078. 第十后は悪役令嬢?
「おせーな」
待ち合わせ場所である屋上庭園。ベンチに座ったレヴィアは一人待ちぼうけていた。
(まさかブッチしやがったのか? せっかく弁当持ってきたのに。まあ作ったのはステラだけど)
膝の上のランチセットに目をやる。しばらくはメイドがランチを用意していたのだが、途中から弁当を持ってくるようにしたのだ。家庭的な事をアピールする為に。王の妻にそんなものは求められないだろうが、女の手料理が嬉しくない訳がない。元男である彼女はそのことをよーく理解している。
(ついでに手料理を食うのが普通になれば毒を仕込みやすいからな。離婚が難しそうな時の為に今から仕込みを入れておかねば)
加えてロクでもない目的も含まれていた。
いくら最強の一角とて毒には勝てまい。いや、ロムルスほどの実力者なら魔力による自己治癒もハンパないので命は無事かもしれない。が、隙は出来る。その隙に遺物を盗んでトンズラすればいい。
そんな物騒な事を考えながら待ちぼうけるレヴィア。彼女のお腹がぐうーっと鳴る。先に食べてしまおうかとも考えたが、ここは待つべきだろう。健気な女をアピールする為に。事実、前世においてアリスがそうしてくれた時は彼女の尽くしっぷりに恐縮したものだ。流石に悪いので次からは先に食べるようお願いしたが。
「ふう……」
うつむき、ため息をつくレヴィア。
これが意中の女を待つとかならワクワクもするだろうが、相手は男。基本的にはメンドクサイし気持ち悪い。純花の為なんて理由がなければソッコーで帰っていただろう。友人との待ち合わせでもメシくらいはおごらせる。
レヴィアは待った。待ち続けた。腹減ったー。超退屈。いつまで待とうか。二時くらいまで? いや、待つ時間が長ければ長いほど効果あるよな。待つなら待つで寝っ転がりたい。いやいやキッチリ座って待つ方が間違いなくいいはず。そんな事を考えながら。
「ロムルス様なら来ませんわよ」
ふと、知らない声が聞こえた。
顔を上げれば、やはり知らない人物。金髪ドリルという髪型の、育ちのよさそうな令嬢。顔はそれなりに整っているが、その吊り上がった目からは性格のキツさが見て取れる。
(誰だコイツ?)
花嫁候補にこんな女いたか? いや、いなかったはず。貴族令嬢はそこまで多くないので全員覚えているが、こんな女は記憶にない。
そんな風に考察しながらもレヴィアは演技を開始。おどおどとしつつも「あ、あの……?」と気弱そうな声を出した。すると女はキツい表情のまま言う。
「わたくしの名はルシア・ヴィペール。ロムルス様の第十妃を務めております。レヴィア様でよろしかったかしら?」
「え……? は、はい」
「そう。貴女が……」
じろじろと値踏みするように見てくるルシアという女。レヴィアは不審げに思いながらも考えを巡らせ……。
(あっ。第十妃。レナが言ってたヤツか。……ふーん、まあまあの美人だが、所詮は地に潜る事しかできないドリル。ロボットでいえば二号。どんだけ地面を響かせようが……フッ、天までは聞こえねーな)
内心で小ばかにするレヴィア。
恐らくは自分をイジメに来たのだろうが、所詮は自分より下の者がぎゃーぎゃー吠えてるだけ。争いとは同レベルの者同士でしか発生しない。頂点である自分が気にする事ではないのだ。
そう考えながらもレヴィアは弱気演技を続ける。相手も考え事をしているらしく、無言状態が続く。
しばらくし、ルシアがゆっくりと頷いた。
「成程。確かにお美しい方。ロムルス様が気にかけるのも理解できるというものです」
(……お?)
その言葉にレヴィアは気をよくする。何だ。分かってるじゃん。まあ分からない方がおかしいよね。
「ですが王子の妃としては失格ですわ。アナタ、自分が何をしているか分かっています?」
(……あ?)
