空気を震わせた魔力(殺意)波濤はとう

 地面から引き剥がされ吹き飛ばされそうになるほどの狂風がフロアを満たす。

 戦斧から発せられる、重苦しく気持ち悪い、血生臭いナニカ。

 それがとてつもない魔力と瘴気を撒き散らして、こちらへ来いと手招きしている。




「【血染めの憑き戦斧(レッド・バディ)】———逃げられませんよ、あなた」


「……舐められちゃ、困るんだよ」




 愛用の剣よりも重く、リーチも長いヴィンセントの銀剣を正眼に構え、フレデリカが正面の敵を睨めつける。




「惚れた男を前にして、みっともないブザマをこのわたしが——Sランク冒険者【舞遊ぶフレデリカ】が晒すと思うかい?」




 前髪を吹き乱す殺意の奔流に真っ向から抗って、悠然と力強い気迫を以てしてフレデリカは立つ。

 そこに滲み出るのは殺意でも闘気でもなく——あるのは、ただ一つ。




「そもそも、婚約者のくせにプロポーズされたことがないなんて矛盾してるんだよ、この妄言メンヘラ女! ひとの男たぶらかしてんじゃないよッ!!」


「……このッ!!」




 彼から愛されているのは()()()だという、女の矜持。ただそれだけを握りしめ、地面を蹴る。



 一切の澱みなく正々堂々と啖呵を切ったフレデリカと、唇を血が出るほど噛み締め怒り狂ったアマリリスの得物が激しくぶつかり合った。



 超至近距離で鍔迫り合い、火花を甲高く鳴かせた二人は互いに射殺さんばかりに視線を交わした。




「レオくんはわたしを助けにここまで来てくれたんだッ! わたしを求めて、わたしが欲しいからここまで来たんだ、レオくんのニーズに沿っていないあなたはお呼ばれじゃないんだよこのジャンル違いっ!!」


「〜〜ッ!? ならッ!! レオさんはあなたみたいなロリキャラが好きだっていうんですかあ?!」


「正確には()()()()()()()()()()()ッ!! それ以外は邪道だよ、()()()()()()()()()()()()()も、()だってッ!!」




 鍔迫り合いが頂点に達して、互いに渾身の力をぶつけ合い距離を置く。

 既に勝ち誇ったかのような微笑を浮かべたフレデリカは、剣先を後方へ引き絞った。




「わたしは勝つべくして勝つッ!! レオくんの隣に相応しいのはわたしだッ!!」


「——ほざけよ年増、いい年こいてあざとさ狙ってんじゃないわよッ!!」


「と、……年増ッ!? まだハタチ超えたばっかなんですけどこのど淫乱ッ!!」


「ど淫乱で結構、欲情させたもんがちでしょうがッ!!」




 繰り出されたフレデリカの十八番【絶喰一閃】がアマリリスの体を切り裂き。

 厭わず放たれた戦斧にとぐろ巻く紅蓮の魔力が、斬撃の形を伴ってフレデリカへ迫るも——




「それで——他に何か、言いたいことでもあるかな?」


「くっ……!?」




 驚異的な速度で地を駆け抜けたフレデリカが、アマリリスの背後から銀剣を突きつける。首筋を這う刃の感触に、アマリリスは顔を歪めた。




「とりあえず、こちらの質問に答えてもらおうか。きみは一体、なんの目的があってレオくんに近づいたんだい?」




「おもしろかった!」



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