幕間 憧憬②
レオを含めた六人で【ノイトラ】は結成された。
スイマの幼馴染であるセナ、ゴウゾウ、メルツ。そして妹であるアマリリスを加えてのパーティは、予想をはるかに上回り、秒速で成り上がっていった。
わずか半年でCランクへ駆け上がり、偶然会敵したAランク相当の魔物コカトリスを撃破。
さらには、既存の迷宮探索中に隠しフロアを発見。測定不能と称された、人の形を模した異様な魔物を討伐するなど、瞬く間に名を馳せていった。
そして、結成から一年。
Bランク昇格の打診を受けたその日、スイマはレオに呼び出されていた。
「——それで、本題があるんだろ? まさか、惚気話を聞かせにわざわざ俺を呼び出しんじゃないだろう?」
「……ああ。実は」
メラクを一望できる時計塔の上。
欄干に両肘を置いて、暗くなっていく景色をぼうっと眺めながらレオは、その胸の内を吐露した。
「黒炎を……封印しようと思う」
「……なに?」
「最近……また、夢を見るんだ。スイマに赦してもらってから、見なくなっていた夢を。また……」
「大火災の、夢か」
頷いたレオは、今にも泣き出してしまいそうなほどに、表情を歪め拳を握りしめていた。爪が肉に食い込み、わずかに血が滴っている。
「あれは事故だったんだろう? 望んでやっていたことではないのなら、おまえが気に病む必要はない」
「……ありがとう。だけど、それでも俺の責任にかわりない。制御できないものをイメージしてしまった、俺の。そのせいで父さんも母さんも……死んでしまった」
一拍置いてから、続けてレオは言った。
「あの日。黒炎が街を焼き包んだあの時、俺はどうすることもできずに逃げた。自分のせいでこうなったと頭で理解しながら、助けてと叫ぶ声を無視して、ただ自分が生き残るために逃げたんだ」
「……それは間違いじゃない。逆の立場なら、俺だってそうしている」
「でも、俺は俺を許せない。あの夢をまたみるようになって、俺は気付かされたんだ。俺は、幸せになってはいけないんだ」
「そんな、ことは……」
「だから、先に謝っておく。マリィとの婚約の話は——」
「待ってくれ。もう少し、考えてみないか?」
「考える? 一体何を考えるっていうんだ。言い訳か? 俺が俺を許せるような言い訳を、被害者であるおまえと一緒に考えるっていうのか?」
棘の含まれた言葉。微かに震えたレオの声色に孕んだ感情は、恐れだった。
嫌われたくない。一人になりたくない。また、失いたくない。
そういった類の、普段のレオからは考えられない負の部分。
まるで、別人だった。
勇猛果敢に魔物へ立ち向かい、二色の炎を操ってどのような強敵をも一網打尽にしてきたレオ。
パーティの全員が憧れた男がいま、瞳に涙を浮かべて、どうすればいいのか悩んでいた。
「……一つ、提案がある」
「てい……あん?」
返答に頷いたスイマは、己が考えていることのおぞましさに、けれど己の憧憬が地に落ちていく姿を見るに耐えず、受け入れられず——そして何よりも。
「俺が忘れさせてやる。過去も、記憶も、黒炎も……そしてまた、いつか思い出させてやる。強靭な肉体と精神を宿して、おまえは生き返る——」
無謬だと信じた憧憬を、己が手で昇華させることができたのなら、どれほど幸福だろうか。
*
「お兄様ぁ♡ 私ぃ、迷宮でこんなもの拾っちゃいましたあ」
数ヶ月経って、変わったことがいくつかある。
まず、レオは先日Cランクに降格した。
黒炎を忘れたレオは、絶句するほどに弱かった。せいぜいがゴブリンを倒せる程度の炎しか生み出せず、そのせいか自信も徐々に失って今ではろくに視線を合わせてくれない。
次に、マリィとレオとの関係。端的にいって、婚約を一方的に破棄された妹は、壊れた。
「ちょっと聞いてますぅ? ていうかあ、どこ見てるんですかあ? 妹おっぱいにもしかしてえ、興奮してますぅ?」
慎ましく、お淑やかで清楚を貫いていたマリィが、娼婦のように変貌してしまった。
それからすぐに、レオの記憶からマリィのこと全てを消した。
マリィにも、レオに苦手意識を持たせるために記憶を改ざんした。
