幕間 憧憬①
まず、初めにそれを目にしたとき、少年はこう思った。
ああ、なんてカッコいい炎なのだろうか、と。
悲鳴が聞こえる。
怒声が聞こえる。
痛みが聞こえる。
前後左右、縦横無尽と負の感情が爆発したその街の名は、カーディナリス。
少年の父ルイス・スィリ・クレア・フォン・カーディナリス公爵が治める領地だった。
「お兄様……お兄様、お父様とお母様はいったい、どこへ行ったのですか?」
「——マリィ。俺は今、感動しているんだ」
「え?」
今年で十三歳となる少年の妹アマリリスは、純粋に首を傾げて、様子のおかしい兄を見上げた。
あまり感情を表に出すことが得意ではない彼女の兄は、あろうことか、この大災害のど真ん中で笑みを湛えていた。
なかなか見ることのない、いや、彼女だってたったの一回しか見たことのないその笑顔。
貴重なその笑顔が、まさかこの火の海で見られるとは思いもよらなかった。
「お兄様、どこか頭でも打ったのですか? それとも何か悪い物でも……いいえ、このおかしな炎がきっと、お兄様をおかしくさせたのですね」
あてずっぽうで並べた言葉だったが、的を射ていたものがある。
少年は、わかっているじゃないかと満足気に頷いて、最愛の妹の頭を撫でた。
「カッコいい……カッコいいんだ。こんな色、こんな熱量……この造形……こんなにもカッコいいものは見たことがない」
「カッコいい……ですか?」
「ああ、素敵だ。胸が熱い……痺れてる。たぶん……これが俺の初恋なんだ」
「は、はあ……?」
兄は、聡明な人だった。
学力も高く、本をよく読み、大人の話に耳を傾けて、寝る前には難しい話を噛み砕いて絵本代わりに読み聞かせてくれた。
頭だけでなく、身体能力も群を抜いていた。
まず同年代で、兄に剣術で勝てる者はいない。あの腕っぷしを自慢気に語るメルツですら、兄の前では媚へつらう。
相手になるのはいつも己よりも二回りも大きな騎士や武芸者だった。
そして魔法も同様、彼に並び立つ者はいなかった。高名な魔術師ですら、兄の才に惚れ込み己を恥じる。
そんな――そんな、理想を通り越して物語の主役そのものを体現したかのような兄が、いま、意味不明な言葉を生まれたての雛のように鳴かせている。
率直に、ドン引きである。
「俺もこの炎を……黒くて熱い、地獄のようなこの炎を俺も、使ってみたい。いや、使いたいんだ。俺もこれが欲しい」
その時の笑顔を、きっと生涯忘れることはないだろう。
嵐の中に一箇所だけ穿たれた蒼穹を垣間見たような、輝かしい笑顔。
街をあっという間に飲み込み、ちいさいとはいえ都市を燃やし尽くした忌むべき黒炎に憧憬を抱いた少年は、救出されしばらくの年月を得ても尚、消えることはなかった。
*
「――正気ですか、お兄様」
「正気だ。俺は彼を――レオを許す。もとよりあの都市にも両親にも未練はないし思うところだって何もない。……それは、おまえが一番知っていることだろ」
「だからって……あの火災で何人の死人が出たと思ってるんですか? 使用人のリタや姉のように慕っていたルズも死んだんですよ。両親に未練はない? だから私も許せと? そんなことできるわけないじゃないですか。
正気を疑いますよ、お兄様」
あの黒炎による大火災から半年が経った。
両親を失い、土地も失い、何もかもを失った私たちは、メンカリナン王国の南西都市メラクに居住していた。
もう爵位という身分は消えたに等しい。
所詮、私たちは父のおこぼれを預かっていたに過ぎないのだと、メラクに来て学んだ。
これからは公爵令嬢としてではなく、ただの一般市民――いいえ、冒険者として成り上がってみせる。
と、決意したのはいいものの、私たちがこうなった元凶と遭遇したと兄は嬉しそうに語るのだ。
