004 修行した魔術師
「『魔法とはイメージの鮮明さによって造形を変える。ならば、ひたすらイメージしろ』……だれかに言われた教えだが、なかなかどうして的を射た言葉じゃないか」
Sランク冒険者【舞遊ぶフレデリカ】との邂逅を得てから、数ヶ月が経った。
それからというものの、レオは【アストロテムスの失楽園】に籠っていた。
すべては強くなるために。
彼女と肩をならべられるように。
その一心だけで、魔物蠢くダンジョンに数ヶ月ものあいだ籠って修行をしていたのだ。
「黒炎も自在に操れるようになった。どういうわけか、火力が高すぎて容易には使えないが……格上相手の切り札になる。出力十%でこれだからな……使いどころを考えないと危険だ」
視線を移したさきに広がる焼け野原。
そこには、幾多もの魔物が存在した痕跡があった。
【アストロテムスの失楽園】第五階層。
Aランク冒険者以上の者しか立ち入ることを許されていない深層にて、レオは最終調整を行っていた。
「Bランクはいわずもがな、Aランクでさえ一撃。まだ魔力も余力がある。このまま——行くか」
片手に握った果実に歯を突き立てながら、深層奥へと進んでいく。
数ヶ月もの間、死に物狂いで戦い、著しい成長を遂げたレオ。
しかし、強くなったという実感がまるで湧かなかった。
フレデリカさんならやれる。
フレデリカさんなら十秒もかからない。
フレデリカ様なら苦戦しない。
フレデリカ様なら負けない。
フレデリカ様なら生きている。
フレデリカ様なら——
すべての基準をフレデリカに設定していたレオは、オークを一撃で倒したところで感動すら覚えなかった。
「ダンジョンボスを倒せたなら、フレデリカ様に一歩近づいたと……確信できる」
高い木々から降り注ぐ蜘蛛。同時に射出された粘着性に富む糸が、レオに絡みつくまえに全て焼け落ちた。
「雑魚をいくら倒したところで……」
目もくれず、レオの間合に入ったすべての蜘蛛が発火する。黒炎ではない、鮮やかな炎が人間大の蜘蛛を包みこむ。
赤紫色の背甲をもつこれらの大型蜘蛛は、『ブラッディ・スパイダー』と呼ばれる、Aランク相当の魔物だった。
獰猛かつ強い神経毒を鋏角に宿し、さらに集団行動を好む。
Aランク相当のパーティですら、その集団に囲まれれば安易に抜け出せない魔物だが、今のレオにとって路傍の石に過ぎなかった。
「黒炎を使うまでもない」
次々と襲いかかってくるブラッディ・スパイダー。しかし、群れの半数が灰となり、怯えをみせた魔物は逃げるように消えていった。
ついで、レオの行手を阻むのは、巨大な足長蜘蛛。
背の高い樹木に混じって隠れ、獲物を待ちつづけていた『シュッツァー・シュピーネ』。
冒険者ギルド指定ランクはA +。
三トン以上もあるその巨大な脚を、悠然と歩くレオへ向かい振り下ろす。が、
「ッ――!?」
一瞬にして、脚の先端から燃え落ちていく。
走る炎がシュッツァー・シュピーネを瞬く間に覆っていき、巨体がくずれ落ちた。
凄まじい振動が大地をつたい、木々が薙ぎ倒されていく。
シュッツァー・シュピーネの燃える体から火の手がまわり、迷宮が瞬く間に火事となった。
「……流石にこれはまずい。もしかしたら、ひとがいるかもしれない」
親指を鳴らしたレオ。
新たに炎が顕現し、炎を喰らって鎮火させていく。
五分もかからず火の手は消滅し、なんとか迷宮内全土を燃やし尽くすことだけは避けられた。
「さて、そろそろ奥地だが……」
止まっていた歩を進めたレオが、ぽつりと呟く。
未だかつて、ソロでこの場に辿り着いた者はいない。
そうとも知らず足を踏み込んだレオは、空気が変わったことを肌で感じていた。
「……ダンジョンボスか」
迷宮内に充満する数多もの魔力を吸い込んで、突然変異した魔物。
それが生まれれば、迷宮内の生態系を瞬く間に変えてしまう力を持っている。
そして今回変異したのは、予想していたとおり蜘蛛型の魔物のようだった。
「しゅる、しゅるるる……ニンゲン、こわいニンゲン」
しかし、予想外なことに。
今期のダンジョンボスは……あまりにも奇天烈だった。
「こんな魔物……初めてみたぞ。ありえるのか、これは……」
「しゅる?」
巨大な蜘蛛だ。オークの身長と同じくらいの背丈に、幅広い体格。八個の単眼。鎌のような八足。
ブラッディ・スパイダーとおなじ禍々しい赤紫色の体色だが、何より異質なのは……。
「上だけみりゃ、人間となんら変わらねーぞ……っ!」
「なんのハナシ、してる?」
蜘蛛の背甲ににょきっと生えている女性の裸体。
背甲にひろがる赤紫色の髪。同色の、幼気な双眸がレオを見つめている。
「おまけに会話も可能かよ。胸糞悪い魔物だな、引き返すか……? しかし」
「アソぼう、ニンゲン。ぐるぐるにしてガリッて、アタマからたべるとニンゲンはヨロコぶンだ」
「……おまえ」
「タノシイこと、しよ?」
首をかたむけて、手をこちらに伸ばす女。
なんて言った?
