002 追放の魔術師②
「くそ、ぜんぜん撒けない……っ! なんて数がいるんだ!?」
迷宮に残され、魔物から逃げ続けること三十分弱。植物庭園のような装いの迷宮を、レオは必死で駆けていた。
振り返って確認してみると、ブラック・ハウンドが数匹追いかけてきていた。その奥にもまだ、多種多様な魔物がついてきている。
「ちくしょう……! どうする、どうすればいい――!? 俺の魔法じゃ、たおせない……っ!!」
全魔力を注ぎ込めば、ブラック・ハウンドをたおすことは可能だろう。しかし、相手にできるのは一匹まで。
スイマやセナのように、器用に魔法を扱うことはできないレオにとって機動性の高いブラック・ハウンドを一人で相手にするのは難しい。一匹を相手にしているうちに、残りのハウンドによって食い殺されてしまう。
ソロとなった以上、倒すなら三匹まとめて相手にしなくてはいけない。
「どうしてこうなった……? どうして、俺はこんなにも――ッ!?」
こんなにも——弱いのか。
口へ出すまえに、突如右から飛び出してきた魔物によって弾き飛ばされた。
いきおいよく尻餅をついたレオは、瞬時に横へ飛びこんだ。瞬間、寸前までレオがいた地面へ丸太が叩きこまれた。
「オー、ク……っ!?」
赤肌の巨体が、丸太を握ってレオを見下していた。
格上のにじみ出る風格に圧倒され、また涙があふれてきた。
勝てない。勝てない。一人じゃ、勝てない。
後衛を守る壁役無しでは、本来の力を発揮できない。
否――魔法を使ったところで……
「勝てるはず……ない……ッ」
鼻息をあらくしたオークが、咆哮をあげる。
間近でそれを聞いていたレオは、たまらず硬直した。
それが、命取りだった。
視界の隅で、ブラック・ハウンドが跳躍した。
「――ぁ」
まっすぐ、こちらへ――殺意をもって牙を剥くブラック・ハウンド。
——死ぬのか、ここで……?
時間のながれが――急速にながくなった。
思考がかつてないほどに加速をはじめ、走馬灯のように記憶があふれだす。
『冒険者になるんだって、レオ? 男の夢だもんな、きばっていけよ』
『すぐ泣いちゃダメよ? レオはけっこう、泣き虫だから。――あ、そうだ。レオが冒険者になるっていうから、ローブ買ってきたのよ。よかったら、つかってみて?』
何者かが起こした火災によって両親を亡くし、その後にレオを引き取った叔母夫婦。
実の息子のようにやさしく、時にきびしく愛情を注いで育ててくれた。冒険者になることにも反対せず、背中をおしてくれた。
いつか、必ず恩返しをするのだと、そう誓ったはずなのに――
『不安だよな、最初は。わかるよ、俺もつい最近こっちに来たばっかでな。これも何かの縁だ、俺らとパーティを組まないか?』
冒険者になったあの日。どのパーティからも相手にされず、不安と恐怖のなかギルドをさまよっていたレオに声をかけてくれたのは、スイマだけだった。
『――用無しだこの無能。ノイトラに、おまえは必要ない』
あの眼は、きっと忘れられないだろう。
心底冷えきった黒い眼。
もはやレオには、一ミリも興味がないと案に示したあの眼を。
「どうして」
いや、理由ははっきりとしている。
いつまでも成長しないレオに、腹を立てたのだ。パーティに貢献することもできない役立たず。火力の弱い、使い物にならない魔術師。
だから。
「だから、死ぬって? 俺は、ここで――」
ブラック・ハウンドの牙が、すぐそこまで迫っていた。
体はまだ、うごかない。
今から動いたところで、あの爪牙からは逃れられない。
なにもなせず、何者にもなれぬまま、ここで終わる。
魔物に、無惨に無慈悲に食い殺されて、ノイトラにも忘れ去られ。
だれも、レオの存在を感知せず時が進み、存在していたことすらなかったことになる。
「そんなのは――イヤだ」
脳内で、イメージが瞬いた。
「そんなこと――受け入れられない」
火災。
幼いレオが、生きるために彷徨った――そこは。
まるで地獄の釜が開いたかのような――――黒炎。
「――大丈夫、もう安心して。わたしが来たよ」
「え――?」
鈴をころがしたかのような、うつくしい声が鳴った。瞬間、目前のブラック・ハウンドがはじかれるようにして吹っ飛び、地面をころがっていく。
桃色の髪が舞った。ふわりと、レオのまえに着地した少女が、目を見てにっこりとほほ笑んだ。
「Sランク冒険者フレデリカ、推参――ってね。遅くなってごめん、すぐに助けてあげるから」
「…………ふれ……でりか……っ!?」
揺蕩う少女――フレデリカが剣を薙ぎ、閃が走る。
オークの巨体が斜めにズレた。
どしんと重い衝撃が地面をつたい、桃色の髪を揺らす。
「み、みえなかった……すごい……っ」
「んふふ、小っ恥ずかしいな。あんがい余裕ありそうだね、きみ。何かやろうとしてたみたいだけど、危なっかしいことはだめだぞ?」
パチンとウインクをはじかせて、迫るブラック・ハウンドを危なげなく切り裂いていく。
こちらの安全を確保しながらも確実に仕留めていくその技巧に、レオは息を呑んだ。
「い、いや……どうにもなりませんでしたよ。もう、ここで死ぬんだなって、思ってました」
「え~、そうなの? むしろこっからが本番! みたいな顔してたよ?」
「い、いえいえ、そんな余裕ありませんでした! ……走馬灯も、見えてましたし」
「んふふ、走馬灯って! 大袈裟だなあ。――でもよかった、余計なお世話じゃなくって」
無邪気に笑って、踵をかえしたフレデリカ。その向こうには、レオを追いかけてきた魔物が群れをなして迫ってきていた。
中には、この階層じゃあまりみられないBランクの魔物までいる。
レオでは到底手の出せる相手ではないそれらを前にして、フレデリカは、臆した様子もなく剣をかまえた。
「一分」
「え?」
「一分だけ待ってて? すぐに終わらせるから、ね?」
有無を言わさぬそのほほ笑みに、レオはただただ――見惚れていた。
「おもしろかった!」
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