059 奪い合う魔術師たち⑥
少し時間が遡り――
突如壁をぶち壊して現れたのは、白髪褐色の男だった。
獰猛に表情を歪めさせ、獣のような男はレオを殴り飛ばして別フロアへ移動していった。
「レオ――ッ!? あの白髪ヤロウッ!!」
「待つんだ、エヴァちゃん」
「何よ、あんたも援護しに……どうかした?」
肩を掴まれて、レオの援護を阻まれたエヴァはピエルパオロの表情をみて異変を察した。
――否。
その異変を、思い出したのだ。
「レオなら問題ない……。問題があるとすれば、こっちの方なんだ」
ピエルパオロの細目が、通路の奥を睨めつける。
先ほどまでの殺気は鳴りを潜めたものの、変わらぬ何者かのプレッシャーは闇の奥で蠢いていた。
「……あのチンピラの登場で、吹っ飛んでたわ……」
「あちらさん……もはや、ルールに則るつもりはないらしい」
細剣を構え、ピエルパオロが切先を闇へ向ける。
膨れ上がる殺意。
邪魔者が消えたことを確認したソレは、何か重いものを引き摺ってこちらへ向かってくる。
「……あんたと、共闘する日が来るとは思わなかったわ」
「そうだね。僕も予想はしていなかった。……どんな形であれ、僕は嬉しいよ」
「同感……と言いたいところだけど、気分は最悪よ」
軽口を叩きあいながらも、視線は闇に固定されていた。
着実に近づいてくる。
距離が縮まるたびにあてられる殺気の鋭さに、吐き気が込み上げてくる。
明確なイメージ……思念と呼ぶべきか。
相手は、二人を殺すという鮮烈なイメージをもって、それを叩きつけている。
「ここで片付ける。レオの下へは行かせないわ…………ねえ、アマリリス」
闇へ向かって――エヴァは、その名を呼んだ。
闇の奥で、返答があった。
「――ふふ、ふふふ。エヴァさんってえ、そんなに目が良かったんですかあ?」
姿を現したのは、赤いドレスで着飾った妖艶たる女性。
右手に戦斧を、左手には何者かの足を引きずって、彼女は二人の前に現れた。
「私たちを本気で殺そうとする人間なんて、この迷宮内にあなたしかいないから」
「へえ~? そうなんですかあ。ヴィンセントあたりは殺しに来そうですけどねえ?」
「たとえそうでも、彼が殺したいのはレオくんのみだと思うよ。僕たち全員を――【シャフリーヴァル】の面々も含めて殺意を向ける相手はもう、きみしかいない」
「……もしかしてえ、もしかしなくとも私だけぇ、なんか退け者にされてましたあ?」
可愛らしく口元をすぼめて、首を曲げるアマリリスにエヴァは鼻で笑った。
「バレないとでも思ってたわけ? 一週間もあれば、知りたいことは全部調べられるわ」
昨夜。
その話を、ヌゥから聞かされた時は驚いた。
それと同時に、納得もしていた。
ああ、どうりで彼女は、こんなにも――こんなにも、レオを視る目が、酷く冷めていたのかを理解できたから。
「あなた――スイマの妹だったのね」
「キャハ――ッ」
エヴァの口から発せられた名を聞いて、赤い女は笑みを湛えた。
「僕も驚いたよ。ヌゥちゃんから聞かされた時は……まだ彼との因縁が断ち切れていなかったなんてね」
「目的は、兄と【ノイトラ】を壊滅させたことに対する復讐ってところかしら?」
「どちらにせよ、レオのもとへは行かせないし殺させない」
つい数十分前までとは異なり、明らかな敵意を叩きつけてくるエヴァとピエルパオロに、依然として飄々《ひょうひょう》と、アマリリスははじけるように破顔している。
「すっご~い! お二人とも名推理ですぅ! それともヌゥさんが名探偵なんですかあ? びっくりしました……でも、別に隠してたわけじゃないしぃ? バレたところで支障はないですからあ」
「……つまり、認めるわけね?」
「はい~。認めますよぉ? 私の兄はスイマ・スィリ・クレア・フォン・カーディナリス。ご明察通り、あなた方を殺しに参りましたあ」
はにかんで、左手に握っていた足首をぶん投げた。
ソレは、ズタズタに切り裂かれ、血を撒き散らせた女剣士の成れの果て。
まだ生きてはいるようだが、瀕死には違いない。
その肢体を軽々とエヴァへ向かって放り投げた。
「なっ――生きてるのあな――ッ!!?」
「よそ見はいけませんねえ、エヴァさぁん☆」
ルイ・ハルトの肢体を抱きとめたエヴァの、側面から間合を詰めてきたアマリリス。
その驚異的な速度を伴い振るわれる戦斧が、女剣士ごとエヴァを断罪せんと瞬いた。
