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042 追いかける魔術師

 フレデリカとの約束を蹴ったレオは、公国を出て三十分ほど、走り続けた。

 エヴァの姿は一向に見えない。

 あの金色の少女が、いない。




「本当に、迷宮に向かったのか……?」




 公国周辺には三つの迷宮がある。

 うち二つは初心者御用達の迷宮で、エヴァが行くとは思えない。

 残りの一つである【古代遺跡フレイヤ】は、今走っている方向とは真逆。公国の南へ向かわなければ辿り着かない。




「フレイヤの線はない。だからって低等級の迷宮に行くとは思えないし」




 雑魚を殺して爽快感を求めるようなヤツではない。

 それは、レオが一番知っている。

 



「なら、どこに…………湖?」




 視界の向こうで、湖が見えた。

 木々に囲まれた、公国すら飲み込んでしまうほどに大きな、湖畔。




「もしかしたら、あそこかもしれないな」




 確か、エヴァは綺麗な景色や野鳥を眺めるのが趣味だと、言っていた気がする。

 だとしたら、そこの湖畔は絶景だろう。




「………」




 焦燥感に駆られながら、レオは走る速度をあげた。




 太陽に照らされた水面が爛々と輝いている。

 風ひとつない湖畔。

 みずみずしい空気の中に、彼女はいた。




「……エヴァ」


「……っ」




 足を抱えて、ぼうっと湖を眺めていたエヴァに声をかける。

 エヴァは、びくりと体を震わせて、首だけ振り返らせた。




「こんなところに、いたんだな。心配したぞ」


「………」


「隣、いいか?」




 何をいうでもなく、ただレオの瞳を下から覗き込んだエヴァの瞳は、暗い紫色だった。




「腹、減ってないか? って言っても、何も持ってきてないんだが」


「……別に」


「そうか。そういえばちょっと前に約束したよな。おぼえてるか? フランを助けに行く途中で、綺麗な景色をみさせてくれるってヤツ」


「……」


「行こうか。今から、二人だけで」


「——え?」




 隣を見遣ったエヴァが、小さく声を漏らした。




「あいつらになんて言われるかわからないけど、大丈夫だろ。王国にいるだろうし、そのうち戻ればいい。ミリアンさんが連れてってくれるようだしな、心配はない」



「あんた、なに言って……」



「俺さ、結構世間知らずなんだよ。ずっとメラク周辺で冒険者やってたし、俺が追放された迷宮【アストロテムスの失楽園】は、初めての遠出だったんだ。だから、いろいろな国と、いろいろな景色をみて歩きたいんだ」




 湖畔を眺めながら、言葉を並べるレオに、エヴァが急に立ち上がった。




「それ、本気で言ってるの?」


「本気だぞ。俺は、エヴァと一緒に世界を見てまわりたい」



「あの女は、どうするのよ!? 付き合ったんでしょ!? それにフランは!? ずっとそばにいて守るって、いってたじゃない! そんなの無責任よ!」



「そうかもな。そうなのかもしれない。けど」




 レオも立ち上がり、エヴァの目をみて、はっきりと告げた。




「俺は、エヴァと一緒にいたい。ずっと一緒にいたいんだ」


「——っ!?」




 驚愕したエヴァが、目元に涙を浮かべて——刹那、背を向けて走り出した。




「え、エヴァ!?」


「うるさいっ! こっち来んな!!」




 追いかけるレオ。湖畔をぐるっと回るように、エヴァが逃げ続ける。




「エヴァ、まだ話は終わってないっ!!」


「終わったわよ、あんたと話すことなんて何もない!!」


「俺はあるんだよ!!」




 ようやく追いついたレオが、エヴァの肩を掴んだ。

 

 

