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015 夜会する魔術師

 時が流れ、深夜。




「んぅ、眠い……」


「おつかれ、ヌゥ。しっかり寝るんだぞ」


「ん……。おやすみ。何かあったら起こして」



 

 二時間に一人、火の番をするという方針で、起きてきたレオがヌゥと交代する。

 まなこを擦って、ちいさな体がテントへと向かっていく。

 ちなみに、レオは馬車のなかで寝袋だ。




「久々に一人って感じがするな……」




 実際のところ一日、二日しか経っていないのだが、静まっていた独り言がさっそく復活した。

 しかし、




「——悪いわね、一人の時間を邪魔しちゃって」


「なんだ、エヴァ。起きてたのか」




 焚火を挟んで正面に座ったエヴァ。夜ということもあり、サングラスはしていない。

 随分とまえから起きていたのだろう、紫色の瞳は冴えていた。




「何か飲むか?」


「お水をもらえないかしら?」




 水筒からコップへ水を移してエヴァに差し出す。受け取ったエヴァは、一気にそれを飲み干すと、言った。




「こういう時間じゃないと、あんたと二人っきりになれないから」


「だから、起きてたのか?」


「そうよ。私の意見、聞きたいんじゃないの?」


「……やっぱり覚えてたか」


「あたりまえでしょ。あれからずっと、モヤモヤしてたんだから」




 話の途中で終わったんだと、レオは思い出した。

 一拍置いてから、ぽつぽつと話し始めた。



 あの日——終わりと始まりが同時に現れた、あの時のことを思い出しながら。




「詳しい日数は覚えてない。体感では一年とか、二年も経ってた気がするけど、実際は数ヶ月しか経ってないようだった。俺は――パーティから追放されたんだ」


「追、放……?」


「ああ。理由は明白で、俺の実力不足なだけ。火力が弱いから、オークすらまともに倒せなくて。それで」


「ちょ、ちょっと待って。あなたの火力がよわい? それは何かの間違いじゃないかしら? だって、人ひとりを一瞬で焼き尽くす火力よ? それで弱いってどういう……」


「いや、それができるようになったのは、修行してからなんだ」


「修行?」


「ああ。追放されて、B+の――今はA+になったダンジョンに取り残されて、俺は死を覚悟した」




 オークすらまともに倒せないのに。

 それらと同列の魔物が数多くするダンジョンに取り残され、恐怖に駆られ、死を意識した刹那。





「ずっと頭のなかにあったのは、なぜ? どうして? ……あいつらは、どうして俺を見捨てたのか。裏切ったのか。理由はハッキリとしてる。だけど、別れるならもっと、他にも方法があったはず……」


「………」


「努力は、してたんだ。みんなに貢献できるように……俺を拾ってくれたパーティに報いるために。みんなも、俺に期待してくれていた。励ましてくれた。だけど、それも全部偽りだったんだと気づいてから、俺は――」


「……復讐を、望んでるの?」




 エヴァのことばに、レオは曖昧に笑った。




「……軽蔑するか?」


「するわけないじゃない」




 エヴァが即答したことに、レオは驚いた。

 彼女の性格やひととなりからして、復讐は許されることではないと説かれると思ったのだが。




「過去と精算するためにも、必要なことなんじゃない? 何が重大か否かなんて、他人が判断していいものじゃない——と、思うけど?」


「……ありがとう」


「とまあ、偉そうなこといったけど。正直、あんたがそんな負の感情を抱えているなんて、思いもしなかったわ。能天気で人の良さそうな顔してるし」


「そうか?」


「そうよ。だって、私の知ってる奴は、もっと凄惨な顔つきをしていたわ。復讐に身も心も全て注ぎ込んだっていう顔してる。あんたとは正反対よ」


「そんな奴もいるのか。……俺は、そうはなりたくないな。復讐は確かに望んでいることだが、優先度は一番じゃ、ないんだ」


「他にも、何か大事なことがあるの?」




 エヴァの空いたコップに水を継ぎ足しながらレオは、口許を緩めた。

 その顔は、この先の未来で復讐を成し遂げることを誓った、復讐者の顔ではなかった。




「ああ。俺が強くなりたいと願ったのは、復讐のためじゃない。それは二の次なんだ」




 憧憬か。あるいは恋情か。

 垣間見えたレオの感情()。エヴァは無意識に髪をさすった。




「俺を助けてくれたひとがいたんだ。そのひとがあのとき、助けてくれてなかったら……たぶん、復讐するためだけに生きていたとおもう。エヴァや、ヌゥ、フランとも出会えてなかった」




