089. 仲間三人、そしてロムルス夫妻
ヴィペール王立闘技場。
開始時刻の一時間前に開門され、それと同時にたくさんの人が流れ込んだその場所。五万にも及ぶ観客席は既に満員状態だ。皆、千妃祭の開始を今か今かと待ちわびている。
「いやー、楽しみだ。一体どんな美人さんが出てくるのやら」
「俺は審査の内容が楽しみだな。女同士のキャットファイトなんてそうそう見れるもんじゃねぇ」
「趣味悪ぃなお前。けど、国一番の女ってのは興味があるな。どんなヤツが選ばれるんだろ?」
「強くて頭のいい美人さん? ロムルス王子が羨ましいな。九百九十九人の嫁に加えてそんな女まで嫁にできるなんて」
様々な会話がとびかっているが、共通する話題は一つ。
『一体どんな人物が千妃になるのか?』
ここにいる者たちだけでなく、ヴィペールに住むすべての者が気になる話題だった。老若男女様々な者たちが噂し合っている。
とはいえ、男女比でいえばやはり男性が多い。全国規模の美人コンテストのようなものだから当然だろう。比率でいえば七割が男性といったところか。
「ふう、何とかいい場所を確保できたわね」
「他人の嫁選びを見に来る者がこれほどいるとは……。全く、けしからん」
「いや、私たちも同じじゃん。まあ気になる理由は別なんだけど」
そして純花たち三人は最前列から5番目の席を確保していた。ここなら候補者の顔だって見える。応援するにはバッチリの場所だ。
因みにヘンリー家族及びエドたちは既に帰宅している。妻や恋人がようやく戻ってきたのだから、彼らにとっては千妃よりもそちらの重要なのだ。後で礼をすると言って家に戻って行った。
「一体どんな審査があるのかしら。間違いなく妨害されるって話だったけど」
「レヴィアの苦手なものか。うーむ、何だかんだでヤツの能力は高いからな。武力、知識共にかなりの高水準だし、あまり思いつかないな」
「そうなの?」
純花の問いかけ。一緒に旅をしてきたとはいえ、二人に比べてあまりレヴィアの事を知らない彼女だ。強い事と、遺跡に詳しい事くらいしか知らない。あとはファッションセンスがある事くらいか。
「ええ。頭もいいし、家事なんてのもお手の物。立ち振る舞いを見れば育ちもいいって分かるでしょ?」
「うん? あれ演技なんじゃないの?」
「演技だけど、きちんと習ってないとあれは無理でしょ。私やネイがお嬢様演技なんて無理だしね。純花、できる?」
「うーん、出来なくは……いや、無理かな」
少しだけ考えた純花だが、リズの言う通り不可能だと判断。幼少期にそういう振る舞いは多少覚えたが、身についているかといえば非常に怪しい。使うのはパーティーの時くらいであったし、親も高貴な生まれとは程遠い。いや、孤児であるはずの母はすごく上手だったし、父も見た目だけは……。
「ッ!」
純花はフルフルと首を振って頭から追い出す。余計な事を思い出した。モチベーションを維持する意味では役に立つが、今この時に思い出してもいい事など一つもない。
「どうしたスミカ。虫でもいたか?」
「……いや、何でもないよ。とにかくレヴィアが受かる確率は高いって事?」
「そう言わざるを得ないな。後は最後までちゃんと猫かぶってられるかどうかだ」
ネイの言葉に「そうなのよねぇ……」とため息を吐くリズ。英雄殿にいた二人によると、一部には……いや、殆ど全員に正体バレしているという話だ。後はロムルスの前でさえボロを出さなければ……なんて事を言っていた。
そしてそのロムルスはこの場にいる。ここから右の方にある王族専用席。少し遠いので様子は分からないが……。
(いや、分かるかな?)
