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016 公国に着いた魔術師

「――到着ぅっと。あっという間だったわねえ。でもギリギリよ、早くエントリーしにいきましょう」




 早朝。急ぎめで馬車を走らせ、七時前になんとか公国カルロフに到着したレオ一行。

 まだ朝早い段階だというのに、公国は賑わいを見せていた。




「そうだな、向かおうか。フランとヌゥはどうする?」


「んぅ~……ついてく」


「わたしもついていきます――って、言いたいところなんですが。わたしは先に宿を取ってこようと思います。どこもいっぱいでなかなか見つからないと思いますし、今のうちに探しますね」


「そのことは考えてなかったわ……最悪、野宿かしら?」


「そうならないために、今から動いておきます。お昼頃にどこかで合流しましょう」


「わかった。任せていいか、フラン?」


「はい。任されました、兄さん」




 ヌゥとおなじく眠たいだろうに、健気にはにかんだフランに、レオは頭が上がらない。




「じゃあ、ヌゥもフランについていく」


「え、ほんとですか? 武闘会に参加しなくていいんですか?」


「ん。フランの護衛」


「ふふっ。ありがとうございます、ヌゥさん。――それで、どこで待ち合わせにします?」


「そうね……街の中央に噴水があるから、そこで待ち合わせにしましょう。そこなら目立つし、迷子にならないわ」


「エヴァは公国に来たことがあるのか?」


「ええ、昔ね。武闘会を見に来たことがあるの。たしかあの時は、先代勇者カインが出場していたわ」


「ということは……十年前か。噂だけなら聞いていた」




 今は亡き勇者カイン。

 十年前、出場した魔道武闘会にて武勇を知らしめ、のちに続いた第三位魔王との決戦に敗れ、死亡した勇者だ。



 最強と名高いかの勇者アムルタートに匹敵すると言われていたが、惜しくもこの世をさった偉人。

 武芸者なら知らぬ者はいない強者ツワモノだ。




「では、行きますね。またお昼に噴水前で」


「ああ、気をつけてなフラン。ヌゥも、頼んだぞ」


「頼まれた」




 フランとヌゥを見送り、エヴァと二人っきりになったレオ。




「……よし、行こうか」


「え、ええ。そうね、行きましょうか」




 エヴァのことを、変に意識してしまう。

 瞼の裏では、いまでもあの夜のことが映し出される。




「…………」


「…………」




 気まずい雰囲気がながれ、目も合わせられない。しかし、




「あ、すまん……」


「い、いいわよべつに……」




 無意識に距離感がちかくなってしまい、肩や指先がぶつかる。

 そのことが、さらに気恥ずかしさを加速させていた。



 ――何か! 何か話題を探さないと……!



 賑わう街中を見渡す。どこもかしこも、武闘会についての話題ばかりだった。




「武闘会おみくじやってるよー。恋愛がよく当たるよー。この日のために和の国から来たよー」


「武闘会限定ラブ・アクセサリー! これをカップルで持つと永遠に離れられなくなるよ!」


「巨大フランクフルトに齧りついてみないか? いまなら武闘会限定価格だぜ」




 ずらりと、エントリー会場までの道を挟むようにして並ぶ屋台群に、レオは息を呑んだ。




「すごいな。こんなにもひとが集まってるのか」


「大陸随一の娯楽だから、みんなこぞってくるのよ。……急ぎましょう」


「あ、ああ。そうだな……でも、すごいな。本戦が始まればもっとひとが来るんだろ?」


「そうみたい。昔聞いたんだけど、魔道武闘会一日目——予選が始まるきょうと、本戦が始まる二日目、そして三日目まではひとが掃けないらしいわ。その分、売上も跳ね上がるみたい」


