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058 奪い合う魔術師たち⑤

 壁を粉砕して、姿を見せたのは白髪褐色の男——アナスイ。

 塩のような白を振り乱し、堅く握りしめた拳を弾丸の如く振り抜いた。




「おまえ——確か、アナスイだっけか」


「サンをつけろ劣等が、対等にでもなったつもりか猿ッ!」


「くっ——!!」


「うりぃぃぃぃぃぃぃッ!!」




 空間が爆発しているのではないかと感じるほどの、激しい乱打。

 ヌゥのそれとは比べ物にならぬ連撃の速度、掠めただけで肉を抉りにくる威力。

 瞬間にレオは悟った。



 この男は、Sランクなどでは括れない猛者だと。


 

 彼もまた、Sを越えたSSを冠す男なのだと——故に。





「なに——ニヤけてやがる……?」





 アナスイの拳が一瞬、速度を落とした。

 そこを指摘するように、レオの拳が褐色の顔面を振り抜いた。




「おい、遅くなったぞ——もうバテたのか?」


「カッ——おもしれェ、いいジョークもってんじゃねェの。もっと魅せてくれやオラァッ!!」




 獣のように、しかし洗礼された無駄のない武。

 常人離れした身体能力から繰り出される予測外の攻撃に、なるほどとレオは笑みを深めた。



 おもしろい。楽しい。

 魔法を使えば、おそらく早期に決着はつくだろう。

 しかし、




「——これは、そういう催しなのか。案外、ヴィンセントさんもこっち側の人間らしい」


「なに一人で気持ちよくなってんだ、俺様にも味合わせてくれよなァ——ッ!!」




 左足をさらに深く踏み込ませ、超至近距離から放たれる連撃ラッシュ

 不規則な軌道で、抉るように打ち込まれる拳は読みづらく、いくら眼のいいレオとて無傷では済まない。



 だが、頬を打たれようと。

 鳩尾に拳が入ろうと。

 胸部、喉仏、人中じんちゅうを穿たれ、血を吐き出そうとも。



 その笑みが抜けることはなく——次第に。




「ああ——しっかり学ばせてもらったよ。その調子で頼む」


「——ッ!?」




 レオの動きが、眼前の彼やヌゥなど一流とはまだ程遠い、二流止まりだった武が。

 削ぎ落とされていく。

 荒削りだった運即フットワークや体の使い方が、洗礼されていく。


 

 そして——




「ぐァッ!?」




 アナスイの拳が空を切る。

 刹那、側面からレオの拳が彼の頬を捉え、吹き飛ばした。




「て、めえ……なぜ【蜉蝣ふゆう】を……ッ!!」


「なるほど。これはそういう名なのか」


「あ……ッ!?」




 壁に激突し崩れ落ちたアナスイの元へ——十メートルもの距離を一瞬にして詰めたレオは、脚を振り上げた。

 アナスイの顎を蹴り上げ、浮いた白髪を掴み壁に叩きつける。




「ぬ、ぅの野郎か……!! てめえに術を教えたのはヌゥの……ッ!!」


「教わったのは【禍突かとつ】だけだけどな。正直、俺にもわからんが……視えるんだよ」


「視える、だァ……!?」




 頷いたレオが、アナスイを解放して踵を返す。

 数メートル離れたところで振り返ったレオは、ヌゥと同じ構えをとった。




「もっと俺に教えてくれ。おまえ、まだ一回も武術を使ってないだろ?」


「……はン……舐めたな、てめえ。——いいぜ、教えてやるよ。その骨身に叩き込んでやるよッ!! うィりぃぃぃぃぃっっぃぃぃぃぃぃぃぃッッッ!!!」



 