 無理やり振り向かせたレオの顔面に、拳が飛んでくる。




「っ!?」


「触るんじゃないわよこのっ——!!」




 三叉槍の鋭利な突きが、レオの腹部目掛けて放たれた。

 しかし、左に重心を移したレオがエヴァに肉薄する。

 だが、読んでいたかのように三叉槍を薙ぎ払う。



 後退したレオへ、踏み込んだエヴァの突き。

 殺意の織り交ぜられたその一撃は、レオのいた場所を抉りながら突き抜けていく。




「今……殺す気だっただろ?」


「そんなんじゃ死なないでしょ、あんた」




 三叉槍を構えたエヴァ。睨めつけるようにレオを射抜き、飛び掛からんとするその風格は猛禽類のように獰猛だった。




「こうして、あんたとやりあうのは初めてよね」


「……ああ。そうだな」


「約束、してくれる? あんたに勝ったら、もう二度と、私に関わらないでって」


「なら、おまえも約束してくれ。俺が勝ったら、エヴァは俺のものだ」


「……好きにしなさいよ。言っとくけど、負ける気はないから。あんたを殺してでも——勝たせてもらうわッ!!」




 流れる動作で、しかし突風のようにはやく凄まじい刺突が四つ。

 ピエルパオロの剣速に迫る勢いの突きを、レオは掠りもせず躱してくぐり抜け、




「終わりか、エヴァ?」


「っ、しねッ!!」




 首元に手刀を寸止めして笑うレオに、激怒したエヴァが噛み付くように三叉槍をふるった。




「あんたからヌゥの匂いが染み付いてる——手、出したんでしょ?」


「ち、ちがっ——」




 動揺したレオの腹部に、エヴァの蹴りが突き刺さった。

 



「気持ち悪いのよ。フレデリカ様フレデリカ様いってるくせに、違う女に次から次へと色目使いやがって——終いには、離れていきそうになったら手のひら返し? 舐めてるわね、あんた。筋金入りの根性なしよ」



「違う、ヌゥに関しては……否定させてもらおうか」


「説得力ないのよ! 誰か一人も選べないくせに!!」


「俺は——選ばない!!」




 三叉槍の一撃を真上へ弾き、体勢を崩したエヴァの懐に潜り込む。




「一人なんて無理だ、惚れちまったんだから仕方がないだろ。俺が全員幸せにしてやるから信じてみろよ!!」



「こ、の欲情魔ッ!! あんたなんかに幸せにできるほど安い女じゃないのよ!!」




 三叉槍を手放したエヴァが、レオへ蹴りを放つ。

 蹴りと蹴りが交差して、続く拳の応酬も相殺していく。




「してみせる!! するって決めたんだよ、誓ったんだ! そのための覚悟はできた!! 俺は絶対に、おまえらを幸せにするって決めたんだよ舐めんなッ!!」



「舐めてるのはあんたでしょ、優柔不断が開き直ってんじゃないわよ!! 考えるのから逃げたあんたに、そんな器はないッ!!」



「ふ——ざけんなっ!! めちゃくちゃ悩んだんだよ考えたんだ!! その結論がこれなんだよ、この脳筋がっ! 俺は認めない、何かを捨てて、悲しませてまで一つに絞らなくちゃいけないなんてそんなの——ッ!!」



「だ、から——ッ!! その覚悟をしなさいって言ってんのよ、全て手に入れるなんて無理よ中途半端で終わるだけ!! なら大事なもの捨てて強くなりなさいよ残ったものを三人分愛してやんなさいよ!!」



「俺はッ!! 全員を幸せにするって決めたんだ! 俺の全てを捧げるって決めたんだ!! 残らず俺がおまえらをまとめて幸せにしてやっから折れろよ!!」



「この————」


「————わからずやが!!」




 エヴァの右大砲(ストレート)がレオの頬を穿ち——しかし、レオは止まることなく。

 エヴァの体を抱き寄せて、その唇に口付けた。




「んぅッ————!?」




 暴れ出すエヴァの体を強く抱きしめて、唇から口を離さない。

 柔らかな唇の感触から、血の味が滲む。

 一発、いいのをもらった証拠だった。

 



「んぅ、っ、はぁ……っ」




 空気を求めてエヴァがあえぐ。

 一度唇から離れると、紫色の綺麗な瞳をキッと細めて、レオをねめつけた。




「この——んぅ!?」




 再び、黙らせる。

 強く暴れるたびに、殴られるたびにエヴァの体を抱きしめた。



 そのうち、エヴァは抵抗しなくなり。

 脱力させたエヴァの瞳から、雫が落ちてきた。




「好きだ、エヴァ。もう二度と、おまえを悲しませないし泣かせない」


「……無理よ。私、嫉妬深いから」


「それでも、だ。退屈な思いは絶対にさせない」


「……ばか。本当に、ばか。誰も賛成してくれないわよ、誰も祝福してくれない……」


「百人間違いだっていうのなら、百人全員黙らせてやる。俺が正しかったんだって、証明してやる」


「どうやってよ……」


「みんなの笑顔で、だ。俺が笑わせてやる。ずっと、死ぬまで」


「…………筋金入りのばか。でも、…………信じてるから。不幸にしたら、許さない」


「ああ」




 レオが笑うと、エヴァもぎこちなく笑った。

 



「帰ろう。お腹、減ってないか?」


「ちょっとだけ。奢ってよ、なんか美味しいの」


「ああ、任せとけ」




 手を繋いで、二人は公国へと続く道を歩いた。



 それから一時間後。

 フレデリカとの約束を思い出したレオが、冷汗を流しながら、歩く速度を早めたのだった。





「おもしろかった!」



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