005 太陽を浴びる魔術師
「久々の外だ。太陽だ。光だ……おもえば、ダンジョン内の植物はどうやって成長してるんだろうな。光合成する光もないのに」
一人がながく、すっかりと染みついてしまったひとりごとを口にしながら、ダンジョンへとつづいていた階段をのぼりきった。
そよ風が前髪を揺らした。土の匂いがする。ダンジョン内のとはまたべつの匂い。たったそれだけのことでうれしくなる。
「町の様子とか変わってないよな、さすがに。体感では十年も二十年もいた感じだけど」
ここまで、長かった。やっと納得できる最低ラインまで到達した。
苦戦せずにダンジョン内の魔物をたおすという目標を達成したレオだが、やはり強くなったという実感はあまり湧かなかった。
フレデリカなら、あのSランク冒険者ならば、あのダンジョンボスに奥の手を使うことはなかっただろう。なんなら、目があった瞬間には蹴りがついていたはず。
半ば神格化しているフレデリカ像を想像しながら、自分に言い聞かせるレオ。気がつけば、陽は傾いて夕方になっていた。
「町が見えてきた。なんか緊張するな、大丈夫か……?」
一応、冒険者だと示すタグを確認し、次に身なりを確かめる。
「拠点にしてた川辺でまいにち水浴びをしていたから、そこまで小汚くはないとおもうが……服は、ボロボロだな」
見るひとがみれば奴隷だとおもわれるかもしれない身なりだが、裸でいるよりはマシだろうと結論付けた。
「匂いに関してはもう諦めよう。自分じゃわからない」
覚悟を決めて、レオは町の門へと近づいていった。
「ようこそ『サナダの町』へ。冒険者か? それにしてはずいぶんボロボロだが……」
「冒険者です。ちょっと魔法の制御に失敗して、危うく火だるまになるところでした」
Cランクをあらわす青色のタグを見せて、あらかじめ考えておいた口実を話す。
「はっはっは、そうかそうか。死ななくてよかったな、少年。――さあ、入れ。お節介かもしれないが、まっすぐ行けば宿があるし、すぐ近くに仕立屋もある。その格好でうろついていたら注目を浴びるぞ」
「ありがとうございます。ちなみに、魔物の素材回収って、どこでやってます?」
「仕立屋の二軒隣にギルドの出張所がある。そこで回収してもらえるぞ」
「すみません、恩にきます」
「気にするな少年。これも仕事だからな」
なんとか誤魔化して町に入ることに成功したレオは、あまり変わっていない街並みをみて泣きそうになった。
スイマたち【ノイトラ】の面々と別れるまで、三週間ほどこの町に滞在していた。
ここを拠点に、ダンジョンに潜っていたのだ。
パーティランクがBへと昇格し、B+指定されている【アストロテムスの失楽園】に挑戦するために、王国からやってきた。
「懐かしいな……門番のおっさんが言っていたとおり、変化もないようだし。あそこの店の飯は美味いんだよな。安いし、よくみんなと…………ッ」
みんな。
思い出されるのは、非情な暴言を吐き捨ててレオを追放した、ノイトラのメンバーたち。
色鮮やかだった思い出の記憶が、黒く染まっていく。
胸あたりが締め付けられるように痛む。
許せることではない。
どれだけ時間が経とうとも、あの日の屈辱は消え去らない。
「あいつらがまだ、ここに滞在していれば……」
滞在していれば、どうする?
