082. 続・ルシアの工作
「……というのが星の宮の現状でございます」
星の宮を守る女兵士。ルシアのスパイでもある彼女は跪きつつ報告した。
一応とはいえ、これまで周囲を警戒していたレヴィアとその下僕たち。が、勝ちが確定したと判断したのか一転ガバガバになったのだ。情報を得る事は非常にたやすかった。
女兵士の話を聞いたルシアはよろよろと体を崩し、椅子のひじ掛けに手をつきつつ頭を押さえる。同席しているその他数名の后たちも同じような反応だった。
「な、なんて品の無い……」
「あの女は一体何を考えているの……?」
后たちの言葉。ルシアも同様の感想である。
玉座に財宝風呂。意味が分からない。そんな物を作って何が嬉しいのか。玉座は「虚栄心が強いのだな」と理解できなくもないが、財宝風呂は本気で意味不明だ。普通に飾ればいいだろう。
「ルシア様。しかしこれはチャンスでは? ロムルス様でなくとも国王陛下などに現状を見てもらえば……」
「そ、そうね……」
今のレヴィアを見れば間違いなく反対するだろう。国王でなくとも宰相や元帥などでもいい。それら人物に説得されればロムルスも……。
(待って。本当に? 本当にそれで済む? あの知恵の回る女がこんな馬鹿でも分かる事を想定していないはずがない。何かしら理由が……)
ルシアは深く考える。奴は何を考えている。このまま自分が動けば彼女は確実に……
「あっ!」
そこで気づく。ルシアは目を見開いて驚いた。
(ロムルス様を出兵させるためにわたくしは宮廷を動かした! しかし帰ってきたらその宮廷がレヴィアを排除している! そうなればロムルス様は間違いなく……!)
裏工作と判断する。いや、既に察してはいるだろう。出発間際、ロムルスは自分に対し「レヴィア……いや、星の宮に手を出すな」と命じてきたくらいなのだから。時間が無かったこともあり、その事についてルシアは同意した。自分が考えていた方法を実行するのには何ら問題がなかったからだ。
しかし、再び宮廷を動かせばどうなるか。ロムルスが帰還したとき、王たちがレヴィアを排そうと動いていたら……。
(レヴィアと出会う前でさえ、千妃にはものすごく執着していた。わたくしどころか国王陛下の言葉も無視する程に。ならば……)
王位簒奪。国王を敵と判断した彼は自らが王になろうとするに違いない。そしてその隣にいるのは……。
恐ろしい。恐ろしすぎる。馬鹿そのものに思える行為。しかしそれはこちらを誘っているのだ。自らを排除させる事でロムルスの不信感を増幅させる。結果、ロムルスは誰も信じなくなり、相対的にレヴィアは一層の愛と信頼を得るだろう。
その考えを后たちへ話すと、彼女らは絶句した。あのアホな行動にそんな深い意図があったとは思いもしなかったのだろう。レヴィアにしてやられたルシアだからこそ気づいたといっていい。
とにかく宮廷は動かせない。ならばどうする。もう暗殺するしかないという主張も出たが、それは明らかに悪手だ。悲しんだロムルスが暴走しかねない。それこそ王位簒奪以上の嵐が吹き荒れるに違いない。
「……ロムルス様を呼び戻す?」
ふと、后の一人が呟く。
確かにそれはアリだ。ロムルスをこっそり呼び戻し、レヴィアの本性を見せれば確実に失望する。ただ……
「い、いえ。今からロムルス様に追いつくことは難しいでしょう。千妃祭に間に合うよう急いで向かわれましたから……」
同席しているクリスタの言葉。その意見にルシアも賛同する。
出陣したロムルスだが、軍を率いていった訳ではない。一刻も早く帰りたい彼は軍を将軍に任せ、自身は足の速い騎兵だけを連れて超特急で現地に向かったのだ。今から早馬を出しても追いつけまい。そうなれば千妃祭の日に戻ってくるのと大して変わらず、異形の討伐を期待する領主及び民たちの失望も招いてしまう。
「……仕方ありません。当初の計画通りとしましょう」
ここで下手に動くべきではない。ルシアはそう判断した。
反撃の恐れがある行動より、確実に上手くいく方を選んだ方がいい。元々考えていた計画ならレヴィアが干渉することはできないのだから。
他の后も同じように考えたようで、特に反対意見は出ない。現状でレヴィアをどうにかする事は諦め、先々の計画を詰める。その為の話し合いに切り替えるルシアたちであった。




