084. 戦場を見る者
戦場から少し離れた森の中。
木の上に立ち、真剣なまなざしで戦場を眺める女がいた。
「あれがロムルス。世界最強の一角か。……強いわね」
全身に黒いローブ。目元まで隠れているせいで表情は分からないが、声色から感心している事は分かる。あの光景を見れば誰だってそうなるだろう。
圧倒的すぎる攻撃力。異形たちが全く相手にならない。冒険者で言うAランクくらいには成長したというのに。
しかもロムルスはまだまだ本気ではないと思われる。他者を気遣う余裕を見せているからだ。一度派手な技を使って以来大した攻撃をしていないが、あれは魔力不足によるものではなく、手加減をしているのだと女は見抜いていた。
「レアスキルは炎を生み出す事? 操る事? それを封じる事が出来れば……いえ、素の力も相当なもの。本体とて分が悪いかも。さて、どうしよっか」
ぶつぶつと呟きながら女は考える。自分の目的からすれば必ずしも戦う必要はない。だが始末しておくに越したことはない。あれほどの力を持つ者が死んだときの影響は計り知れないだろう。
ふと、気配を感じる。女は警戒するが、上から降ってきたのは見覚えのある男だった。
「あら、レオじゃない。何でここにいるのよ」
銀髪ネコミミの忍者、レオンハルト。彼女の同僚がそこにはいた。
しかしここにいる理由が分からない。精霊石の奪取任務に失敗した彼は比較的近場にいたランスリットの任務を手伝っているはずだったからだ。そういう思いで女は問いかけた。
「……忠告だ。この国に勇者が来た」
「勇者?」
精霊石により召喚された異界の戦士。それが近くに来ていると言う。
勇者。
調査によるとその強さは様々らしいが、決して油断していい存在ではない。レアスキル持ちというだけでも警戒の対象だというのに、それが複数所持の上に複数名。負けるとは決して思わないが、少数で活動中の“赤”が手を出すべきではない。“青”の侵攻を待つべきだろう。
「勇者か。以前の情報じゃまだセントリュオにいるって話だったわよね? もう動き出したって訳?」
「違う。一人だ。一人が別行動をしている」
「一人?」
一人ならば何とでもやりようがある。勇者といえど最初から強い訳ではないのは調査済みだ。実戦経験も少ないらしいし、一人で行動するなどいいカモである。
そんな考えが顔に出ていたのだろう。彼女に対しレオは声を鋭くした。
「油断するなよ。ヤツは強い。遺跡におびき寄せてルゾルダを仕向けたが、あっという間に破壊された」
「ルゾルダを? そんなに強力なレアスキルを持ってるの?」
「分からんが、持っているとしたら肉体強化系だろう。何せ素手で戦っていたからな」
女の口元がヒクリと引きつった。圧倒的なパワーと防御力を持つルゾルダを素手でスクラップにする。そんな真似が出来る者など見た事がない。可能性があるとすれば“白”だろうか。
「加えて勇者の仲間も馬鹿にできん。剣士レヴィア、重戦士ネイ、魔法使いリズ。特にレヴィアは剣の腕だけでなく、その性格が――」
「待ってレオ。今なんて?」
その言葉を聞き、女は聞き返す。レオは不思議そうにしながらも再び言う。
「レヴィアは性格がものすごくやっかい……」
「違うわ。その前よ」
「? ……剣士レヴィア、重戦士ネイ、魔法使いリズ」
「…………」
呆けたようになる女。しかし次の瞬間。彼女は身を震わせ――
「……そう。こんなところにいたの。成程ね……」
口元をゆがめる。喜びとも怒りとも知れない雰囲気。それを見たレオは嫌そうな顔になった。彼は知っているのだ。こうなった時のこの女はやっかいだと。
「レオ。その勇者たちはどこにいるの? 教えなさい」
「……ヴィペルシュタットだ。つけているテオは何も言ってこないから、恐らくはまだそこだろう。しかし何故だ。お前とて勇者にはかなわんだろう」
「勿論分かってるわ。ただ、ちょっぴり面白い事を思いついたの。倒せなくともダメージは与えられると思うわ」
女はクスクスと笑った。向こうでは未だロムルスたちが戦っているが、もはや彼女の興味は別のものに移っていた。
勇者の仲間となっているらしい、あの女に。




