056 奪い合う魔術師たち③
「――ヒャハッ!! ようこそ、殊勝な子羊どもォ。せいぜい踊りな、髄まで食われちまわねェようになッ!!」
大気を震わせて、弾丸のごとく振り抜かれた拳。
上層から降りてきたピエルパオロとアマリリスの両名を狙った凶撃は、しかし細身の腕によって逸らされた。
お返しと言わんばかりに、小さな拳が白髪を乱し、褐色の肌を傷つける。
「まさに犬。躾が必要」
「バカ言うんじゃねえ、てめえが俺様の飼い主なんざ百年は早ええよ。あまり思い出に耽ってると喰い殺しちまうぜ、なァ」
長い髪が宙に浮かび、次の瞬間にはヌゥの目前に迫っていた。
眉間を狙った蹴り。
裂帛の気合とともに放たれた左脚は、細剣によってまたもや軌道を弾かれた。
「――チッ、おい坊主。てめえなに横槍入れてんだクソが、黙ってそこで見てりゃあ見逃してやる腹積りだったんだがよ……それともあれか? 先に死にてえってか?」
「嫌だなあ、殺すとか死ぬとか。僕たちと認識に齟齬があるんじゃないのかな?」
細剣を抜いたピエルパオロが、にこやかにアナスイを睨めつける。
その隣で戦斧を素振りする黒髪の女性が、ほんわかと空気を震わせた。
「私ぃ、動物ってきら~い。特に犬は生理的に受け付けないんですぅ。だってえ、発情した犬ってみっともなくって――とても醜いじゃないですかあ」
戦斧を両手で構えたアマリリス。スッと目を細め、アナスイを睥睨している。
「とりあえず、このチンピラを片付けてしまおう。……まさか、三人がかりは卑怯だとは言わないよね?」
「わお~んって遠吠えするところみせてくれたらぁ、見逃してあげてもいいですよぉ?」
二人の挑発に、しかし白髪褐色の青年は愉悦に頬を緩ませた。
「くはッ――イイねえ、よく吠える羊ちゃんだ。腰が抜けて無抵抗な猿よりか、少しばかり威勢のいいヤロウの方が燃えるぜ。
ああ、来いよ。せいぜいケツ振って誘惑してみな」
腰を落とし、両腕を脱力させたアナスイが、ギラついた双眸を滾らせた。
対し、ピエルパオロとアマリリスは得物を構え、先頭のヌゥは、足首まであるスカートの裾を破り捨てた。
露出する大腿筋。ガーターストッキングに覆われた脚を曲げて、機動力を上げたヌゥはあごの位置に拳を構えた。
「危険因子はここで排除。確実に仕留める」
「援護するよ」
「後ろは任せてくださーいっ」
頷いたヌゥが、地を蹴った。
石礫を蹴り飛ばし、アナスイへ滑空したヌゥが脚を振り上げた。
「そそるねえ、誘ってんのかよクソ売女がァ」
「去勢してあげる。姉に喧嘩売る弟は許さない」
「だからッ!! ――俺様の方が年上だつってんだろうがッ!!」
骨の軋む音とともに衝撃が背後を突き抜けて――それを合図に、ピエルパオロとアマリリスが肉薄した。
だが、その場の誰もが気がつかなかった。
紛れ込むように、幾重もの鎖が壁や地面を這っていたことに。
それに気がついた時にはもう、遅かった。
「―――」
蛇のように、得物を捉えた鎖が飛びかかる。
かろうじて反応できたのは、ピエルパオロだけだった。
咄嗟に風のイメージを汲み上げた彼は、暴風圧によって鎖を弾き返す――だが。
「くっ――一体何本の鎖を操ってるんだ!?」
地面から這い出てきた鎖がピエルパオロの足首に巻きつき、次々と身体中に巻きつく。
「おォい……ローランッ!! てめえなに俺様の邪魔してやがんだ、とっとと失せろッ!!」
ヌゥへ跳ねた鎖を掴み、粉砕したアナスイが何処とも知れぬローランへ叫ぶ。
応答は、凛々しい女性の声音で返された。
「――これはパーティ戦だ。個人で結果を競うものではないよ、アナスイ」
挟み込むようにして、背後の通路から現れたのは灰色の女性。
ボーイッシュでラフな格好の彼女は、鞘に納められた剣を肩に担ぎ、視線をめぐらせた。
「とはいえ、ここに【燃える黒】がいないのは寂しいが……我慢しよう。数を減らしていけば、自ずと向こうから来るだろう」
「おいおい……おいおいおいおい……聞いてもいねえことをさっきからペラこきやがって、要するにあれだよな? 人様の狩場にノコノコと入ってきたっつうことはよォ……まとめて喰っちまっても問題ねェわけだ、なぁルイ・ハルトよォ?」
