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笑ってるバアイじゃない(ユズル)


 いや、笑ってる場合ではない。夢でないなら帰る方法を探さなくてはならない。


 しかし振り返って考えると、現世にものすごく心残りなことがあるわけでもない。かといって、ずっと帰れない、というのは困るような気がする。全く心の準備が出来ていない。


「あ、すみません。笑ってるバアイじゃないよね。あたしのせいで、無理にこっちに連れてきたわけだし。ほんと、すみません。家族とか……」怒っているように見えたのだろうか、ラヴィーがしゅんとして謝る。


「あ、いやいや、俺、すでに両親もいないし、考えてみると大して気になることもないんですけどね……なんていうか、突然のことだったんで」と俺は言った。


 実際、こうして離れてみると、しばらくこっちにいてもいいのかな、とも思えるのが不思議だ。現実リアルにいた時にはあんなに必死に生きていたのに。あれはなんだったのだろう? まあ、まだパラレル・ワールドなのか、夢なのか、戻れるのか、あっさり目覚めるだけなのか、そのあたりも全く分かっていない。考えても分からないし、考えるのはやめよう。


 ラヴィーは少し安心したのか、ふー、ふー、と麺をさましながら、一生懸命ラーメンを食べている。ラーメンを食べる姿は本当に現実リアルの少女のようだ。現実リアルだとすると少し美少女過ぎるが……


 どうかした? と聞かれ。俺は、あ、いや、なんでもない。と慌てて答える。


 ラーメン屋の店主が俺たちに向かって話しかけた。

「お兄さんたち、外大丈夫やったか? なんか最近、でかい犬みたいな動物外生物が近くの町では暴れてるみたいやけど! うちの防衛団たちもそろそろうちらのとこにも来るかも言うて、準備してたけどな。防衛団でも難しいかも、言う話やったわ。気を付けや」


「そうなんですか。とりあえず来る道ではどうもなかったですけどね……」と答えながら、俺はラーメンを口に運ぶ。


 おいおい、犬みたいな動物外危険生物って。この世界は、大型生物とか出てきちゃうんだ。俺は中学生以来ゲームの類はほとんどしていない。今は仕事が忙しくてそういう分野にまったくついて行けていないから、どんなゲームがあるのかも分からない。昔は専用ゲーム機だったが、今はスマホでもできるのか?


 その昔、一世を風靡したなんとかクエストとかなんとかファンタジーはいくつかやったことがある。並んで買ったものだ。それこそスーパーファミコンとかそういう世代なのだから。

 これが夢だとしたら、そういう俺の脳の奥深くにある昔のRPGの知識が潜在意識から世界観を形成しているのだろうか。そういうRPGでは、大型生物ってのはモンスターと呼ばれていて、勇者みたいなヤツが倒すんだろう。

 だいたい勇者ってなんだよ、どうやって食っていくんだ、そんな職業。だれが給料を払う? パラレル・ワールドにはそういう職種に賃金が支払われるシステムのようなものが出来上がっているのかもしれない。実際、現実リアルにはさっき行ったみたいな買取所は存在しない。


 俺は高校3年生になった時医者になろうと思って、いろいろ調べた。

 医学部というのは他の学部よりだいぶ偏差値が高くて、地方にある国立の医学部でも東大の他学部に入るくらい大変なようだった。私立の医学部なら、まあそこそこの勉強で入れそうだったが、何せ学費が普通じゃない。国立なら他の学部と一律同料金だ。


 俺は担任に医学部に行きたい、と言った。俺の家が別に金持ちじゃないことは担任も知っていたから、国公立を狙うことはすぐ分かったのだろう。え? 相当勉強しないと厳しいんじゃない? と第一声に言われた。それからは睡眠時間を半分にした。受験勉強というのははっきり言ってほとんど頭を使わない。時間を使うだけだ。時間を増やすためにどうすればいいか? それ自体は簡単だった。寝なければ良い。


 医者になろうと思った理由は食いっぱぐれそうにないからだった。資格職の中ではやはり医師と弁護士がツートップと思われた。しかし、弁護士は法学部に入ったからってなれるとは限らない。医師は医学部に入ったら実はほとんどなったも同然だ。医師国家試験の合格率は9割前後なのだ。

 

 だから、勇者みたいなものになりたい、と思ったことはこれまでに一度もない。少なくとも安定した職業には思えない。モンスターから得たお金は雑所得になるのか? 次年度にちゃんと所得税や住民税が支払えるのか? そんなこと言ったらさっきツノを売って得た所得はいったいどういうカウントになるのだろうか。現金だから気にしなくていいのか? 急に心配になってきた。


 お金のことを考えながらラーメン(のようなもの)を食べていると、ラヴィーが何かに気づいたように振り返る。


「……ここにも来ちゃったのかあ……まずいなあ」


「え? まずい? この麺ですか?」


「いやいやいや、違います。この麺はおいしいし……違くてえ、大狼が近づいてるっぽい。あいつらもともとかなり凶暴でえ……さっきあのオジサンが言ってたやつね、きっと。あー、しんどいなあ。この感じは。あたしまだちょっと攻撃とかうまくないし……この里、襲うつぞーって気配、ビンビン……」とラヴィーが言った。


 俺はかなり焦った。防衛団(?)でも対処困難な凶暴生物がこの里を襲おうとしている? 


「けっこう大きな種ぽい。一匹かあ、まあとりあえず行きますか!?」と言ってラヴィーは立ち上がった。


 ああ、逃げるあてがあるのかな、と俺は思った。「神隠し」とやらもあるし、と思って、消費税率もよく分からないし、とりあえず紙袋から5千円札を取り出して机に置き、「ごちそうさま!」と店員に叫んで、ラヴィーの後を追った。


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