047 散歩する魔術師
「だぁかぁあらぁ、わたひぃはレオのそういぅところがぁ、しゅきぃなの~」
「酔っ払いすぎだろ……どんだけ飲んだんだ?」
「えと、これで十本目です……わたしはぁ、ちょっと飲みすぎかなぁって思ったんですけどぉ?」
「フランが次から次へと開けてた」
「そ、そんなことありませんよぉ? エヴァさん、自分の限界を越えたいって言ってましたし?」
「と……とりあえず、エヴァはもう寝ような。ちょっと寝かせてくる」
「あによぉ、酔っ払ってないんだかりゃぁ~? もうちょっとちゅきあいなさいよぉ」
ベロンベロンになったエヴァを抱き上げようとするレオに、金髪を振り乱して抵抗する。だが、生まれたての子猫のようなかわいらしい反逆だった。
「よーしよし、いい子だからもう寝ような?」
「兄さん。エヴァさんはヌゥさんが面倒見るそうですよ?」
「言ってない」
「わたし、兄さんにお話があるんです」
「話? ここじゃ言えないのか?」
「はい、とても大事な話なので。ということで、ヌゥさん。あの邪魔者を連れていってください」
フランが気持ちのいい笑顔をヌゥに向けた。メイド服の褐色少女も、不器用ながらに笑顔を作って、
「やだ」
「え」
フランのお願いを断った。
「フラン、ヌゥに借りがある」
「そ、そんなのありましたっけ?」
「エヴァが猫目に負けた時。ヌゥはおぼえてる」
「うぐっ……そ、それがどうかしましたか?」
「ここで、返す」
「ど、どうやってですか?」
「エヴァの面倒を見る。ヌゥは、レオとお散歩に行ってくるから」
「うぎぎぎ……うぅ、せっかくエヴァさん潰したのに……ぅぅ、お散歩から帰ってきたら、付き合ってくださいね、兄さん!」
「んー、えっと、俺の意思ってどこにあるんだろうか?」
「それは兄さんが一番言ってはいけない言葉です」
*
「それで……俺に何か、話したいことでもあるのか?」
フラン宅を抜けて、歩き始めること十分。
住宅街を歩く。
遠くに光る街の雰囲気を感じながら、レオは隣を歩く少女に問うた。
「ん。そんなにない。ただ、一緒にいたかっただけ」
「そ、そうか……」
「レオ」
「なんだ?」
「エヴァとはもうやったの?」
「や―――ッ!? な、何をだ?! なんの話だ!?」
「フランとは? どこまでしたの?」
「い、いや、何もしてないぞ……フランとは」
「ふぅん。フレデリカとは何もしてない」
「なんでそこだけは確信もって言えるんだよ」
「ふふん。……それで、レオはヌゥを抱かなくていいの?」
「ん? ああ、そうだな、そのうち――――は?」
口角を引き攣らせたレオが、ヌゥをみやった。
「このままヌゥだけ、除け者にする?」
「い、いや……えと、そんなことは……」
「ヌゥのことは、好きじゃない?」
「いや、好きとか、嫌いとかそういうのじゃ……」
「でも、意識はしてる?」
「……そりゃあ、かわいいし……エロいよな」
いちばん幼児体型だというのに、まとう色香はダントツだった。
レオに与える一つひとつの仕草が妙に艶かしく、不思議と意識を持ってかれてしまうことは度々ある。
「手は出せない? ヌゥはいいよ。好きとか、なくても」
「そんなこと、できるわけないだろ」
「ヌゥは、レオの都合のいい女。そういう認識で構わない」
「いや、おま、それはないぞ……そういうの、やめてくれ」
「じゃあ、どうすればヌゥのこと、好きになる?」
「………好感度って、理屈じゃない気がするんだよ」
「?」
人を好きになる条件、というのは千差万別だ。
長く一緒にいれば好きになる人だっているし、何かをきっかけで好きになることもある。
だが、それを認識している人間は、いくらいるのだろうか?
