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029 聖女と魔術師

「——あなたは、なんのために戦っているのですか?」




 選手入場通路に移動したレオと聖女。

 向かい合い、開口一番にそんな問いを投げかけられた。




「戦う、理由ですか……? どうしてそんなことを俺に?」



「予選の時からあなたを見ていました。あなたの戦い方は、実にこの武闘会に則ったスタイル——娯楽性に溢れるものでした。いわば、観衆にせつけるための戦い。それは一回戦第一仕合も同様でした」



「第二仕合目は、違ったと?」


「ええ。魅せるということを捨て、一撃で仕合を終わらせた」


「それが何か、悪いことでも?」


「いいえ。ただ、少し気になったのです。あなたの瞳には、中途半端さが宿っていましたから」




 中途半端。

 聖女の口から放たれた言葉に、レオは眉根を下げた。




「それは……そうなのかも、しれません」



「怒り、憎しみ。これらの感情も混ぜられている。別にそこは詮索せんさくしませんが、他にもさまざまな感情があった。どれも中途半端。観衆に魅せつけることも忘れて、ただやることをやった——それが悪いことであるとはいってません。前述ぜんじゅつしたとおり、ただ気になったのです。

 何か、迷っているようですね」




 やわらかに微笑んだ聖女の言葉は、的確だった。

 そして、寄り添うような声音のおかげか、責められている気もしない。




「お節介かもしれませんが、相談に乗れることなら乗ります。あなたは、この武闘会のキーパーソンなのですから」


「それはどういう……?」



「みながあなたの動向に目を向けています。注目の的、期待の新星——あるいは、自国の敵になり得るか否か。知っての通り、武闘会には各国の重鎮がご観覧かんらんになっています。それは各国の軍備、戦力を知らしめるという側面もあるのです」




 レオの頭の中で浮かんだのは、二人の顔だった。



 エヴァ・グリーン——東エルドグラ連合国から来た、槍使い。

 ピエルパオロ——ジオーシス帝国から参加しに来た、猫目の青年。



 他にもいるのかもしれないが、レオは他の参加者たちに目を向けていなかったから、わからないが。

 



「俺は……どこにも所属していませんよ。ただの冒険者ですし」


「だからこそ、です。無名の冒険者が武闘会に参加すること時点で異例。そして想像を絶する強さを証明した。これがどういうことか、わかりますか?」




 首を捻るレオ。

 聖女は、目尻を下げて鈴を転がした。




「各国があなたを欲しがってるのですよ。ただの冒険者にしておくにはもったいないと」


「……それなら、俺の他にも冒険者はいるはずです」



「冒険者は、名を売るために武闘会に参加します。功績を挙げればスカウトされるでしょう。しかし、あなた以外の冒険者はおそらく目も向けられていない。話題にすら上がっていません。みな、あなたを喉から手が出るほどに欲しがっている」



「………」


「ですから、あなたのコンディションが悪いと武闘会も盛り上がらないのです。わたくしの仕事には、参加者のサポートも含まれているのですよ」



 

 聖女は、美しく大人びた様相で言った。

 レオの、聖女アンジェリーナという人物のイメージがガラリと変わった。




「なんか……すみません。聖女様はもっと子供っぽいお方だと思っていました。天然というか、最初にみたイメージがそのまま残っていて、少し……なめていたかもしれません」



「結構ストレートにいいますね、あなた。若干傷ついてしまいます……」


「あ、い、いえ、すみません。……よければ、相談に乗ってくれますか?」


「はい。とはいっても、時間はあまりありません。次の仕合が終われば、治療しに向かわなければなりませんので……」


「手短に、ですね。わかりました」


「では、こちらへどうぞ。近くに倉庫があるので、そこでお話を聞きましょう」




 なんか、忘れている気がする——重要なことを。

 一瞬だけ頭の片隅に過ったが、レオは目前の聖女にうながされるままに別室へ移動した。







「——要約すると、意中の女性が複数いて、ひとりを選ぼうにも選べないということですね」


「あ、は、はい……」


「贅沢な悩みですね。とても女たらしには見えない顔つきですのに」


「ば、バカみたいな悩みですよね。俺なんかが、おこがましいというか……」




 椅子に腰掛けて、うなだれるレオ。

 自分で話してみても、確かにバカらしい悩みだと思うし、気を遣って相談に乗ってくれた聖女にも申し訳ない。

 だが、



「いいえ、そんなことはありません。他の誰かにとってそれがただの石ころでも、また違う誰かからすればそれは宝石たり得る、なんてこともあります。千差万別なんですよ、人の悩みは」



