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055 奪い合う魔術師たち②

「――始まったか。ふっ、ここまで来い。貴様の実力を俺に魅せろ」




 E級指定迷宮【ドラゴン・スカー】。

 かつてSランク相当の下級魔竜レッサー・ドラゴンが縄張りとし、討伐されたあと、魔境と化した場所である。

 ダンジョンボスもさほど強力でないことから、初心者ルーキーの狩場として人気を博している迷宮。



 その最下層にて、白銀の騎士甲冑を身につけた金髪の美丈夫――ヴィンセントが静かに、佇んでいた。




「ところで、きみはこの件についてどう思っているのかな?」



「……この件っていうのは、わたしが引き抜かれることについて? それとも、大人気なく【シャフリーヴァル】の精鋭を引き連れてパーティ対抗戦を行っている件について?」



「両方さ」




 ヴィンセントの傍――堅牢な作りの、一言で言い表すならば鳥籠のようなそれに閉じ込められた薄桃色の少女が、顔をしかめた。




「この勝負の勝敗に関係なく、きみはどうしたいんだ? 俺が引き留めなければ、きみは【燃える黒(ザ・シュヴァルツ)】のもとへ行くのかい? それとも、この場に残って、これから先も【シャフリーヴァル】の剣として貢献してくれるのかい?」




 ヴィンセントの問いかけに、フレデリカは答えなかった。

 いや、答えられなかった。

 正直なところ、まだ迷っているというのが本音。

 


 あの時――レオに求婚された当初は、頷きかけていた。

 だが、少し時間も経てば冷静になってくる。




「わたしは……わからない」




 自分では決められない。

 だから、この勝負の結果に任せることにした。



 自分でも卑怯な選択だと分かっている。

 だが、この差し出された二つの選択肢は、フレデリカが短い時間で考えるには重すぎる案件だった。




「恐ろしいよ。()()との約束を守って、守るためだけにその剣を奮ってきたというのに……たった一人の男の存在に揺らいでいる。――いやはや、見損なったよ。フレデリカ、きみの信念はそんなものなのか」



「ち、違う……! わたしは、そんな……でも……」


「所詮は借り物。メッキも剥がれてくるさ。きみは本物ではないのだから」


「……っ!」




 ヴィンセントの冷徹な言葉に、鳥籠のフレデリカが唇を噛む。

 今すぐに切り殺してやりたい。

 しかし、今手元には、彼女の武器である剣がない。



 だから、せめてもの抵抗に。




「……あまり、レオくんを舐めない方がいいよ」




 たとえそれが、蚊に刺された程度の脅しにしかならなくとも。




「彼は、あなたより強い」


「はッ――」




 その忠告(脅迫)に、白銀の騎士は鼻で笑い飛ばした。




「――俺の戦場に、敗北はありえない」




 【不敗神話ヴィクトリー】を冠す、全ての冒険者の頂点に立つ男。

 彼の背には幾千、幾万の屍が転がり、積み上げてきた。

 敗北は存在しない。

 生まれてからきょうまで、何事においても彼は、常に勝ち続けてきた。




「そう願って生まれたのだから、俺は負けんよ。重みが違う。四半世紀すら積み重ねていない子供ガキが、身の程を知れよ」




 迷宮内に轟く破砕音を心地よく聞きながら、ヴィンセントは待つ。

 迷宮奥底に眠る宝を守る番人のごとく、あるいは到達者を容赦無く葬る首魁しゅかいのごとく。







 