「おーにーいーさーまあっ! いい加減にしないとこの迷宮で拾ってきた戦斧で殴っちゃうぞ☆」
黒炎に関する諸々のことを全て忘れさせ、適当に記憶をあたえ繋ぎ合わせた。しかし、あの大火災についてはよっぽど強く掘り込まれているのか、何回やっても消すことはできなかった。
だから、あれを引き起こしたのは別の者だと記憶を書き換えた。
ただの被害者。そういう位置付けにした。
他にも、他にも、他にも……。
ひと段落ついて感じたのは、思っていた以上にレオは、俺たちの生活に浸透し様々なものを与えてくれていたということ。
「お兄様ぁ〜〜〜っ!」
「——マリィ。用事を忘れていないか?」
無視され続けたのが効いたのか、気をひこうと抱きついてきたマリィの胸部を刺し貫いた。
「……え、あ……お、にぃ……さ」
昏くなっていく瞳。完全に光を失ったところで、腕を引き抜いた。と同時にマリィの胸部へ治癒魔法を重ねて付与し、完治させるとすぐに、彼女はパチリと目を開いた。
「あ、お兄様ぁ。そういえば私ぃ、これからお友達とお買い物する予定だったんですよぉ」
「そうか。気をつけてな」
「はぁい♡」
機嫌よく部屋を出ていくマリィの背中を追って、自分の手のひらを眺めた。
妹の血に濡れた手のひら。
生暖かい感触を水場で洗い流すついでに、自分の顔も冷水で冷やした。
別に記憶を書き換えるのに、血を流す必要はない。対象に触れることができさえすれば、発動できる。
だから、そう。
これはただ単に、八つ当たりなのだ。
「レオ……俺は、間違っているのだろうか」
本当にこのやり方であっているのか?
間違っているのではないか?
もっと効率的に、もっと誰もが幸せになれる方法があるのではないか?
わからない。わからない。そんなの、俺にはわからない。
だから、それを確かめるために。
明日、【アムストロテムスの失楽園】で——レオを極限まで追い込む。
「間違ったやり方だったとしても、それを間違いだなんて誰にも言わせない」
誰もが間違いだと罵るのなら、その誰もが間違っているのだと証明してみせる。
「そうでなければ、俺は俺を許せない。マリィも、レオも傷つけた俺を、一生許すことはできない」
最愛の妹と、憧憬の親友。
二人の人生を狂わせた俺が、二人にしてやれることはもう、これしか——
*
「――爆ぜ螺旋する——」
「――戯・爆ぜ螺旋する——」
吹き荒れ舞い上がる、凄絶たる黒炎。
ああ——そうだ。俺は、これが見たかったんだ……!
レオに憧れ習得し磨き上げてきた俺の炎が、なすすべもなく飲み喰われ、陳腐だと揶揄されるかのごとく、せめぎ合うことすら許されない。
絶対たる黒。
何者をも染め上げんとする王者たる黒炎に、感涙の産声をあげて。
「——炎流!!」
「黒流――ッッ!!」
満を辞して放たれた産声は、漆黒の波濤と混ざり喰らわれ進路を上空へ変えた。
まるで星が生を終える際に放つ、絢爛たる輝きのように——塗りつぶされていく、俺の体が。意識が。
ああ——なんて、俺は幸せなのだろうか。
憧れた英雄の復活。それを俺は、俺の手でとうとうやり遂げたのだ。
間違ってなんていなかった。
俺のやり方は、間違いでは——なかったんだ……!
「それでいい――おまえにはそれが、よく似合う」
彼の瞳に、表情に、黒炎を使うことの躊躇いはなかった。
乗り越えたのだ。踏破してみせたのだ。
ならもう、何も思い残すことはない。
あとは、妹——アマリリスに託した。
俺の冒険者タグをレオに見せれば、マリィを含めた、全ての記憶が蘇る。
今のおまえなら、大丈夫だ。
何も恐れる必要はない。失うこともない。ただ、取り戻すだけ。
だから。
「認めよう――おまえこそは俺の見込む、最強だ」
最後の最後まで、俺は俺らしく、気取った調子で舞台を去ろう。
俺の役目は終わり。
後の舞台は、婚約者に託した。だから——
「さようなら、俺の英雄。そして、おかえり」
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