「僕はエヴァちゃんほど優しくはないから、そこんとこよろしくね」
戦斧を振り上げた姿勢のまま、アマリリスの脇腹を殴打する空気の槌。
壁にめり込んだアマリリスへ、すかさず追い討ちをかけるピエルパオロ。
目も開けられぬほどの風圧が壁穴へ叩き込まれ、削ぎ落とした礫が弾丸となって疾る。
「あはッ――ほんっと、鬱陶しいなあ。あなた、一眼見た時から嫌いだったんですよ」
「奇遇だね。僕もあんまり好印象じゃなかったんだ」
颶風を切り裂いて戦斧が旋転する。
アマリリスの手を離れ、壁穴から飛び出してきた赤い戦斧がブーメランの様相を呈して空間内を廻る。
「同族嫌悪ってヤツかな? 演者が演じる役そのものにハマって抜け出せないような、そんな感じの匂いがするよ」
「一緒にしないでくださぁい。私は、私がかわいいと思った今の私を愛しているんです――」
風圧によってひしゃげた四肢を引きずりながら、壁穴から出てきたアマリリス。
皮膚から突き出た骨や礫によって抉られた肉をものともせず、変わらない笑顔で拒絶した。
「私のこと知ったような口振りで語るの、やめてもらえます? 気持ち悪いんだよおまえ」
「――ッ!?」
宙を、壁際を這うように回転し駆けていた戦斧が軌道を変え、ピエルパオロに迫る。
己の背後で突風を起こし、移動速度を上げて地を蹴ったピエルパオロ。しかし、戦斧に気を取られていたピエルパオロは、気がつかなかった。
いつの間にか、元通りに再生されていたアマリリスの右腕と足腰。
そこに握られた一本の剣が――煌めく。
「いい拾い物しちゃった☆」
踏み込み、ドレスをはためかせながら勢いよく投擲したルイ・ハルトの愛剣――
戦斧を躱し、次に逃げるそのポイントを的確に予測したアマリリスの投擲は、しかしピエルパオロの脇腹を掠めるだけに留まった。
「調子に乗りすぎよ」
「ハハ~ん、エヴァさん……かーいいなあ。もしかして嫉妬してますぅ?」
直撃コースだった投擲を、放つ前に殴り飛ばすことで僅かに軌道を変えたエヴァ。
赤く腫れた頬をおさえたアマリリスの顔が、ニヤリと綻ぶ。
「大人しくのされなさいな。それ以上、痛い目にはあいたくないでしょう?」
「ふふん、私ぃ……痛いの大好きなんですよぉ。だから壊れにくくするために治癒系統の術もおぼえて――」
「そんなことは訊いてないわ。大人しく捕縛されなさいよ」
「……優しいんですねえ、エヴァさん。私のこと、殺さないんですかあ?」
風切り音を鳴らしながら、アマリリスの手に戦斧が戻る。
同時に、ピエルパオロもエヴァの隣に着地して、油断なく細剣を構えた。
「殺さない」
「殺さずに、どう私を止めると? 私が生きている限り、たいちょーを殺しますし、エヴァさんもみんなも殺しますよぉ? まさか、説得でもお考えで?」
愚かだと嘲笑うアマリリスに、エヴァは好戦的な微笑みで返した。
「私が説得とか、有り得ないでしょ」
「じゃあ、どうするんですぅ? 殺す以外に方法はなさそうですけどぉ?」
「あるでしょ、一つだけ」
「?」
首をかしげた赤ドレスの女に、三叉槍を突きつけて言い放った。
「今ここで、あんたを調教するわ。もう二度と謀反できないよう、徹底的にね」
自信あり気に、これこそが唯一解だと言わんばかりに、胸を貼った金髪ツインテールの女。
その態度に、言葉に、一瞬惚けたアマリリスは苦笑を漏らした。
「……一番まともだと思ってたんですけど、やっぱりエヴァさんはかーいいですねえ」
「それ、どういう意味よ? あんた、私のこと馬鹿にしてる?」
「いーえ。でも調教、できると思います? 私の愛って、とぉっても重いんですよお?」
ピエルパオロの脇腹を掠めて落ちた剣を拾い、付着した血液を舐めとる。
その行為に既視感を覚えたエヴァは、身構えた。
「壊すなら徹底的に。私ぃ、壊せなかったものって一つしかないんです。それが私の宝物――たいちょーにしか私のことを壊せないし受け止めきれない」
「そのたいちょーさんは、私たちの相手で手一杯なの。だから私がぶっ壊して治してあげる」
「ふふ。ふふふ――かーいいです、エヴァさん。大好きですよ、それなりに」
その言葉を最後に、アマリリスは地を踏みしめて、戦斧を鳴かせる。
赤く――血よりも赤く輝く戦斧。
その鳴動が向かう先は――
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