 迷宮内部に入り込んですぐのことだった。

 通路の奥底で、何かが光ったかと思った次の瞬間――身の毛がよだつほどのプレッシャーが襲った。





「まずいこれは――ッ!!」





 爛々と、燃え盛る極砲――ドラゴン・ブレスが通路を抉り満たしながら迫る。

 下手すれば、この一撃で全滅しかねない威力のそれ。

 非殺傷がルールだというのに、相手は殺す気でこれを放っている。

 否——




「素晴らしいお出迎えですね――ミリアンさん」




 この程度なら死なないという、絶対的な信頼。

 おそらく彼女からしてみれば、これは挨拶程度のものなのだろう。



 ゆえに、こちらも相応の挨拶を返さなくてはいけないのは自明の理。



 刹那に汲み上げられたイメージは、レオの十八番。

 このパーティの名を冠する、象徴とも言える炎――名を。





「――【爆ぜ螺旋する炎流(シュウィラーレ)】――」





 ドラゴン・ブレスを迎え撃つ、螺旋状の極炎。

 断続的に大爆発を誘発させながら、火炎がブレスと混ざり合う。

 ぶつかりあったその場から、一歩も退かずにせめぎ合う炎。

 通路が溶解し、地面が悲鳴をあげ、亀裂が走るなか――




「下に穴をあけるわ!」


「私も手伝いますよぉ!」




 三叉槍と戦斧が、亀裂の入った地面を穿つ。

 轟音をとどろかせて、下の階層への入り口を作り上げたエヴァとアマリリス。




「エヴァだけ残ってくれ」


「「「了解!」」」




 その一言だけで意図を察した三人は、即座に穴へ飛び込んでいく。瞬間、戦闘の余波が穴の奥底から這い上がってきた。




「下で待ち伏せ? 読まれてたってことかしら?」


「任せよう。予定どおり、ミリアンさんは任せるぞ」


「ええ。任せなさい」




 頷いたレオは、笑みを湛えた。




「あまり人に向けて使いたくはないが、敬意を評して――」




 せめぎ合う極炎。その均衡が、崩れ始める。

 勢いよく燃え盛る赤が、黒く――黒く、漆黒に染まっていく。




「喰らい尽くせ――【裏切りの獄炎(インフェルノ・ユダ)】――」




 爆ぜる炎。断続的に爆発を繰り返し、勢いを高めていく黒炎がとうとうドラゴン・ブレスを喰らい始める。

 拮抗していたはずのそれは、しかし黒炎の前では無力。

 



「――エヴァ」




 レオの呼びかけに、なんの躊躇いもなくエヴァが地を蹴った。

 黒炎が駆け抜けた道を疾走する三叉槍の少女。

 道を抜けたその先で、金色の長髪が揺れた。




「み~つけた! ちょっと付き合ってもらおうかしら、ミリアン!」


「――んもう、そう簡単に突破されるとは思わなかったんだけど~!」




 通路を抜けた先――黒炎が消失したその奥で、姿を見せた金髪の竜使いミリアンが、不満気に頬を膨らませた。

 その傍らで、十メートル近い巨体に成長したガウェインが、しなやかに尻尾を振り抜いた。




「ッ、んの――!!」




 びょう、と空を裂く尻尾。

 寸前までエヴァがいた地点を容赦なく抉り、激突した壁が粉砕した。 




「悪いけど、速攻で決めさせてもらうわ!!」


「こちらこそ悪いわねえ、足止めなんて考えてないんだから~。しっかり一人ずつ――」




 たたんだ日傘の切先をエヴァに向けて、ミリアンが声高らかに宣う。




「Sランクの矜持を魅せつけてから――ぁ、っ?」




 ガクッと、ミリアンの視点が反転した。

 気がつくと、固く血色の悪い地面が迫ってきていて――




「言ったでしょ? 速攻で決めるって――ねえ、レオ」


「ああ。誰も一対一で戦うなんて言ってませんよ、ミリアンさん」




 ミリアンの体を抱きとめたエヴァが、背後から歩いてきたレオに笑いかけた。

 そして使役者であるミリアンが気絶すれば、供給していた魔力が切れガウェインも幼体にもどる。




「キュルル~……」




 ボフッとちいさくなった黒竜を抱えたレオが、頭を撫でながらエヴァの方へ体を向けた。




「一週間、まるまる使ってものにした甲斐があったな」


「私が囮で、あんたが倒す。初見殺しもいいところだけど、その分効果も高いわ」




 事前に決めていた作戦がうまくハマり、喜ぶレオを尻目に、エヴァは持ち込んでいたロープでミリアンを縛りつけた。




「距離を殺す剣技、ね。ちょっと敵にまわしたくないわ」


「俺なんてまだまだだよ。フレデリカ様ならもっと上手く扱えるはずだ」


「二人もそんな剣技使う奴がいるなんて、考えられないわ。……それ、私も使えないかしら?」


「これが終わったら一緒に鍛錬しような」




 開始五分弱にして、Sランク冒険者【竜騎ミリアン】が戦闘不能。

 その場にガウェインとミリアンを残して、二人は下層へと走った。





「おもしろかった!」



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