レオ自身、考えてみてもどれがスイッチだったのかはわからない。
気がつくと好きになっていた。
だから、ヌゥのどうすれば好きになるの、という問いには、うまく説明できない。
「逆に、ヌゥは俺のことが好きなのか?」
「ん。好き」
「俺からしたら、そうとは思えないんだよ」
「……どういうこと?」
「ヌゥは俺のこと好きじゃない。その好きは、違う好きだ。友達が好きとか、ペットが好きとか、多分、そういう感じの」
そう、だからレオは頑なに手は出さないし、一線を踏み込ませない。
「相思相愛じゃないと、嫌なんだよ。無理やりとかそういうのはあまり好きじゃない。……まあ、俺の片想いだったなら、全力で仕留めにいくんだが」
「……つまり、レオを惚れさせればいい?」
「つまり、の意味がちょっとわからんが……」
「レオが抱きたくなるようにがんばる」
「いや、なんか動機が不純――ッ、ちょぁ!?」
足を引っ掛けられたレオ。さらにヌゥの手も加えられ、体が一回転。
地面に倒れたレオは、咄嗟に前受け身をとって、気がついた。
鼻とはながふれあう距離に、ヌゥがいた。
どうやら、ヌゥを巻き込んでの回転だったらしい。
「ん、ぁ。レオ、やめて……」
「え!? あ、す、すまんヌゥ!?」
押し倒したヌゥの胸元に手を置いていたレオ。しおらしいヌゥの反応に、レオの鼓動が跳ねた。
「い、今どくからちょっと待ってく――」
「――な、何をしているんだおまえッ!!」
「――れ、なんだ?!」
遠くから声が聞こえてきたかと思うと、
「この強姦魔めッ!! バラバラにして衛兵に突き出してやるッ!!」
「――っ」
横薙ぎに振われた剣。ヌゥから引き剥がされるようにして、レオは後方へ跳び退いた。
しかし、追い討ちをかけるようにして、蒼白の剣が軌跡をなぞる。
素人ではないな――そう分析しながらも、その一閃を躱した。瞬間、軌道が跳ね上がり、レオの首筋目掛けて刃が疾る。
「――そこまで……だ」
「……ローラン、なぜ止める?」
ジャラリ、と暗闇の奥から飛び出してきた鎖が、男の剣に絡み付いて動きを止めた。
よく聞き慣れた声と共に、姿を現したのは、Sランク冒険者のローランだった。
相変わらずの陰鬱そうな表情に、自信の伺えない瞳。金髪の美青年だ。
「冷静に……なれ……死ぬぞ……」
「ああ。正直、俺はこいつを殺す気で剣を振るった。一撃目を躱したんだ、相当の手練れだぞ」
「違う……その人が死ぬんじゃ……ない」
「あぁ? ローラン、それはどういうことだ?」
「すまない……レオくん……収めてはくれないか……?」
「レオ……? まさか、こいつがか?」
ローランに頼まれたレオは、魔力を霧散させた。
一瞬でもローランが止めなければ、今頃この男は、地面をのたうち回りながら全身を炎に包まれていたことだろう。
「ローラン、ならなおさら止めてはいけない。こいつは、身の程知らずにもほどがある。フレデリカの勧誘を断るどころか、引く抜こうと画策しているような輩だ。しかもそこの、使用人を襲う始末。救いようのないクズだ。
冒険者にこのような輩がいるとはな……随分と質が落ちたものだ」
「ヴィンセント……彼女は、彼の仲間だ……」
「仲間? なるほど、仲間なら道端に押し倒してあらぬ行為を強要してもいいと?」
「違うんだ……彼女は……そういうのが好きな……タイプで……」
「ローラン、そいつを庇うのはやめろ。おまえのSという箔にも傷がついてしまう」
「……レオくん……」
すまない、と。俺では力不足だと、ローランが申し訳なさそうにレオへ視線を送った。
苦笑いを浮かべて頷いたレオは、ヴィンセントに挑発的な笑みを浮かべていった。
「もしかして、噂のヴィンセント・クゥエルナイさんですか?」
「そうだ。俺こそが、SSランク冒険者のヴィンセント・クゥエルナイだ」
「そうでうすか、あなたが。ならお話は聞いていますね? フレデリカ様は、俺がもらっていきます」
「聞いてはいるが、許可したおぼえはない。貴様のような男のクズに、俺の大事な仲間を引き抜かれてたまるか。死んでも渡さん」
顔を近づけて睨めつけるヴィンセントに、レオも負けじと瞳を捉える。
「ローランさん。どうすればフレデリカ様をもらえるんですか?」
「……一週間後。五対五のパーティ対抗戦を……開く」
「なるほど。それの景品が、フレデリカ様ってわけですね」
「自信満々だな。いくら魔道武闘会を優勝したとはいえ、一人では勝負に立つことすら許されんぞ」
「五対五……これは……ギルドの正式な決闘スタイル……だから……人数が揃わないと……ダメなんだ……」
「なるほど」
それは、少し厄介だ。
レオの仲間で戦えるのは、エヴァとヌゥのみ。合わせて三人だ。あと二人いなければ、その対抗戦とやらに参加できない。
「いっておくが、魔道武闘会を優勝したという、おまえのアドバンテージはないに等しい。そんな程度で鼻高になっているようだが、教えておこうか。――俺は、成人となる年に魔道武闘会を優勝している」
「……」
していても、おかしくはないだろう。
先の攻防から、彼から発する風格や技巧その全てのレベルが高かった。
魔道武闘会で戦った誰よりも、強い。
だからこそ、レオは興奮がおさまらなかった。
「貴様だけだとは思うなよ。あれは通過儀礼にすぎん。ようやく貴様はこちら側に立ったという、ただそれだけだ。気を抜いているとすぐに喰われるぞ」
「忠告ですか? それとも」
「――貴様と話すことなど何もない。ルールはおって説明させよう。その日までに、精々仲間を集めるんだな」
「明日……フレデリカが……そちらに行くから……ギルドの前で……待ち合わせだ……」
「わかりました。ローランさん、ありがとうございます。庇ってくれて」
「いや……俺は……なにも」
「――行くぞ、ローラン。いつまで話している」
「……じゃあ……レオくん……ヌゥさんも」
二人の冒険者の後ろ姿を見送って、レオは拳を握りしめた。
「あれがSSランク……たのしみだな……」
「その前に、仲間集め」
早速二人はフラン宅へ戻り、どうするかを検討することにした。
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