075. 二度目の出会い
次の日。純花たちがヴィペルシュタットを発ち、遺跡への道を歩んでいる頃。
王宮にて、早々と仕事を終えたロムルス。彼は足早に星の宮へと向かっていた。
まだ少しだけ仕事は残っているが、明日に回しても問題ない分量。それよりもレヴィアの事が気になる。
昨日言った「レヴィアを調べる」というのはタテマエ。気になる、会いたいという気持ちが強い。彼女と会い、仲を深める……それこそが今のロムルスの最優先事項であった。
星の宮へと到着すると、他の女には目もくれず三階へと昇り、彼女を探す。運がいいことに、レヴィアのところへ行くと雑談している三人組を発見。案内するよう願う。すると彼女らは快く承諾した。
イレーヌという純朴そうな少女、ステラというエロそうな人妻、レナという活発そうな女の三人。どうやらレヴィアの友人らしい。
「レヴィアちゃん、とってもいい子なんですよ。知らない場所で戸惑っている私を気遣ってくれて、お友達になってくれて」
「その知識にも驚かされるわよね。年下なのに、私よりもずっと頭がいいわ」
「レヴィアには色々と世話になってるし、幸せになってほしいよなぁ」
道すがらレヴィアについて問うたところ、三人は手放しに誉めた。本人の自慢はアテにならないが、他人からの評判は実際にそのようなふるまいをしたという事。ロムルスはレヴィアの評価をさらに上げる。人妻がブチ切れたような目で見てくるのは少し気になるが。
しばし歩き、案内された先は昨日と同じ場所だった。
屋上の庭園。相変わらず人気はないが、恐らくは少し奥――昨日出会った場所にいるのだろう。そう予想したロムルスは三人と別れ、己一人で庭園へと踏み出す。
そしてその予想は正しく……
(――美しい)
木の根元に座り、書物を読んでいる少女。風で揺れる髪をかき上げる姿は、まるで一枚の絵画のよう。
しばし見惚れていたロムルスだが、はっと正気を取り戻す。その美を汚すのを恐れるようにゆっくりと近づくが、レヴィアが気づいた様子はない。本に集中しているようだ。
何と声をかけようか。まるで初心な少年のように二の足を踏むロムルス。幼き頃以来、彼がこんな姿を見せたことはない。少々情けなく思いながらも考え続け、結果として行ったのは「ゴホン!」と咳き込むという気の利かなすぎる行動。
「あっ」
「や、やあ」
「ええと……。あっ、き、昨日の……!」
こちらに気づいたレヴィアに対し、ぎこちない笑みを浮かべながら声をかける。すると彼女はバッと立ち上がり、こちらへ頭を下げてきた。
「あの、ありがとうございました。昨日はごめんなさい。助けて頂いたのにお礼もせず……」
「あ、ああ。いや、いいんだ」
「いきなり男の人がいたからびっくりして……。本当にありがとうございました」
ぺこぺこと何度も頭を下げられる。予想通り男慣れしていないようだ。
他人の手垢のついていない純粋な少女。ロムルスはその事実に内心小躍りする。別に処女にこだわるような心は持っていないが、ハジメテに越したことはない。
「ええと、私、レヴィア・グランと申します。あの、王子さまは庭園に用があるんですよね……? お邪魔でしょうから、これで失礼します」
「あっ、い、いや、違うんだ。ここに用があるのではなく、君に会いにきたんだ」
「えっ……?」
意味が分からないという顔をするレヴィア。しかしすぐに言葉の意図を察したようで、顔が真っ赤になった。
「え、えっと、あの、その……」
「良ければ話さないか。君の事がもっと知りたい」
ここにきて少しだけ調子を取り戻したロムルス。隣に座り、会話したいという意思を示す。恥ずかしがるレヴィアだが、恩人に対しもう一度逃げるような真似はできなかったらしく、彼女もその場に座る。
