081. 女王レヴィア
王城へと向かったルシア。彼女は王や宰相、元帥といったお偉方へと働きかけ、彼らを説得する。
この国で一番の権力者であるロムルスだが、政務に関しては好き勝手に振り舞ったりはせず、道理にかなった意見を無下にしたりはしない。いや、現在進行形で無下にしているが、トップ勢がまとめて言えば無視する事はできないだろう。
そしてルシアは彼らを説得する自信があり、実際説得する事が出来た。登城してきたロムルスに対し、王たちは異形を撃退するよう願う。当然の如く渋るロムルスだが、最終的に折れ、千妃祭当日までには絶対に帰る事を条件に東へと向かった。
ロムルスがいない英雄殿。今までと違い、ルシアの工作もやりやすいだろう。そんな危機迫る中、レヴィアは……
「レヴィア様、ご機嫌麗しゅう」
「レヴィア様、貴女様の為にお召し物を取り寄せました。貴女様の美しさをさらに際立ててくれる事でしょう」
「レヴィア様、何かお困りな事はありませんか? おっしゃって頂ければきっと私共が解決してみせます」
玉座の間。
星の宮には存在しないはずのその場所にて、レヴィアは王のようにふんぞり返っていた。
頭には蛇の装飾がある黄金の冠、体は上等な絹で編まれた白い薄手のドレス。周囲ではもみ手をしながら侍る美女と、孔雀の羽のような大きなうちわで扇ぐ美女たち。まるで古代エジプトの女王のようであった。
千妃に内定していると言っても過言ではない彼女である。その噂は徐々に広がり、一部の耳ざとい者がレヴィアへと媚び始めた。そしてこのあいだ群衆の中で行われた「君を守りたい」発言。噂は事実として一気に広がり、女たちは我先にレヴィアへと媚びへつらったのだ。結果、玉座が出来上がった。
「クックックック……。ハッハッハッハッハ……! ハァーッハッハッハッハ!!」
心底嬉しそうに三段笑いをするレヴィア。彼女は楽しくてたまらなかった。
自分は何もやってないのに、旦那の権力を利用してふんぞり返る。正確にはまだ旦那ではなく旦那候補であるが、それはまあいい。とにかく、彼女の夢に非常に近い状態であった。
(最高。最っ高。何て素晴らしいんだ。捕まってよかったー)
こんな素晴らしさは前世でも味わったことが無い。やはり他人の権力を利用しているという不当な感じが良いのだろう。
脱税、談合、接待、インサイダー取引……ありとあらゆる悪事を『やってみたい』というしょーもない理由でやってきた新之助。あれはあれで面白かったが、今回の充足感に比べれば屁みたいなものだ。
(けど、ちょっと残念だな。女に囲まれるのは男の時が良かった。せっかくのハーレム状態なのに、その辺は全然嬉しくねーもんな)
周囲にいる美女をちらりと一瞥。男の時ならケツくらいは揉んでいただろう。しかし今となっては、「うん、尻だね」くらいにしか思わない。そうなっている事がちょっと勿体ない気もする。
まあ似たような状態は前世にて経験済みなのだが、婚活女子しかいないハーレムなど楽しくもなんともなかった。しかしここには『あわよくば結婚』なんて考える輩はいない。非常に気楽だ。責任の全てはロムルスがおっかぶってくれる。
(いや、まだまだこれは第一段階にすぎねぇ。旦那の金を浪費して旦那を虐待しなきゃ。俺が満たされるにつれて日に日に弱っていくロムルス……最高じゃねーか)
クックック……と悪だくみをするような笑みを見せるレヴィア。実際は悪だくみではなく、これからの幸せな日々が思い浮かんでいるだけだ。
『あーあ、国庫が空になっちまった』
『仕方ない。外征行って稼いできて』
『一国滅ぼしたくらいで満足してんじゃねーよ。俺に捧げるなら全世界だろーが。死ぬまで戦ってこい』
