036 決着をつける魔術師
『――え? いない? はぁ?! 決勝で行方不明!?』
ベティ・カルロフの怒声にも似た叫びが会場全体に響き渡った。
ざわつく会場。
熱気の込められた観客席に、どよめきが走る。
『んでだよ、あいつがこのまま逃げるわけねえだろッ!!?』
「いや、そんなこと言われても……」
審判のお姉さんが、困惑しながらも、確かにと頷いた。
試合をずっと間近で見ていたのだ。
あの魔術師が、このまま仕合を放棄するはずがない。
「どうしたんでしょう? レオさんは……」
それは、聖女アンジェリーナも同様であった。
深く彼のことは知らない。
だが、この武闘会にかける熱量は相当なものだったはず。
「何をしておるんだ、あの魔術師は。まさか、この決勝において逃げ出したと?」
「しかし、何に臆したと? あのような圧倒的な力をもってして……」
「いや……あの力をもってしても、恐る相手なのだろう……あのスイマという冒険者は」
「まさか……しかし、あのバッジーニを無傷のまま下したとなると、やはり……」
各国の重鎮がスイマを見遣る。
件の彼は、目を閉じたまま、ジッと微動だにしない。
「……ふン」
その真意は、誰にもわからない。
ただ――時間だけが過ぎていき。
観客たちから次々と、苦情や罵詈雑言が放たれる。
「どうするの、ベティ。このまま何も進展しないと、変に熱の入った民衆が何をするかわからないわ。各国の目もあるし、このままだと公国が……」
「わぁってるよ。だからって不戦勝で優勝ってのも味気ねえだろ。……チッ、のやろう、ぜってえ許さねえぞ……公国に泥塗りやがって」
「ちょっと、どうする気?」
「あたしが出る」
「はぁ?!」
冗談ではなく、真顔でそう言いのけたベティ・カルロフが、マイクを持ったまま開設席から飛び出した。
「あんたッ!? ほんっとのバカだと思ってたけど、やっぱりバカだったのね!!?」
「うるせー!! じゃあこの熱は誰が収めんだよこのクソパイがッ!!」
「だれがクソよ、美しいでしょうがッ!!」
「やっぱりおまえの方がバカだ!!!」
吐き捨てて、スイマの前に立つベティ・カルロフ。
スイマは、目を閉じたまま口を開いた。
「どういうつもりだ?」
「どうもこうもねえ。あの野郎が逃げちまった今、代わりが必要だろ?」
「……貴様なら、この俺に見合うと?」
「舐めんなよガキが。光栄だとおもえ」
ベティ・カルロフの登場に、観客がさらにどよめき立つ。
『てめえら、このまま不戦勝ってのは納得できねえだろ!? そうだよなおいッ!!』
今にも掴みかかってきそうなベティ・カルロフの気迫に、観客が一瞬の硬直ののち、燃え上がった。
『はン!! そうこなくちゃな!! 最高の決勝戦を見せてやるよ、おまえらの望むむさ苦しいほどに激アツな決勝をよぉ!!』
再びスイマに向き直ったベティ・カルロフ。
黒髪長髪の彼は、やれやれと首をふった。
「貴様は何もわかっていない」
「あん?」
「この仕合が、どれだけ重要なものなのかを」
「どういう意味だおい」
「俺とあいつの闘争を――貴様如きが見合うだと? 舐めるなよ売女が」
そう吐き捨てたスイマが、目を見開いた。
「あー、いいぜ。特別に見逃してやるよ、今の言葉。やる気になったんならそれでいいぜえ。お望み通り、ぶっ殺してやる」
「ふン。何を勘違いしている」
「腹立つなあ。おまえ、何がいいてえんだよさっきから」
「俺の相手は貴様じゃない。とっとと失せろ」
「チッ、だから!! その相手もケツまくって逃げちまったんだよッ!! だからあたしがでばってんだ!! ぶっ殺すぞ!!」
「ふ――はは、ははははははははははッ!!」
「――あ?」
突然笑い声を上げたスイマに、ベティ・カルロフが訝しげに見遣る。
「やはり俺に見合う相手ではないな。早く失せろ、邪魔だ」
「……マジにぶっ殺してやる。おら、構えろよ」
