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041 弁解する魔術師

「——頼む。信じてくれ、俺は何もしていない」


「信じられるとでも、兄さん?」


「ほ、本当だ。何もしていない……死守したんだ……俺は……ッ」




 フランのジト目を受けながら、レオは必死に弁解していた。

 件の重要人であるヌゥは、レオの隣で朝食のパンを頬張っている。




「見てくれ、この目を。朝日がのぼるまで死に物狂いで戦ってたんだ。このクマこそが証拠だ」


()()()()()()だったのでしょう? 朝まで猿のようにまぐわっていたのでは?」


「そういうことは一切していない! 守ったんだ! 守ったんだよ、俺は……!」


「ふぅん……?」


「信じてくれ……フラン!」




 レオの必死の弁解も、フランはジト目で相殺した。




「フレデリカさんとお付き合いされているというのに……。あの人が聞いたら、どんな反応をするのでしょうか」


「……っ」


「その件についてもわたし、認めてませんけど」


「そ、それについては話し合おう。今夜にでも」


「あー、そうでした。これから噴水で待ち合わせてデートですもんね。それは大事です、とても。わたしとのお話よりも、ずっと」


「……」




 どうしよう、とレオはエヴァに助けを求めて——そこで気がついた。

 いつも、隣にいたはずの彼女がいない。




「……そういえば、エヴァはどこだ? まだ寝ているのか?」


「確かに。珍しい」


「話を逸らさないでください……と言いたいところですが、確かに珍しいですね。寝坊したんでしょうか?」


「朝はみんな一緒で食べる」




 そう約束した覚えはないけれど、出会ってからの数日間はずっとそうしていた。

 どこか体調が悪いのだろうか。

 レオが席を立つよりも早く、フランが席をたった。




「わたしが起こしてきますね」


「あ、ああ。頼む」


「別に兄さんのためじゃありませんけど」


「ご……ごめん」


「フランに何したの?」


「おまえのせいだよ……!」


「?」




 とぼけて見せたヌゥに若干怒りが込み上げてきたレオ。

 真っ白の長い髪に、褐色の肌。

 ヌゥの整った目鼻を見やって、忘れようとしていた記憶の数々が甦る。




「どうして顔そらす?」


「いや……ちょっと」


「何か思い出した?」


「お、思い出してないっ!」


「照れてる?」


「照れてないっ!」




 身を乗り出してレオの顔を追い回すヌゥ。

 みょうに意識してしまい、顔がだんだんと赤くなってくる。

 そんなこんなをしているうちに、フランが戻ってきた。




「——何やってるんですか、兄さん」


「あ、ふ、フラン……! 違うんだ、俺は何も……!」


「別にどうでもいいですけど。それよりも、エヴァさん、部屋にいないみたいなんです」


「出かけた?」


「はい、もしかしたら」


「そうか……ご飯も食べずにか?」


「さあ……? ところで、兄さん。時間はよろしいのですか?」


「あ……っ」




 時計を確認したレオ。長い針がちょうど八を指している。

 そろそろ向かわなければ、フレデリカが来てしまうかもしれない。

 