キッと睨んでくるルシア。その言葉にレヴィアは気を悪くする。何言ってんだコイツ。俺ほど王という文字が似合う女はおるまいに。……ドリル音はしっかり天まで届いているようだ。
「アナタが来てからロムルス様は政務に身が入っていません。少し考えれば分かるでしょう? 毎日のようにここに来られるという事は、毎日仕事を放り出しているという事。諫めないでどうします」
気弱演技を続けるレヴィアに対し、くどくどと説教をしてくる。
内容はもっともな事だったが、別に仕事を放りだそうがレヴィアには関係ない。自分が離婚するときまでもってくれればいいのだから。説教される言われはたくさんあるが、どうでもいい事である。
そんな傾国上等な内心を知らない目の前の女。彼女は王族の心得うんたらを語り続ける。レヴィアを有望株と判断し、今から教育しようとしているのだろう。
しかしそんなものには全く興味がないレヴィアである。あまりの退屈さにあくびが出そうになる。これで腹が減ってなければ眠っていたかもしれない。つーか腹減った。ロムルスはまだか。
「……という事が王族の務めであり、国を栄えさせる為の……」
「あ、あの! それよりロムルス様は……」
「言ったでしょう。ロムルス様は来ません。政務に励まれております」
何だ、来ないのか。レヴィアは思わずイラッとする。せっかく二人分の弁当を作らせたというのに。
仕方ない。一個はレナにでもあげよう。別に二人分くらい食えるが、黄金比スタイルを維持する為にはそれなりの節制が必要なのだ。
とにかく、ロムルスが来ない以上、一刻も早くランチに入りたいレヴィアである。しかしルシアの説教は止まらず、いつまで経ってもご飯を食べられない。食べながら聞こうかとも思ったが、口うるさい説教を聞きながらだとメシがまずくなりそうだ。空腹と面倒臭さが合いまり、彼女は次第に苛立ちを強め……
「チッ。うるせぇな……」
「!?」
「あっ」
思わず口に出してしまった言葉。やべっと思い口をふさぐも、時すでに遅し。ルシアは信じられないという目でこちらを見ていた。
「あ、貴女……」
「い、いえ、違いますのよ。うるさいではなくウルセーナ、ヴェスペリオ帝国ウルセーナ地方の事ですわ。ほら、アナタが言ってる事がウルセーナ領主が言った事とソックリ……」
あたふたと言い訳をするレヴィア。しかし文学少女ではなくお嬢様演技が出てしまった。文学少女は慣れてないので、ついつい慣れてる方の演技をしてしまったのだ。
「貴女、雰囲気が……。もしかして……」
「い、いえ、違います……。ほら、わたくし文学少女じゃないですか……。思わずこの本のキャラになりきってしまって……」
隣に置いていた本を手に取り、ルシアへとアピール。しかしルシアはさらに不審げな目になる。
(やべぇ。ロムルスに告げ口されてはかなわん。どうにか誤魔化せねば……)
滝のような汗を流すレヴィア。無論、心の中でだ。顔や体に出そうなのは気合で止めている。化粧落ちやデオドランドに気を遣う女子としては必須の技能だ。
どうする。どう誤魔化せばいい。レヴィアが焦りまくっていると……。
「レヴィア! すまん、遅れた……ってルシア!?」
「ロムルス様!?」
そんな修羅場の中、階段の方からロムルスが走ってきた。どうやら政務をぶっちぎって来たらしい。目の前の二人はお互いに驚いた目をしている。
(チャンス!)
レヴィアはすかさずロムルスの方へ走り、彼の背中に隠れた。
「た、助けてください……! この人、すごく怖くて……!」
「何ッ!」
そして顔を青くし、ぶるぶると体を震わせる演技を始める。その演技を真に受けたらしく、ロムルスはキリッと恰好つけつつもルシアの方を見た。男の保護欲を上手く刺激できたらしい。
が、ルシアが焦った様子はない。
「違います。わたくしは妃としての心構えを教えていただけ。それよりもロムルス様、政務はどうしたのです」
「え、えーと」
「まさかまた……!? あれほど言ったのに……! ロムルス様、その女は……」
ルシアは驚きに目を見開き、次にレヴィアをにらみつけた。
まずい。正体がバラされる。これまでの苦労が水の泡になってしまう。それを恐れたレヴィアはすかさず言う。
「ごめんなさいロムルス様。まさか私が邪魔になっていたなんて……」
「何ッ!? ち、違う! 私は邪魔など……」
「身分をわきまえるべきでした……。そうですよね。金も権力も持ってない下賤で卑しく小汚い平民が、王子様と釣り合うはずなんてありません。この人の言う通りです……」
「なっ! ル、ルシア、流石にそれは……」
その言葉を聞き、ロムルスは驚いた表情でルシアを見る。あまりにもひどい侮辱。まるで悪役令嬢が言うような言葉だった。何なら超えているかもしれない。
もちろんそんな事は一言も言ってないので、ルシアは首を横に振った。貴族出身なだけあって虚言や捏造には慣れているのだろう。そしてそれに対する対処法も。彼女は冷静な雰囲気なままに言う。
「違います。わたくしはそんな事一言も……ッ!」
が、途中で目をくわっと開いて怒った。ロムルスの背後。口元をゆがめたレヴィアが「ばーか」と口を動かしたからだ。もちろん動かしただけなので声には出していない。
ルシアの変化にロムルスは不思議な顔をし、後ろを振り向く。しかしそこには可憐で悲しそうな女がいるだけ。
あまりにも早い切り替え。底意地の悪いヒロインが完全に板についているレヴィアであった。
その全てを見ていたルシアは目元をひくつかせる。
「あ、あなたねぇ……!」
「ひっ……!」
ロムルスの背中にすがりつつ、ぶるぶると震え始めるレヴィア。はたから見るには完全にいじめっ子といじめられっ子の二人だった。もとより英雄殿で(一応)イジメられていたレヴィアである。その姿に違和感を感じる事は難しいだろう。
「待てルシア。今のはお前が悪いだろう。レヴィアに謝るんだ」
「ロムルス様……!?」
「確かにレヴィアは平民だが、今は私の妃候補だ。そもそも平民相手だとしても流石に口がすぎる」
ロムルスはキリッとしながらルシアを咎めた。ガッツリ騙されているようだ。意中の女にいいところを見せようとしているらしく、いつも押されっぱなしのルシアへ言い返した。
その彼にルシアは驚きつつも弁明。
「ロ、ロムルス様! わたくしはそんな事一言も言っておりません! その女の嘘です!」
「嘘、か。私にはそうは見えぬがな」
「ロムルス様は騙されているのです! 今のその女の態度は演技! 本当は……!」
「あ、あの!」
途中、レヴィアが会話を断ち切るように叫んだ。何だろうと振り向くロムルスと、怒りをたたえてこちらを睨むルシア。
「お、お二人の邪魔をするつもりはないんです……。馬鹿な夢を見ていた私が悪かったんです……。し、失礼します……!」
「レ、レヴィア!」
辛そうな表情で走り去るレヴィア。その目元からはほんの少しの涙がこぼれていた。
ロムルスは驚きつつも彼女を止めようとする。が、その足は相変わらず早く、引き留める事は叶わなかった。
演技力:S
忍耐力:E