「商人が多いわけだ。稼ぎ時だもんな、何を売ってもうれそうだ」




 屋台群を抜けると、「エントリー会場」と示された設営テントが見えた。そのすぐ隣には、公国の外からでも見えた巨大過ぎるコロッセオが異様な存在感を放っている。




「あのコロッセオ内で本戦が始まるわ。予選はまた別の場所よ」


「そうなのか? ちなみに、予選ってどういう形式なん——」


「――それについては、わたしが説明しましょうっ!!」


「な……なんだ?」




 ぴょこんと現れたのは、きわどい水着をきたスタイル抜群のお姉さんだった。




「わたしのことは姉者って呼んでね? ぼうや」


「ぼ、ぼうや……?」


「わたしのかわいいぼうや! わたしは、わたしのファンのことを〝ぼうや〟って呼んでるの! だからキミも――わたしのぼ・う・や♪」




 チュッと唇が跳ねる。

 同時にきらめくウィンク。

 大人の色気と肌色成分多めの、欲情を啜るお姉さんの風格に圧倒されたレオは、目の前が真っ白になった。




「————はい。ぼうやです」


「よろしいっ」


「はい。あなたのぼうやで————ぶがはぅッ!?」


「この……っ!!」




 気がつくと、レオは石畳の上で眠っていた。頬に痛みが走る。石畳が冷たい。




「あ、あれ……? 俺は一体、何を……」


「ちょ、ちょっと大丈夫!? ほっぺ痛くない? 姉者のこと、誰かわかる?」


「え、と……だれ?」


「記憶が飛んでるぅ!?」


「うっさいわね、さっきからピーピーピーピーとさえずっちゃって。とっととエントリーしなさいよ、二人分」


「う、うわあ……完全に悪役の女王様だ……」




 何がどうなっているのかわからないが、エヴァが腕を組んで不機嫌そうにレオを見下ろしていた。



 わけのわからないレオは、とりあえず、頭に感じるお姉さんの胸のやわらかさを意識しないように努めた。




「――こほん。これでエントリーは完了です。次に予選の説明をしますね♪」


「テンション高いお姉さんだな。元気があっていい」


「……あんた、年上が好きなのね……」


「……エヴァ?」


「あんたが惚れたって女も……どうせ年上なんでしょうね」


「…………エヴァ? 足、痛いぞ。踏んでる」


「あのぉ……説明いいですかぁ?」







「なんか……エヴァさん、機嫌悪くないですか?」


「何かあった?」




 エントリーを終え、昼頃。

 合流地点に集まったフランとヌゥが、エヴァの顔をみて引き攣った。




「ああ……俺も何がなんだかわからないんだ。地獄だったぞ」


「昼まで何してたの?」


「ずっとここにいた」


「ずっと……? 何時ごろからですか?」


「エントリーを終えてすぐだから、八時前後か」


「どこも行かなかったの?」


「ああ。四時間近く、ずっと無言のまま、ここにいた」


「………」


「……逆にすごい」




 とりあえず、昼食を摂るために移動を始めた一同。

 



「エヴァさん、予選って何時からなんですか?」


「二時からよ。まだ時間に余裕あるから、ゆっくりしましょう」


「そ、そうですね……」




 声音を聞けばいつものエヴァなのだが、表情が笑ってない。かけているサングラスも相まって、いっそう感情が読めない。




「エヴァ、何が食べたい?」


「なんでもいいわ。食べられればなんでも」


「甘いもの、好き?」


「ええ、食べられるわ」


「……わかった」




 ヌゥが唇をすぼめさせて、レオを見やった。苦笑するレオ。隣にいたフランが、レオに耳打ちした。




「兄さん、どうにかしてください。きっと兄さんのせいですよ?」


「お、俺か……?」


「記憶にないんですか? 何か、覚えは?」


「いや……足を踏まれたぐらいかな。いや、そういえば頬が痛かったな……気がついたら地面で寝てたし」


「……なにやらかしたんですか、兄さん」


「き、記憶にないんだ……」




 頬を指で掻くレオに、フランは嘆息した。




「とりあえず、仲直りしてくださいね。もうすぐ予選なんですから」


「あ、ああ……」




 とは言われたものの、




「なあ、エヴァ……」


「………」


「え、エヴァ……?」


「………」




 二回も無視され、フランとヌゥに助けを求めるレオ。二人は、見なかったことにして前へ進んだ。


 


「自力でどうにかしろってことか……仕方ない」




 呟いて、気合を入れたレオは謝ることにした。




「エヴァ、その……すまなかった。気分を悪くさせてしまったようで……」


「……ねえ。何に対して謝ってるのかしら?」


「……。…………。……それは」


「とりあえずで謝らないでくれる? 不愉快よ」


「――はい。すみません」




 聞き耳を立てていたフランとヌゥは、顔を見合わせてため息を吐いた。







「おもしろかった!」



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