022 義妹と魔術師
「きょうの兄さん、とてもかっこよかったです」
酒場から離れ、宿屋へ向かう道中。
隣を歩くフランが唐突にそういった。
「そ、そうか? なんだか、照れるな」
「ふふ、すごいかっこよかったです。兄さんの戦ってる姿、見たことなかったので興奮しちゃいました。――兄さんって、すごい魔術師だったんですね」
「いや……俺なんてまだまだだよ。結局、本戦に出場できたのも、運が良かっただけだし」
「謙虚ですよね。謙虚過ぎます。けど、そういうところも兄さんらしいです。——あ、兄さん。わたしあれ飲みたいです!」
フランが指差したのは、瓶の中に詰め込まれた透明な飲み物だった。
氷水の中に浮かぶ瓶の一つをとって、レオは屋台のお兄さんに銅貨三枚を払う。
「あざす! お二人方はお付き合いされてるんすか?」
「―――」
お兄さんの言葉を受けて、フランが視線をレオに送った。
レオは、頬を指で掻きながら笑った。
「いや、妹なんだ」
「………」
「へえ、かわいい妹さんっすね! ていうか仲良いっすね、距離感も近いですし! うちの妹とは大違いっすよ。二人見てるとなんだか幸せな気分になったんで、サイダーひとつサービスしますね!」
サイダーと呼ばれる飲み物を受け取ったレオとフラン。
ひんやりとして冷たいサイダー瓶を握って、二人はお祭り騒ぎの街を並んで歩く。
「兄さん。わたし、かわいいですか?」
「え?」
「どうですか? わたし、兄さんの好みでしょうか?」
左下に視線を投げて、頬元の茶髪をいじるフラン。
いつもとはまたちがう様子の義妹に、レオもまた視線をそらした。
「か、かわいいと思うぞ?」
「どういう可愛いですか?」
「ど、どういう……とは?」
「小動物がかわいいと、エヴァさんがかわいいとじゃ、意味合いが違ってきますよね?」
「な、なんでエヴァが出てきたんだよ」
「だって、兄さん……エヴァさんと仲良いじゃないですか。この前も……キス、しようとしてましたし」
「―――っ」
やはり見られていたのかと、口角が釣り上がった。
どう言い訳をしようかと考え始めたレオは、しかし次に放たれた科白によって言葉を失った。
「わたしとエヴァさんだったら、どっちが好みですか?」
唐突にして直球な質問に、レオはたじろいだ。
「どちらが……かわいい、だと……?」
「はい。素直な意見をお願いします」
「…………ぅ」
そう言われて、真面目に考えるのがレオという男だった。
まず頭に浮かんだのはエヴァだった。
エヴァはかわいい。それはレオ自身も間違いなく感じていたことだ。否定はできない。
しかし、フランが求めている意味合いは、〝かわいい〟であって〝かわいい〟ではない。
なんとなくだがそう悟ったレオは、思考を深めていく。
エヴァのことをどう思っているのか。
どういうふうに彼女を捉えているのか、を。
「エヴァは……あの三人の中では一番付き合いが長い。とはいっても、数時間ぐらいの差でしかないんだが」
その数時間は、とても濃密な刹那だった。
それこそ、好意を少なからず寄せてしまうほどに。
一番に思い出されるのは、見つめ合って交わした————『愛してる』。
あの瞬間に感じた胸の胎動は、フレデリカと出会った時に感じたものと同一のものだった。
では、レオはエヴァのことが好きなのか。それは、一概に否定できやしないのだが……。
「エヴァをどう思っているのか、それについてはまだゆっくり考えていきたい。俺にはまだ、なすべきことがあるから」
そう、レオにはなすべきことがある。
あの輝かしくも尊い少女の背中に追いつくまでは、他の誰かのことを考える余裕は、ない。
「……兄さん。もしかして、他に好きな人……いたりします?」
やけに鋭いフランの指摘に、レオは表情を強張らせた。瞬間、脳裏に弾けるフレデリカの微笑み。ふわりと舞う薄桃色の髪。
「あ、あー、いや……えっと」
「わかりやすいぐらいニヤけてますね」
「え、あ、ち、ちがうってその憧れっていうか、ち、ちがうよ好きとかじゃ――……ないぞ?」
「最後らへんゴニョゴニョしててなんも聞こえなかったんですけど、とりあえず好きな人、いるんですね?」
「………」
「もう認めてくださいよ、わたしに隠し事はなしですよ?」
「………………」
「ご、強情ですね……」
〝はい〟と言わないレオ。
純情すぎるが故に、初めての恋であるがゆえに、レオは恥ずかしくて肯定できなかった。
そんなレオの様子を見て、口許を結んだフランは、指を伸ばした。
レオの袖。
軽く引っ張るように摘んだ妹は、兄を見上げた。
「まあ、いいですよ。昔の王族や貴族なんかは、兄妹でも関係なかったみたいですし。複数の女の人を侍らせてもいますし、ね?」