頭から食べる?
喜ぶだと?
「燃やすぞ、おまえ」
爆炎がレオの黒髪を揺らし、火球が魔物へと向かって放たれた。
あれは、魔物だ。
人間を喰らい、それを悦ぶ悪魔だ。
これ以上、あれの被害が広がるまえに、ここで焼き殺す。
「アツそう。ニガテ、こわいー。オコッてる?」
「魔物と会話する気はない」
「ふぅン?」
次々と放たれる火球は、しかし巨体とはおもえない速度で駆ける蜘蛛を捕らえられない。
地面を滑空するように八つの脚を器用にはじかせて、火炎を掻い潜る。
だが、
「そこは俺の間合だ」
半径一〇メートル——レオの領域に踏み込んだ刹那、八つの脚が着火した。
「——だかラ?」
しかし、炎をもろともせず突き進んでくる蜘蛛女。
苦手だと言っていたわりに、耐性はそれなりにあるようで、燃えひろがる素振りも足が灰になる気配もない。
それならば結構だと、レオは指を鳴らした。
「――甘く見るなよ俺を」
「――っ!?」
スイッチを押したかのように、蜘蛛女の真横が爆ぜた。
威力は大きくない。人間なら手足のどちらかが吹っ飛ぶ程度。
しかし、それが前後左右、全方位から責められれば――?
「うぐぅぅぅッ!!?」
右から左へ吹き飛び、爆発。弾かれるように右へ。
さらに頭上も爆発し、足元も爆発し、狭い空間内で縦横無尽に、弾かれつづける蜘蛛女。
次第に手足が欠け、臓物が撒かれ、女の悲鳴が絶え間なく結界内にあふれる。
「おまえのためにこしらえた結界だ。存分に味わえよ――【火虐の磔刑】を」
「しゅ、ぎぃぃぃぃぃィィィッ!!」
やがて蜘蛛と連結していた女の胴体部分にきれつが入り、そこへ狙いをさだめたレオが先鋭化した火球を槍のように投擲した。
縦横無尽に飛び跳ねる蜘蛛の、亀裂部分をピンポイントで穿つ炎槍。刹那、内部から鮮やかな炎が噴出し、女体をのみ込んだ。
「ぁぁぁぁぁぁっ!!」
「燃え尽きろ。灰すら残らぬほどに——【裏切りの獄炎】」
「ぃぃぃぃぃぃぁぁ――」
真紅の炎が黒く濁っていき——極黒へと姿を変えた。
段違いの火力によって女体が跡形もなく消え去り、胴体部もまた黒に呑まれた。
「……まだまだ鍛錬不足だな、俺も」
できれば黒炎——【裏切りの獄炎】を使うことなく打倒したかったが、焼却するには硬すぎる相手だった。
まだ足りない。まだ強くなれる。
そう言い聞かせて、レオは燃える黒から踵を返した。
「ダンジョン《ここ》を出るか。いつまでもおなじ場所に留まっていては、成長できないし。……フレデリカ様には遠く及ばないな」
瞼のうらで笑顔を振りまく燦爛としたフレデリカ神を想像しながら、数ヶ月ぶりに外を目指し歩き始めた。
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