「時間を指定せず待ち合わせなんて、ドラマチックですね」


「皮肉?」


「そんなことありませんよ? ——わたし、ヌゥさんともお話があるので、ちょっと付き合ってもらえませんか?」


「……ん?」


「じゃ、じゃあ俺、もう行くから……」


「ええ。いってらっしゃい兄さん。楽しんでくださいね」


「はい……」




 感情のカケラも込められていないフランの、さめた声音を背に、レオは宿屋をでた。



 待ち合わせ場所である噴水へと歩く中、レオは聞き慣れない単語をいくつか耳にした。




「おい見ろよ、あの方が【燃える黒(ザ・シュヴァルツ)】だぞ」


「マジかよ、武闘会優勝者がこんなところに……!」


「あ、あく、あく、握手してもらえるかな!?」




 すれ違う人のほとんどが、レオを見て【燃える黒(ザ・シュヴァルツ)】と指をさし、囁く。

 頬をかいたレオが、俯きながらぽつりとこぼした。




「優勝者ってことは俺だよな……なんだ、その【燃える黒(ザ・シュヴァルツ)】ってのは……かっこいい」




 もしかしたらレオではない可能性も……と考えるが、すぐに否定した。

 なぜなら全員が、レオを見ているのだから。

 視線でわかる。

 街を歩くレオを、羨望や憧憬、畏怖の眼差しで見つめている。



 中には敵意や好奇心、闘気なども感じれるが、遠巻きに注目しているだけのようだ。

 街をただ歩いているだけでこの注目度。

 今まで感じたことのない経験に、にやけが止まらない。




「——おや? 【燃える黒(ザ・シュヴァルツ)】じゃないか。こんなところでどうしたの?」


「ピエルパオロ……おまえこそどうしてここに? ていうか、やっぱり俺だったのか……」




 いつもの純白の軍服ではなく、アロハシャツに短パンといった風貌のピエルパオロが、片手にアイスを、もう片方に綿菓子を手にして歩いていた。




「いやあ、ちょっと観光だよ。夕方には帝国に帰らないといけないからさ」


「なるほど。だから、朝から遊んでいるわけか」


「観光だよ、観光。よかったらレオもどう? 一緒に見てまわろうよ」


「すまないが、これから用事なんだ」


「用事? ——ああ、なるほど。エヴァちゃんだね?」


「?」


「あれ、違うの? エヴァちゃん、さっき一人で歩いていたから。これから待ち合わせるのかなーって」


「……ちなみに、どこに向かったかわかるか?」


「うーん、あっち」




 ピエルパオロがアイスで指した場所は、公国の北門方向だった。




「三叉槍と荷物も持ってたし、迷宮デートかなって。違うの?」


「いや、誰がそんなデート楽しめるんだよ」


「ははは、きみにはお似合いのスポットだろ? 今度、僕ともデートしてよ。もちろん迷宮で」


「……考えとく」


「よろしく。じゃ、またね」


「ああ」




 ピエルパオロと別れ、レオも止まっていた歩を動かした。

 



「どこにいったんだ、エヴァ……」




 胸が重く苦しい。

 たぶん、顔も変に歪んでいる。手で触れてみて、そう感じた。




「……ダメだな。これじゃ、フレデリカ様に勘繰られてしまう」




 あともう少し進めば、噴水につく。

 フレデリカは、もう待っているだろうか?

 それとも、早くきすぎただろうか?

 いや、午後から来る可能性ももしかしたらあるだろう。




「あいつ……朝食ぐらい、たべていけよな……」




 フレデリカの笑顔が、霞んだ。

 噴水はもう、すぐそこだ。

 勢いよく噴き出す水が、もう見えている。




「……エヴァ……っ」




 不安だ。

 あの姿を、顔を、声を、朝からずっと、視界の隅で探してしまう。



 

「こんなんじゃ、いけないな。俺はこれから、デートをするんだから」




 生まれて初めての、女の子とのデートだ。

 正直、きょうは何が起こるか予測できない。

 なにせ、あの憧れの女性と遊びに行くのだから。

 きっと、いろいろなことを話すだろう。

 みたことのない笑顔と、表情に出会うはず。

 それが、どうしようもなく楽しくて。

 楽しみで。




「……行くか」




 彼女の笑顔を、知らなかったことを。

 探しに。


 







「………うーん。レオくん、来ないなあ」




 噴水前。

 デートの待ち合わせ場所として定番のスポットで、薄桃色の少女はひとり、気合の入った格好で彼を待ち続けていた。




「もう三時間も待ってるのに……早く来すぎたかな?」




 七時から噴水前で待ち続けていた彼女——フレデリカは、ソワソワとしながら周囲を見渡した。




「うぅ……緊張がおさまらないよーう……ど、どうしよう……急に宿に連れてかれちゃったりしたら……っ」




 ソワソワ、ソワソワ。

 二十一歳フレデリカ。

 人生初デート。

 初めてできた恋人の姿を探して——それからフレデリカは、()()()そこで待ち続けた。





「おもしろかった!」



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