 Sランク冒険者——【舞踊るフレデリカ】。

 彼女に追いつく。

 彼女の隣に並び立つ。

 それを心の支えに、レオは強くなった。立ち直れた。


 

 こうして今、ここに立っている。




「いつか、そのひとの背中を守れるような男になろう——それが、俺の強くなりたい理由なんだ」


「……そのひとのこと、好きなの?」


「――え? い、いや、そんな、えと……うぇ、あ、…………す、崇拝、してます」




 わかりやすく動揺し取り乱したレオが、水をいっぱい飲み干した後、そう囁いた。




「ふぅん? まあ、そのひとがあんたを救ったんなら、問題ないわね。道を外れなくてよかったわ」


「ああ。そう思ってるよ。ほんとうに」


「……復讐は、否定しないわ。だけど推奨もしない」


「………」




 焚き火に照らされたエヴァの顔は、どこか悲しそうだった。




「復讐は何も生まないって、そんなの嘘よ。過去と精算しなくっちゃ、まえへ進めないこともある。だから、あんたは元パーティメンバーと出会ったら、かましてやりなさいよ?

 強くなったんだって。見捨てたことを後悔させてやりなさいよ? それじゃないと……胸糞悪いわ」


「……ああ。そうする。ありがとな、エヴァ」


「べつに、感謝されるようなことはしてないわ」


「それでも、ありがとう」


「はいはい。律儀なことね、あんた」




 パチパチと弾ける焚火を眺めながら、心地よい静寂が流れる。

 オレンジ色にあてられたエヴァは、以前にも増して美しく輝いていた。




「――ねえ?」


「な……なん、だ?」


「ちょっと、寒くない?」


「そ……そうか? 火を強めるか?」


「ううん。いい。ちょっと……」




 立ち上がったエヴァを見上げるレオ。

 気のせいか、以前にも増して顔が赤くなっている気がする。

 以前にも増して。




「え……?」




 あろうことか、隣にやってきたエヴァと肩がくっつく。

 さらさらとした金髪が服越しから背中を撫でた。




「さ、寒いから……少しだけ、こうさせてよ」


「あ……ああ。問題ない」


「……レオって、なまえ。いい名前ね」


「そう、か? なんだ、唐突に……」




 しおらしいエヴァの、いつもと違う雰囲気に心臓が弾けそうだった。

 自ずと昨日のことを思い出す。



 向かい合い、見つめあって——愛してると伝え合った、あの蕩けるような刹那。




「……!!」




 まずい、とレオは焦った。

 このままでは――よこしまな感情が現れてしまう。



 フレデリカと結婚したい、という最終目標があるにもかかわらず。

 これは……不貞だ。

 しかし。




「私はね……亜人とのハーフなのよ」


「……そう、なのか? ぜんぜんわからなかった」


「見た目はふつうの人間と変わらないの。兄弟で私だけ。でも、身体能力とか、五感とか、そういうのはしっかり引き継いでるみたい」


「だから、鼻がきくって……。理解したよ」


「ふふ。ねえねえ、なんの種族だとおもう?」


「……!?」




 無邪気に破顔はがんしながら顔を上げたエヴァの、そのとてつもない破壊力に心臓が一瞬止まった。




「レオ?」


「あ、いや……エルフ、か? いやマーメイド?」


「どれも不正解」


「んー……?」


「正解、教えてほしい?」


「……!!」




 ゆっくりと動いた、桃色の唇から目が離せなかった。

 ああ――もうダメだ。

 これは、落ちる――



 心のなかでフレデリカ()に謝りながら、吸い込まれるようにして唇を――瞬間、鼓膜を過ぎ去っていく彼女の一言。




「レーヴェ族は、狙った獲物を逃がさない」




 ――触れさせる刹那、視界の隅で影が揺れた。




「じー……」


「じー……」




 テントのチャックを開けて、射抜くようにこちらを監視する四つの目。

 



「――エヴァ。のど、乾かないか?」


「っ、ぅ、ぅぅもう、なんで避け――」


「おはようございます、エヴァさん。まだ寝ないんですか? ――あ、兄さんはもう少し付き合ってください。まだ寝ちゃダメですよ」


「………」




 最後にハプニングが起こったが、何事もなく、関係性が変わることなく——朝がきた。








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