「ふっ。相変わらず血の気の多い輩だな、おまえは。我らは兄弟の盃を交わし合った仲間だということを忘れたのか?」
「俺様が忠誠を誓ってるのは俺様だけだ。それ以外は仲間だのなんだの、区別したこともねえし劣等以下だとすら思ってる。――だからよォ」
殺す――純粋にして凄烈なその意志が、吹き荒れる嵐のごとく白髪褐色の男から放たれた。
「――敵も味方もカンケーねえ……この場にいるヤツぁ全員俺様がぶっ殺す」
「まあそう意気込むのは勝手だがな。ルールには則れよ、もう大人なんだからさ。ガキのように駄々こねるな、私まで子供扱いされてみろ。
おまえ――いよいよ死ぬぞ?」
鋭い眼光がアナスイを射抜く。
重厚な殺意を殺意で殺す――比喩ではなくその場の温度が下り、ヌゥたちは寒さを感じていた。
「俺たちが……争ってどうする……おまえら……」
前門の虎、後門の狼を体現したかのような現状下で、油をさすかのように鎖が荒れた。
「——クソッ!!」
四肢を拘束されていたピエルパオロが、声の方向へと引きずり込まれていく。
「確実に……一人ずつ……だが……アナスイ、殺すなよ……」
「チッ……どいつもこいつも俺様の邪魔ばかりしやがる。それは趣味か、あァん?!」
怒鳴り散らすアナスイに、灰色の剣士が笑いかけた。
「おまえが空回りしてるんだよ。そのことにいい加減気づかないと、吠え面かくよ」
「わーった。こいつを片付けたらルイぃ、必ずてめえは殺す。生肌剥いでシーツ代わりに使ってやるから精々お肌に気ィ使いな」
「そっちこそ、その髪の毛でマフラー編む予定なんだからバッサリ切られないように」
ルイ・ハルトが柄を握る。
視線を向けている相手は、この場に似つかわしくない赤ドレスの女性――アマリリス。
「あれぇ? 私のお相手はあなたですかぁ?」
「ええ、お嬢さん。あまり女の子を殴ったり斬ったりするのは好きじゃないんだ。だから、できれば平和的に行こうじゃないか」
「はあ? それってえ、つまり私のこと眼中にないってことですかあ? もしかして、私より自分が強いって思ってるクチのお姉さん?」
「彼我との実力差は認識している方だよ。気に障ったのなら謝る。けど、きみもその大事な肌や髪の毛を汚されたくはないだろう?」
「お構いなくぅ。それが嫌なら冒険者やめてますよ~」
「はは、確かに。その通りだ」
「ですよねえ〜」
笑い合って、笑って、嗤って、ワラッテ――表情の微妙な変化に、親しい間柄ですら気づけないようなその些細な変化に。
優秀な剣士であるが故に。
兼ね備えていた観察眼がソレを見抜き、ルイ・ハルトは硬直した。
「――私ぃ……きれいなものが好きなんです。たった一人……とても美しくてきれいで、泥臭い素敵な私の宝物……それを識ってるんです」
ゆったりと、赤に塗れた戦斧を逆時計回りに持ち上げていく。
気のせいか、黒髪の一本一本が、息をするかのように蠢いているような――そんな錯覚に襲われた。
「それ以外は汚れてみえる。必要ない。なら壊して捨ててしまおうって、決めてるんですよ。だって、私には必要ないものだから」
「おまえ……っ」
淡々と、抑揚のない声音で語り始める赤ドレスの女を前にして、冷汗が止まらない。
とうとう上段に戦斧を構えたアマリリスは、花が咲き誇るかのような笑顔で、
「宝物はたった一つでいい。それ以外は、ぶっ壊しますね☆」
戦斧を真下へ振り下ろしたアマリリス。
とてつもない衝撃波のもと、下層へと穴を開けた女はそこへ体を滑り込ませた。
「……前言撤回だ」
ルールに則る? 殺さずに倒す?
先まで、己が口にした言葉を一蹴して、作り笑いを貼り付けた。
「殺す気で剣を抜く……そうでなければ」
喰われるのは己だと、身をもって思い知った【灰狼】ルイ・ハルトは、アマリリスを追いかけて穴へ飛び降りた。
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