もう、あの日のことは水に流せ。俺とあいつは兄弟だ、と。
「……お兄様。お兄様が昔から、家族や周囲の人間に執着しないのは知っています。それどころかあまり興味がないのも知ってますし理解しています。そんなお兄様が興味を惹かれる対象ができたなんて、それはもう国をあげてお祝いするべきです」
しかし、しかし、少し落ち着けよ兄上と、私は額に指をあててため息を吐いた。
……怒りに身を任せて、お兄様を殴らない私を誰か褒めてほしい。
こういうところは兄に似たんだなと、喜べばいいのか悲しめばいいのかわからないが、これだけははっきりと拒絶した方がいいだろう。
「ですが、その対象が……あの黒炎使いが相手となると話は違います。お兄様が許せたとして、私は許せません。仲良くされるのは勝手ですが、それを私に強要しないでください」
「……一回、会って話を聞いてみる気はないか?」
「ありません。なんなら、目があった瞬間にぶっ殺します」
「明日、連れてくる。午後に。おまえもきっと気にいるさ」
無表情で無愛想な兄が、口許に笑みを残して私に背を向けた。
そのまま自室へ向かっていく兄に、辟易を孕ませて私は叫んだ。
「ぜったいぶっ殺してやるからッ!!」
*
「――なんて、言っていた気がするが……おいおい、我が妹ながら前言を撤回するのはいかがなものか。それどころか……」
テーブルを挟み、イスに座り肩を並べる男女を微笑ましく眺めながら、俺はわざとらしく手を叩いた。
「出会って数時間足らずで恋に落ちたのか? チョロ過ぎるだろおまえ」
「ち、ちが――ッ!! 違いますお兄様、違うんですッ!!」
「は、ははは……」
テーブルに手を叩きつけて、顔面を真っ赤にさせたマリィは胸を上下に揺らしながら、断じて否だと否定した。
「否定するわりにおまえら、肩の距離が近いんだよ。心を許した証拠じゃないか。見苦しいぞ、カーディナリスの人間ならもっと堂々としろ」
「~~~ッ!!?」
「す、スイマ……あまりからかわないでよ」
「俺と出会って二日目にして、まさかうちのかわいい妹を堕とされるとは思いもよらなかった」
「お、堕としてないぞ……?!」
意地の悪い笑みを浮かべて、しばらくの間、二人をいじり倒すことにした。
一部始終を見ていたからわかる。
だからこそ、おもしろかったし腹も抱えて笑った。
そう、笑った。
あんなに笑ったのは、初めてのことだった。
「お兄様も見ていたならどうして教えてくださらなかったんですか……レオさんが、お兄様の会わせたい人だって」
「待ち合わせ場所を間違えたレオが悪いな」
「否定はできないけど……まさか、そこでマリィとデートするなんて思わなかったよ」
「で、デート……っ!? あ、あれはただ買い物に付き合ってもらっただけだからっ」
「カーディナリスの人間は情熱的だからな。一眼みて惚れたならそれがどんな相手であろうと己がモノにする……マリィにもしっかり流れているじゃないか」
「へ、変なところもお兄様に似てるなんて……」
顔を赤くして、両手で抑えてる我が妹をみて、俺たちは表情を崩した。
その日の夜は、とても穏やかでたのしい時間を過ごした。
もう少し、打ち解けるのに時間がかかり、多少の衝突も覚悟していたんだが……杞憂に終わったようだ。
レオにはどこか、俺たち兄妹を惹きつける力がある。
不思議な魅力がある。
それに加えて、俺の憧れた黒炎を使うただ一人の男だ。
ぜひ、黒炎を教わりたい……という気持ちも、もちろんある。
だが、何よりも同じ時間を共有していたい――そう、心の底から思える相手だった。
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