「な、なんの話だ……?」
「二番目の、都合のいい女でもいいってことです」
「そ、それは――」
「——いいんです。わたし、兄さんに助けられていなかったら、今頃どうなってたかわかりません……死ぬよりも、酷い目に合わせられていたかもしれない」
「……だからって、妹をそんな風に扱うわけ、ないだろ……」
袖を摘んでいたフランの指を掴んで、手を握った。
「俺はおまえの兄だ。まだ日は浅いし、妹なんていたことないからどう接していいのかもわからんが、守ると誓った。かわいい妹ひとり守れない男が、あの人の背中に追いつけるわけがない」
「…………じゃあ、ずっとそばに置いてくれますか?」
強く握り返してきたフランが、レオを下から覗き込む。
「あの予選を見て、兄さんがすごい魔術師なんだってことを知りました。わたしなんかじゃ、手の届かない背中……兄さんの妹とはいえ、義理です。そのうち、わたしを置いてどこか遠くにいっちゃんじゃないかって……」
「俺はどこにも――」
「——嫌です。そんな口先だけの言葉じゃ、足りません」
「………」
レオの言葉を遮ったフランが、瞳を潤した。
往来の真ん中で、距離感の近い男女が向かい合っている。
注目の的になっていることに気がつかない二人は、二人だけの世界に没頭した。
「どうすれば……信じてもらえる?」
「……エヴァさんと、しようとしていたことを、わたしにもしてください」
「そ――それは、え……と」
「逃げないでください、兄さん。男なら――強くなりたいのなら、逃げちゃダメです」
「つ――強く……!」
強く、なりたい——。
固唾を飲み、目を見開くレオ。
それを見て、ほくそ笑むフラン。
強くなるという言葉に、過剰に反応したレオに、手応えを感じた。
この状況を待っていたと言わんばかりに、フランは瞳を閉じた。
ある程度、それっぽい雰囲気を感じさせてあげれば、恋愛にウブなレオは流される――フランの読み通りにことが運び、極め付けのパワーワード。
これでキスしないワケがない……!
――エヴァさんには悪いですが、わたしがお先に受け取っちゃいますね。
内心で勝利を確信したフラン。薄く閉じた瞳から、近づいてくるレオの顔が見えた。
――兄さん、わたしの勝ちです。
恋の成就は、いかに男からキスをさせるかが鍵となる――今は亡き、母からの最後の教えだ。
実際に駆け引きを行ったのは初めてのことではあったが……。
情報と度胸により、フランは勝利への条件が整った。
あとは、唇を触れ合わせるだけ。
そうすれば、自ずとレオは、フランの虜となる。
「……っ」
レオの顔が徐々に近づいてくる。
心臓がはち切れそうなほど、高鳴っている。
周囲の喧騒が、何も聞こえない。
ただ、彼の存在だけを目の前に――
「――ひゃあっ!?」
――しかし。
想像していた感触とは異質な、冷たい接触。
驚いて目を開けたフランは、いたずらに笑うレオの顔が見えた。
「サイダー、飲まないと温くなっちまうぞ?」
衝撃が走り抜けた。
脳天から爪先まで、痛くて甘美で、苦しくて蕩けるような、衝撃。
照れが織り交ぜられた兄の破顔に、妹は、本当の意味で恋に落ちた。
「……ばか」
「え?」
「ばか。ばかばかばか。どうして負けてくれないんですか、ばか。……でも――」
頬に当てられたサイダーを剥がして、フランは踵を上げた。
「————え?」
触れるだけの口付け。
頬にふんわりと当てられたその感触に、レオは固まった。
「兄さんのばか。でも、ふふっ――」
顔をほのかに赤くして、笑うフラン。
しばらく呆然と固まっていたレオも、彼女の笑みにつられて、表情をほぐした。
「い……行くか」
「はい、兄さん」
手を繋いだまま、二人は街中を歩いていく。
その背後で、黄色い悲鳴をあげた女子たちの声が轟いた。
「――ちなみに、兄さん?」
「なんだ?」
「兄さんの憧れてる人って、どういう人なんですか?」
「あー……」
頬を掻きながら、どう説明しようか考えていると、前から歩いてくる三人組のうちの一人をみて、レオは頷いた。
「ああ、ちょうど目の前から歩いてくる三人の、真ん中の子みたいな人が――――ぁ、えぇ……っ!?」
「……? 兄さん?」
歩みを止めて、硬直したレオ。
不思議そうに兄を見やるフランの耳に、少女の透き通った声が届いた。
「や、やあっ! 久しぶりだね、レオくん! わたしが来たよ!」
Sランク冒険者フレデリカとの、数ヶ月ぶりの邂逅だった。
「おもしろかった!」
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