 先程のレオ同様、数メートルの距離を一瞬にして詰めたアナスイ。

 迎え撃つレオの拳は、しかし陽炎かげろうのように掻き消えたアナスイに回避され、側面から拳が襲う。



 すりあわせるかのように、レオと同様の武術を用いたアナスイは、さらに昇華させていく。




「ついてこいよ、目ェ見開けェ!! こんなもんじゃ終われねェぞオイッ!!」


「くはッ——」




 漏れ出たのは、苦悶の声ではなく、愉悦。

 身をもって学ぶとはまさにこのことで、レオは今、着実にアナスイの武を体験し、学んでいた。



 そしてそれだけでは留まらず——




「これはさっきも視たぞ」


「ぶァッ、ッ、らあああァァァ!!」




 繰り出そうとする武術。その起こりを牽制し、アナスイが今し方使おうとした術を、レオが体現してみせた。




——ふざけんじゃねえ。こいつ、さっきから予測してやがる……!!




 技を扱う前に止められ、その技を逆に喰らうという摩訶不思議。

 おなじ武を学んだ達人同士ならいざ知れず。

 相手は、つい数秒まで二流程度だった男だ。

 アナスイからしてみれば、素人も同然。

 だというのに——




——まだみせてねえ技すらもこいつは、とうぜんのよう扱ってきやがるッ!!




 信じられない。いや、信じられるだろうか。

 未来を見てきたかのごとく彼ら【羅刹】の武術を、己のもののように扱っている。



 有り得ない。

 二十年以上もの月日を費やして、洗礼し完成させてきた己の武が。

 数百年もの年月を費やして、磨き上げ昇華させてきた体系が。




——たかが数分足らずで、モノにしてやがる……!! 




「おまえ、遅くなったか?」


「チッ——!!」




 依然、変わらず猛攻を捲し上げていたアナスイ。

 彼を上回りつつあるレオの疑問に、白髪褐色の男は表情を険しくさせた。




「舐めんな……!! 俺様は——負けねェェェッ!!」




 全身全霊、文字通りこの一撃に全てを賭けて。

 アナスイは強く、拳を握りしめた。



 対し、




「感謝するよ。俺はまた……強くなれた」


「———」




 アナスイの拳は、レオが繰り出した腕の外側を掠めていき——




「——【禍突かとつ】——」




 超至近距離にまで踏み込んだレオの一撃が、アナスイの眉間を振り抜いた。


 


「————ぁ……が、……ち、きしょ……う……」




 数メートルほど吹き飛び、地面をバウンドしながら壁に激突し止まったアナスイは、静かに目を閉じた。




「ふぅ……勉強になった。やっぱり本気で殺しに来てくれる相手だと、密度が違うな」




 これで一流になった——とは言えないが、自信はついたし無駄を削ぎ落とせた気もする。

 そして何よりも、さまざまな武術を学んだ。



 ヌゥから教えてもらっていたのは【禍突】だけだったが、アナスイのおかげでバリエーションが豊かになった。

 


 あとは己のものにすべく鍛錬を積み上げるだけ。

 それと、もう一つ。




「こっちに関しては、まだ不確定というかなんというか……なんともいえない感覚だが。けど、しっかり感触はある……実戦で掴み取るしかなさそうだな」




 拳を強く握りしめたレオ。

 手応えを感じつつ、次なる相手を求めて動き出そうとして——ようやく、気がついた。





「あれ……エヴァがいない……ピエルパオロも……。ていうか、ここどこだ?」





 気がつくと、周囲にエヴァやピエルパオロの姿もなく、見慣れない地形。

 どうやら戦闘しながら転々と場所を移動していたらしい。

 上を見上げると、天井に穴が空いており、なんとなくあの穴から落ちてきたことを思い出した。




「だとしたら……もうすぐで最終階層なのか?」




 気配を探ってみると……確かに、近くに強力な気配と、フレデリカの気配を感じることができた。




「俺がヴィンセントさんを倒せば、このゲームは終わる」




 なら、いくしかないだろう。

 フレデリカを己のモノにするためにも。




「俺が必ず奪ってみせます……あなたを」




 そしてレオは、迷宮最深部へと移動した。





「おもしろかった!」



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