神隠し(ユズル)
「いやあ、逃げるのかと思ってましたよ……」と俺は目の前の景色を眺めながら言った。
俺たちのほんの数メートル先には関係者以外立ち入り禁止と書かれた紙がところどころに掲げられたロープが張られている。
何人かの防衛団員がロープの前に立っている。怒号と衝撃音が断続的に聞こえる。やはり苦戦しているようだ。
「あー、マジかー、ここの防衛団弱いなあー…… このままじゃあ無理っぽー。ゆーて、あたしもあいつ倒すのは無理かあ。ヤバヤバ!」
ひとりの防衛団が近づいてくる。
「誰が弱いって? 何なの君たち?」
「あ、すみませーん。別にディスる気はなかったんですケド。なんとなく、ジジツを……」
「なんなんだ、君たちは? デートか? こんなところに冷やかしか? 女の子を魔物見物に連れてくるなんて、非常識じゃないか!? 君!」
防衛団員は俺に怒っている。あれ? 俺?
「だいたい、なんなんだその変な格好は? ひらひらの白いローブみたいなもの着て。恥ずかしいと思わないのか?」
え? 白衣のこと? なんで俺は服まで怒られてるのだろう、だってこれを着てこの世界に来たんだから、これしか持っていない。仕方ないじゃないか。防衛団員は俺に近づいてきて、俺の肩を軽く小突く。ずいぶんイライラしている。戦況が思わしくないからだろう。だからと言って、知らない人に当たることもないだろうに。
「あ!? なんのコスプレか知らんが、お前のようなやつを守ってやれる余裕はない。分かったら早く失せろ。ったくこれだから、アホは困るんだ! 誰が守ってやってると思ってるんだ……」
「ちょっと、オジサン……」と言って、ラヴィーが反論しそうになるのを、俺は止めた。
「やめましょう、ラヴィー。何を言っても仕方ない」
「でも……」
「いいんです。ね」そう言ったとき、俺の視界の隅に灰色の金属の破片が映り込んだ。ものすごいスピードで俺たちの方に飛んでくる破片。俺はとっさにラヴィーを抱き寄せて飛んだ。
「あっぶね……」
「あ……ありがと。ユズルさん」
「危なかったですね」あれ? 俺はこんなに速く動けたか? まあ、夢の中だからどんな動きでも可能なのかな。灰色の金属片は防衛団の盾の一部らしい。大狼とやらに削られたのだろう。
「おいおい! な? 危ないだろ? だからもう邪魔だって言ってんだろうよ。もう消えろよ」と言って防衛団員が近づいてくる。まったく助ける素振りもなかったくせに……
「ラヴィー、俺とふたり、とりあえず姿を消せる?」
「おけまる!」
ラヴィーはにっこり笑って、俺の手を握り、「神隠し」とつぶやいた。
俺は自分の質量が変わったように感じた。目に映る映像は変わっていない。ラヴィーも俺からは見えている。しかし、防衛団員の顔がみるみる驚愕の表情に変わる。
「……え? き、消えた?」
俺とラヴィーは立ち尽くす防衛団員の隣を通りすぎた。