意識してオドを扱えない故に視力の強化はできないが、何となく把握できる気がする。それによると、ロムルスは少々機嫌が悪い模様。隣にいる女との確執のようなものを感じられた。
その感覚は正しく、ロムルスのいる場所では……。
「…………」
「…………」
頬杖をついて椅子に座るロムルスと、その隣に座っているルシア。
ロムルスは明らかに機嫌が悪そうだ。反対にルシアはすました顔をしている。
「……予選の一部を変えたらしいな。ルシア」
ロムルスはぼそりと呟いた。気に食わないといった顔で。
しかしルシアはすましたままに答える。
「ええ。元々の内容では、千妃としてふさわしい方を選ぶには不適切だと思いましたので」
元々の内容……というかレヴィア班以外の試験は、本選での審査の簡略版といった内容。それを短時間で行わなくてはならない為、千妃の試験として不適切かと言われれば不適切。かといって変更後の内容が適切かというと……。
「で、変えた結果が料理と洗濯と掃除か。后となればそのような事をする必要はあるまい。メイドに任せればよかろう」
「勿論その通りですが、平民を含めてお集めになられたのです。平民の女として最低限の事ができるかは見ておくべきだと思いましたの」
「そのグループには貴族もいたと聞くが?」
「それは気づきませんでしたわ。彼女たちには悪い事をしました」
しれっと嘘をつくルシア。明らかに嘘というのはロムルスにも分かるが、それらはどの道落とす予定だった者たち。どうでもいいといえばどうでもいい。
ルシアはさらに続ける。
「ですが、ロムルス様にとっては良かったのでは。ロムルス様お気に入りのあの娘に有利な試験を与えたのですから。料理は得意だったのでしょう?」
確かにそれはそうだ。
毎日お弁当を作ってくれていたレヴィアである。専門の料理人ほど優れてはいないが、家庭的な温かい味で、そうそう他の者に負けるとは思えなかった。結局は合格しているし、いまいちルシアの意図が分からない。レヴィアをいまいましく思っているのは確実だというのに。
言い返す事ができず、チッと舌打ちをして話を切り上げるロムルス。その行動を見たルシアが「ロムルス様、品がありませんわよ」と注意してくる。しかしロムルスは彼女の言葉を聞き入れようとせず、完全に無視した。いつもと違い反抗的だ。
「フン。まあいい。どんな仕掛けをしたか知らんが、お前の賢しい罠などレヴィアには無意味だろう。それよりルシア。考えておく事だな。己の身の処遇を。王子たる私の同意も得ず、千妃祭に介入したのだから」
「!? そ、それはロムルス様がわたくしの話を……!」
「話を聞かなかった。だから何だというのだ。私は王子で、お前は后の一人にすぎん。分を弁えよ」
厳しく言い捨てるロムルス。
ルシアは后という地位を除いても公爵令嬢という重要人物なのだが、今の彼には全く頭になく、怒りのままに言葉を放っている。傾国の美女にハマッた男らしく、彼の知能は順調に低下していた。
「ロ、ロムルス様! 目を覚まして下さい! あの女を后にしてはなりません! レヴィアが星の宮で何をしてたか知っていますか!? まるで王のように振る舞い、他の者に金銀財宝を貢がせていたのですよ!?」
その知能を復活させようとルシアは叫んだ。しかしロムルスはフンと鼻を鳴らして言う。
「そんな訳がなかろう。一度宝石をプレゼントしようとしたことがあるが、彼女は拒否したのだぞ? 金などいらない。ただ私が会いに来てくれるのが嬉しい、と言ってな」
正確には「そ、そそそそんな高価なもの……わ、わわ、私には勿体ない……です……」とものすごく挙動不審だったのだが、彼は都合よく解釈していた。恐縮しまくっていたのだろう、と。
「つまりレヴィアが欲するのは私の愛のみ。お前と違って権力など欲したりはしないのだ。自分がそうだからといって他までそうだとは思うなよ」
「わたくしがいつ権力など欲しました!? わたくしはロムルス様の為に……」
「もういい。これ以上は時間の無駄だ。……む、そろそろ始まるな」
身を乗り出し、わくわくとした様子で会場を眺めるロムルス。反対にルシアは下を向き、ぐっと何かに堪えている様子であった。




