088. 予選・下
料理に引き続き行われた二回戦。内容は掃除であった。相変わらず千妃とは何の関係もない。
しかしこちらもレヴィアはトップで通過。文句がつけられないほどピカピカに仕上げた。窓枠を指でつーっとしても埃一つ残らない。星の宮では完全に人任せだったというのに。
最後の三回戦は洗濯。前二つに比べればそこまで得意ではなかったが、他の候補者に比べれば圧倒的手際である。星の宮では完全に人任せだったというのに。
「あ、姉御、めちゃくちゃ女子力高かったんすね。ぶっちゃけ何も出来ないと思ってました」
「まあこれくらいは……。経験者ですので……」
過去、家事は基本的に妻任せだった新之助だが、一時期は自分がやっていたのだ。
その時期とは妊娠時と出産後。見た目と違い丈夫な妻であったが、お腹の大きい状態で無理をさせる訳にはいかない。そしてアリスは身寄りがなかったので身内は頼れず、自分の親もアリスを紹介した事でぶっ倒れていた。当時は意味不明だったが、息子が知らないロリを連れ帰った上に嫁にするなんて聞いたらぶっ倒れもするだろう。
とにかく、その経験によりレヴィアはスーパー専業主夫としてやっていける腕前を得ていた。普通の人間には不可能だろうが、ハイスペ男子は伊達ではないのだ。まあアリスが復帰次第殆どやらなくなったのだが。せいぜい純花にねだられた時に料理するくらいで、基本的には妻任せ。家事より金儲けの方が好きなので仕方ない。再びやり始めたのは転生後になってからだ。
「ううう……」
「ま、負けた……」
「小娘のクセに……」
レヴィアの女子力により、死屍累々となる周囲の候補者。地面に手をついて悔しがっている。
「お、おかしいわ! 不正! 不正よ! やり直しを要求するわ!」
「そうよそうよ! そんな人生経験が足りない女なんかに負けるはずないじゃない!」
中には見苦しくやり直しを主張する者もいる。非常に未練がましい。
そんなにロムルスの嫁になりたかったのか。そう思ったレヴィアは候補者たちに向かいクスリと笑った。あざ笑った。財産以外興味のない結婚であるが、この優越感は悪くない。
悪意たっぷりの笑みに激怒する候補者たち。「調子乗ってんじゃないわよ!」「たまたま勝ったからっていい気になって!」「別の種目なら私が勝ってたわ!」などなど口々に攻め立ててくる。だがレヴィアには全く効いておらず、「怖ぁい。ロムルス様に慰めてもらいましょ。おほほほ」なんて煽りまくる。ちょっと素が出てしまっていた。
「うん?」
そこで気づく。怒りの顔を向ける彼女ら。その違和感に。
今までに見た候補者とは全く違う。レヴィアがいた場所、三階にいた候補者とは何かが違うのだ。
何なのだろうこの違和感は。怒った顔を向けられた事は何度もあるが、その時とは全然違うような気がする。いや、確実に気のせいではない。
(まさか……)
レヴィアにとある考えが思い浮かぶ。いや、流石にないだろう。そんな真似をするなど倫理に反する。自分がやりたい放題してるという自覚のあるレヴィアであるが、流石にそんな残酷な真似はできない。
「あの……。皆さんをお見かけした事がないのですが、何階にいたのでしょう……?」
「はあ? いきなり何なの? 良く分からないけど、私は一階よ」
レヴィアの問いかけに女は答えた。周りからは私も、私もなんて声が上がり、その殆どは一階。二割程度が二階。それらを比較してみると明らかであった。
一階、二階、三階の違い。これは……。
(ロ、ロムルスの野郎……
顔で格付けしやがった!)
よくよく考えれば実力主義で集めた花嫁候補が全員美人なんてありえない。なのに三階は全員が美人ばかり。自分は言わずもがな、レナやイレーヌ、ステラもそれなりに顔はいい。
つまり三階にいるのは美人のみ。二階は普通レベル。よって一階は……。
「うっ」
レヴィアは思わず涙した。顔を背け、目の前の現実から逃避しようとした。
明らかにしっぽ切りされている者たち。なのに彼女らはそれに気づかず、ロムルスの花嫁になれると希望を抱いている。可哀そうすぎて見ていられない。
これが自分なら予選なんて受けさせず即帰ってもらうところだ。無駄な時間を過ごさせるのは双方にとって良い事ではない。素直に「顔が好みじゃない」なんて言っておけば諦めるだろうに。身近に夢追い人の末路がいるレヴィアである。時間というものが如何に貴重かは重々分かっているのだ。
「や、姉御。泣いてやる必要なんてないと思いますよ」
「うん?」
「王子の好みじゃない女は普通はじかれますからね。なのに候補にいるってことは、無理矢理ねじこんだんですよ。実家が金か権力を持ってるから」
レヴィアの嘆きを察したレナは言う。実際、その言葉は的を射ていた。
ロムルスに金や権力は効かないが、その部下は別。貴族や豪商の猛プッシュを断る事は非常に難しい。故に部下たちはロムルスへと相談し、望みがないメンツを下の階に押し込む事にしていたのだ。因みに「旧帝大以下は応募できるけど採用しないよ」なのが一階、「うーん、駅弁上位ならワンチャン……?」なのが二階である。
それを聞いたレヴィアはケロッと泣き止み、「何だよ。泣いて損したじゃねーか」とぼやく。次いで「分をわきまえろカス。玉の輿狙いとかすげー迷惑なんだよ」と心底嫌そうに吐き捨てる。自分も同じ事やっているクセに。何やら苦い思い出があるらしい。
あまりにもヒドい言葉にギャーギャーとわめきたてる候補者たち。しかしレヴィアが相手にする事はもうない。無視してスタスタと歩き、いまいましそうにしているルシアの元まで行く。
「そういう訳で私が勝利者です。無駄な努力ご苦労様でした……」
「くっ! 演技できているようで全然できてない……! そのくらいならもうおやめになったら? 無意味な演技はわたくしを煽ってるおつもり?」
「……?」
無意味な演技とは何の事だろう。レヴィアは不思議に思った。最近調子コイているせいか、中身が出てしまっている事に気づいてないのだ。
「わたくしを甘く見ない事ね。予選で落とす事は失敗しましたが、これはまだ前哨戦。簡単に千妃になれるなんて思わないで頂戴」
「そうですか……。十番目程度がどうにかできるといいですね……」
バチバチとにらみ合う二人。二人の背後にはビジョンのようなものが現れていた。ルシアからはガオオと吠える気高そうなライオン、レヴィアからはクヒヒと笑う女狐。自然界なら前者の圧勝だろうが、人間社会ではどうなるか分からない。
レヴィア対ルシア。今ここに、女同士(?)の争いが始まる……!
なお、レナは普通に落ちた。