まあ悪い事ではあるのだが。頭の中はものすごくロクでもない光景ばかり。因みにロムルスには最終的に戦死してもらう予定である。旦那の残した財産を全て奪い、いつまでも楽しく幸せに暮らすのだ。
あまりに楽しすぎるこの状況。故に、本来の目的――純花の為という事をちょっとばかり……いや、大分忘れつつあるレヴィアであった。
「姉御! 姉御!」
「ちっ、来やがったのか。今日は早ぇーな」
ふと、玉座の間に駆け込んできたレナを見て現実に引き戻される。レヴィアはとても嫌そうな顔で舌打ちした。レナには階段を見張らせており、ロムルスが来れば報告するように申し付けているのだ。
まだ結婚前なので演技がバレるのはマズい。告げ口されてもロムルスは信じないだろうが、流石に自分の目で目撃すれば別だろう。故にレヴィアは「旦那元気で留守がいい」なんて考えながら大人しめの服に着替えようとする。加えて玉座の間も元に戻さなければいけないので、毎日大変なのだ。主に下僕たちが。
「ち、違うっす! 王子が、王子が都を離れちゃったらしいんすよ! 魔王の異形を退治するとかで!」
「へっ?」
が、違うらしい。ロムルスが来たのではなく出て行ったと言う。
「まずいっすよ姉御。この間から誰かが仕掛けて来てるのは間違いないっす。最近は無いっすけど、王子がいなくなればまた何かしてくるかも……」
きょろきょろと辺りを警戒するレナ。既に何か仕掛けて来てもおかしくないからだ。
が、レヴィアが余裕を崩す事はない。
「大丈夫大丈夫。もうロムルスは俺にゾッコン。ここから出来る手なんて暗殺か追放くらい。暗殺はどうにかなるし、追放はむしろ利用できる」
自身の強さをそこそこ程度だと思っている彼女だが、危機に対するカンのようなものには自信がある。事実、敵の存在には誰よりも早く気付くし、脅威に対してどう動くべきかも何となく分かる。勝てなくても逃げるだけならどうとでもなるのだ。
追放に関しては言うまでもない。勝手にロムルスが追いかけてくる。その後、追放を仕掛けたヤツを突き止めて処罰させればいい。
「っつー訳でレナ。見張りはもういいぞ。ロムルスがいねーんなら意味ねーし」
「えっ。け、けど……」
「テメーは真っ先に俺に従ったからな。いい目みせてやる。おうテメーら、アレを見せてやれ」
レヴィアの言葉に従い、しもべの女たちが隠し扉を開く。そこからあふれる眩い光。レナは「まぶしっ」と目を守った。
徐々に視界が戻り、扉の中を見ようとする彼女。その視線の先で輝いていたものは――
「あ、姉御、これは……」
「ふふふ、驚いたか。
――特注の財宝風呂だ」
趣味の悪い金ピカの浴槽。六畳くらいの広さで、その中には金銀財宝が所せましと詰め込まれていた。全部レヴィアへの貢物である。
ごくりと唾を飲むレナ。彼女に対しレヴィアはニヤリする。
「このうちのいくらかはテメーのものだ。何なら今持って行ってもいい。けどその前に……いいんだぜ? 飛び込んでもよ」
「……うっひょー!」
それを聞いたレナは財宝風呂にダイブ。金属が刺さって大分痛かったようだが、それ以上の喜びが彼女を包んでいるようだ。ダメージを全く気にしておらず、だらしない笑顔でよだれを垂らしつつじゃぶじゃぶしている。それを見たレヴィアはうんうんと頷く。最初は自分も同じようになったからだ。
水を入れない浴槽を造るという無駄遣いこの上ない行為。さらに財宝同士がぶつかってその価値を減らす。自分の金だったら勿体なさすぎて絶対やらない行為だ。それもこれも他人のサイフから出たものだからこそ出来る事である。
他人の金と権力を使う。やはりこれ以上に素晴らしい贅沢は無い。レヴィアはそう思い、再び高笑いを響かせるのであった。