「やれやれ。ほんとうに聞き分けのないクソ女だな。理解しろよ、場違いが。一から十まで説明してやらないとわからないのか?」
「あぁン!!?」
ベティ・カルロフの右腕が炎に包まれた。
轟々と燃え盛る火炎は、数メートル離れたスイマにも伝わるほどだ。
しかし、臆することなくスイマは、闘志を燃やした双眸で、静謐に一言、震わせた。
「――――来るぞ」
黄金の月光が、闇に遮られた。
「……な、に?」
巨大な影が会場全体を覆い尽くす。
スイマを除く全ての者が、視線を上空へと移し――それを見た。
「どら、ごん……ッ!?」
夜空を覆い隠す、漆黒の体躯。
黒よりも深く、底まで吸い込まれてしまいそうな巨体の竜が、会場を過ぎ去った。
再び月光を取り戻した観客たちは、呆然と映えるその瞳に、一つの影をみた。
はるか上空より落下してくるちいさな影。
みるみると大きくなっていく影の正体に気がついたとき、観客たちは、体を震わせた。
「――待たせたか?」
スイマとベティの間にストンと着地した魔術師。
ローブをはためかせ、顔を上げた彼は、スイマと視線を交わす。
「ふン――始めるぞ」
「ああ――始めようか」
復讐の、その終わりを。
『ば――バカヤロウ、今更のこのこ出てきやがってクソがッ!!』
「すいません。あとで謝るので、今は」
『チッ、どいつもこいつも、あたしは眼中にねえってか!? 上等だ、とっとと始めやがれ――――決勝戦をよォッ!!』
ドット湧き上がる観客たちの声すらも、今の二人には届かない。
審判の入り込む余地すらないほどに、二人はほぼ同時に魔力を顕現させた。
「長いようで短かったよ。俺はやっとここまできた――ようやく俺は、新生できる」
吹き荒れる濃密な魔力。
副産物として顕現した二つの炎が、せめぎあい喰らい合う。
「おまえをここで倒して、俺は始まるんだ。――ああ、その点については感謝してるよ。おまえは、俺を終わらせたのと同時に、始まりをくれたんだから」
互いに、考えていることは一緒だった。
己が持ち得る全てを出し尽くして、眼前の敵を屠る。
そのための、一撃を。
そのための、炎を。
そのための、覚悟を――燃やす。
「手向けだ。全てを精算して、俺は明日を迎える――」
「御託はいい。俺とおまえに、交わす言葉なんてもう何もない」
膨れ上がる魔力の密度。柱のように天を衝く魔力の奔流に、その場の全てが魅了された。
「来い。魅せてみろ、おまえの地獄を――この俺にッ!!!!」
初めてみる、スイマの激情を剥き出しにした表情。
そう――それが初めて見た顔だというのに。
レオには、既視感があった。
「――【爆ぜ螺旋する黒流】――ッッ!!」
だからだろうか。
感化されるように、レオの炎が黒く、黒く染まっていく。
ありったけのイメージをそこにこめて、地獄の扉を開く。
対するは、
「――【戯・爆ぜ螺旋する炎流】――!!」
レオが放った魔法に酷似した紅蓮。
空気を燃やし、大地を燃やし、迫る黒炎を喰らわんと轟いた。
ほぼ同時に放たれた火炎。
極限にまで収束された炎が、超爆発を加速させて轟き――まるで。
星の終焉を思わせる超新星爆発のごとき輝きを発した。
瞼を熱がさす。
視界は失った。
聴覚もしばらく前から機能していない。
そんな中で――
「それでいい――おまえにはそれが、よく似合う」
ふと、閃光と熱に埋め尽くされた世界で。
よく聞き馴染んだ声が、耳元で囁いた――
「認めよう――おまえこそは俺の見込む、最強だ」
白が黒く塗りつぶされ、とぐろを巻くように天空へ牙を剥く。
超密度の超火力によってスイマの炎は飲み込まれ――。
「――――俺の、勝ちだ」
巨大なクレーターの上に、ひとり。
勝者は、星へ届かんとする黒炎を眺めて。
「――勝負、ありぃぃぃぃッ!!!」
静寂を切り裂く審判の叫びが、会場に響いた。
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