「ありがとうございます……そういってくれるだけでも、楽になります。それで、俺はどうすればいいでしょうか?」


「そうですね。ではその前に、あなたの想いをお訊かせくださいませんか?」


「……? 俺のことなら、もう話したはずですが」


「とぼけてもダメですよ。わたくし、これまで千人以上もの懺悔や相談に乗ってきたのです。あなたが隠していることも、何を隠そうとしているのかも、わかります」


「……っ」




 隠していること。

 あえて言わなかったこと。

 そのことを指摘されて、レオは口をつぐんだ。




「本当はどうしたいのか、決まっているはず。あなたに足りないのは、覚悟です」


「か……覚悟?」


「はい、覚悟です。幸せになる、強くなる、誰かを助けたい……それらを全て叶えるための、覚悟」




 彼女に見つめられ、諭されて、レオは——不器用ながらも、ぽつぽつと言葉を紡いでいった。




「俺は……あの人に近づきたい一心で、強くなることを誓いました」




 Sランク冒険者、フレデリカ。あの背中に追いつき、肩を並べること。それが、今のレオを形作った原点。




「それが軸の全てだった……なのに、今は……」


「難しく考え過ぎなのです。もっと自由に思考を広げてください。——あなたは、一体どうしたいのですか?」


「俺は……」




 フレデリカ。

 エヴァ。

 フラン。



 誰か一人を選ぶなんて、レオにはとうていできなかった。




 ——わかってる。本当は、俺がどうしたいかなんて。




 レオ自身がどうすればいいのか。どうしたいのか。

 そんなこと、とっくの間に固まっていた。

 ただ、口に出す——叶える努力をする覚悟がなかっただけのこと。




「大丈夫です。わたくしは、あなたを否定しません」


「———」


「だから、あなたの覚悟をお聞かせください」




 藍色の瞳が、レオの目を覗き込む。

 腹の底から喉にかけて、炎のように熱い想いが込み上げてきた。




「俺は——全部欲しい。一つ残らず、取りこぼすことなく全て、手に入れたい」


「ふふっ。ええ、いい顔です。とっても。素敵な表情ですよ」




 花を咲かせるように微笑んだ聖女アンジェリーナに、レオもまた笑みを浮かべた。

 わだかまっていたものがきれいさっぱりと消え、空気が肺を潤す。




「殿方なのですから、欲しいものはすべて手に入れちゃえばよろしいのです。そこに立ち塞がる常識も法も全て無視して、まずはやると覚悟を決める——そうすれば、世界があなたの意図を汲む。

 やり方なんて、始めてから考えればいいのですよ。大事なのは成し遂げる覚悟だけ。手段じゃないんです」




 聖女の言葉に、レオは大きく頷いた。




「俺……あなたに出会えてよかったです」


「……それ、口説いてます?」


「え? あ、いや、ち、違います! ただ……覚悟は決まりました」


「それはよかったです。——ふふ、聖女であるわたくしが、このような不純なこと言ってたなんて知られると、怒られちゃいますね」


「安心してください、誰にも言いふらしたりはしませんから。あなたは、俺の恩人です」


「じゃあ、わたくしとあなただけの秘密ですよ?」


「……っ! は、はい!」




 高鳴った胸の鼓動と、皮膚を内側から焼くような感覚に困惑しつつも。

 レオは、聖女アンジェリーナと秘密を交わし、その場を後にした。

 足取りは軽かった。

 もう迷いはない。

 全てを手に入れる——口に出すと、陳腐な言葉に聞こえてはくるが。




「覚悟はできた」



 あとは、ただ——





「はぁ〜。いいなあ。わたくし、来年で二十五なのに……恋愛したい……」




 ……聖女が聖女でいる間は、誰も彼女の相談に乗ることはなく。

 そんな思いも当然、虚空に消えていった。





「続きが気になる!」



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