そんなこと、決まってる。
「俺を追放したことを後悔させてやる」
一軒しかない宿屋の居酒屋スペースを覗き見て、よく飯や装備を整えていた商店街をまわり、通りすがりの冒険者に訊いてみて、ノイトラが滞在していないかを探し回った。
「まあ……さすがにいないよな。無駄な時間だった……諦めよう」
すっかりと日が暮れてしまい、ギルド出張所のまえ。
とりあえずサナダの町にノイトラの面々がいないことがわかっただけ良しとして。
次にやらなくてはいけないことは、身なりを整えて宿をとることだった。
そのまえに金がいる。
ダンジョンを出る手前で金がないことに気がつき、急ごしらえではあるが魔物を狩って素材を剥ぎ取ってきた。
炎魔法を使うと金になる素材もろとも灰になってしまうので、なかなか苦労した。
「すみません、素材の回収ってここであってます?」
「はい。こちらで承ります」
ダンジョンの浅瀬で狩れる魔物の素材を麻袋から取り出す。
数分後、素材でパンパンに膨れ上がっていた麻袋が、今度は硬貨で膨れ上がっていた。
「こ、こんなにもらえるとは思わなかった……浅瀬の魔物でも、けっこう金になるんだな」
「あの、ちなみに冒険者ランクを訊いても……?」
「えと、Cランクですが」
「Cランク、ですか!? そんな、すごい……じゃなくて、ダメですよ!」
口許をおさえて興奮したかと思うと、次の瞬間には眉根をつり上げた受付嬢。
しまったと、レオは視線を明後日の方向へ投げた。
【アストロテムスの失楽園】は推定危険度B+で、ランクB未満の冒険者は立ち入りが禁止されている。
ただし、パーティランクがBであれば、Cランクがいようとも入れるという裏技があった。
ノイトラのパーティランクはB。ノイトラの恩恵で入っていたレオは、追放されたいま、ルールを破ったのと同義だった。
「そ、それに関してはちょっと事情がありまして……」
「――とはいったものの、まあ、生きて帰ってきたんですから今回は内緒にしておきますね。それよりもすごいですね、Cランクなのに推定AやBの魔物を狩れるなんて!」
「あ、ははは……?」
素早い手のひら返しに苦笑が止まらないレオ。
受付嬢は、興奮を隠すことなくまくし立てた。
「異変が起きてから、ダンジョンに来るひとが減っちゃったのんですよ。なので、久々のお客さんですし、ね? だれにもいっちゃダメですよ? お姉さんとのお約束だぞ?」
「異変、ですか?」
「無視……。ていうか、もしかしてそんなことも知らずに?」
「ちょっと……事情がありまして」
「笑って誤魔化せることじゃありませんよ? 知らないで入ったのならなおさらです!」
「そ、それで? いったい何が起きてたんですか、ダンジョンで」
なんとか誤魔化せないかと話を戻したレオ。
頬を膨らませた受付嬢が、仕方なしと言いた気に続きをくちにした。
「本来なら深層でしか見られない蜘蛛型の魔物が浅瀬に出現するようになったんです。それで浅瀬の魔物がほとんどいなくなってしまい、とうギルドではダンジョンの推定ランクをB+からA+にまで引き上げたんです」
「あー、どうりでオークが見つからないわけだ。もう食われちまったのか……あいつ、うまいもんな」
「いや、そこじゃなくてA+になったことを気にしてください! オーク肉はうまいですけど!」
ぷりぷりと怒る受付嬢を尻目に、レオは納得した様子で頷いた。
オークの肉は美味で、今晩の夕食にしようと探し回っていたのだ。まさか、蜘蛛に食べ尽くされていたとは思わなかったが。
代わりにうじゃうじゃいた蜘蛛は、とても美味しそうには見えず、焼き払うにとどめた。
「とりあえず、Cランクの冒険者さんが入れる狩場じゃないんですから、もう行っちゃダメですよ?」
「わかりました。親切にしてくれてありがとうございます」
「仕事ですので!!」
タプタプの麻袋を手に、ギルド出張所をでたレオは、次に仕立屋に向かうことにした。
「この分ならしばらくは宿にも困らないな。運がいい。少し高めの服買っても問題ないだろ」
そして、新調したローブと戦闘服、さらに着替えや下着を購入したレオは宿に向かい、湯浴みをした後、夕飯を食べることなくベッドのうえで眠りについた。
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