そこから始まったのは取り留めのない会話。女性経験が多いロムルスである。話すと決めれば会話することは容易だ。まずは天気やここに来てからの暮らしぶりなど、取り留めのない話題を選ぶ。
暫く話し込み、ロムルスはもう少し踏み込んでも良かろうと判断。個人的な事を聞こうとし……彼女が持っていた本に目を留めた。
「ところで一体何の本を読んでいたんだ? ずいぶん熱中していたようだが……」
「あっ。え、ええと……」
恥ずかしそうに下を向き、ぎゅっと本を抱きしめて表紙を隠すレヴィア。それを見たロムルスは一瞬「失敗したか!?」と焦るも、理由はすぐに判明。
「ん? もしかしてミス・タイラの小説か?」
「は、はい……」
一瞬見えた作者名に見覚えがあったロムルス。彼の言葉にレヴィアは恥ずかしそうにうつむいたまま答えた。
ミス・タイラ。主に恋愛小説を書く有名作家である。繊細な感情表現を得意とし、そのじれじれっぷりなストーリーは女性読者の心をつかんで離さない。
(成程。こういう本だから恥ずかしかったのか。特に私は男だしな)
ロムルスは納得した。ただの小説なら照れる理由は無いが、恋愛ものならそうなるのも分かる。思春期ならば特に恥ずかしく思うだろう。
その初々しさに微笑ましくなり、思わずくすりと笑みがこぼれる。レヴィアの顔がさらに赤くなった。
「おっと。すまんすまん。悪気があった訳ではないのだ。それに、私も読んだことがあるぞ。ミス・タイラの作品は」
「ロムルス様も、ですか?」
「ああ」
びっくりとした様子でこちらを見るレヴィア。まさか男が、しかも王子が女性向けの小説を読むとは思わなかったのだろう。基本的に乱読家……というより新たなシチュエーション探しには余念のないロムルスなので、城のメイドが噂していたのを聞き、読んでみたのだ。
その内容は純愛かつ乙女チック全開。女の理想がこれ以上なく詰められていた。男のロムルスからすれば「こんな男いねーよ」という感想を抱いたのを覚えている。正直、同じ女性向けならアダルティな描写が多いミスターミナモトの小説の方が好みだ。
とはいえ、そんな素直な感想を言うほど彼は子供ではない。ロムルスは「素晴らしい物語だった」「キャラが生き生きしていたな」「ヒーローの恰好良さは男として見習うものがある」などと小説の内容を誉めに褒めまくる。好きなものを誉められて喜ばぬ者はいない。そう考えたのだ。
が、予想に反しレヴィアは顔を引きつらせていた。一体何故……と思ったところで彼女はぱあっと表情を喜びに変化させ、「ですよね! すごく素敵なお話ばかりなんです!」と言う。その花咲くような笑顔にロムルスは思わず見惚れてしまう。
(う、美しい……。黙っている姿も良いが、生き生きとした姿もまた……)
もはや千人目の嫁は決まってしまった。いや、千妃にふさわしいかは分からないので千一人目かもしれないが、そこはいい。とにかく彼女を手放すという選択は絶対に無い。
そう考えている間もレヴィアは嬉しそうに小説の感想を語り続けている。しかしその勢いはすぐ止まり、何かを思い出すように上を向いた。「えーと、ネイはあと何て……」と小声で呟きながら。ネイという登場人物はいなかったはずだが……。
「ええと、それで……あっ! ご、ごめんなさい。私ばっかり話して……」
しかし途中で思い出すのをやめたようで、こちらに謝罪してくる。自分ばかり喋っていたのを気にしたようだ。
ロムルスはくすりと笑い、すかさず彼女をフォロー。
「ああ、いいんだ。君の話が聞きたいからな。もっと聞かせてくれ」
「け、けど……。あっ! ええと、お友達と約束してるんでした! それじゃ、私はこれで……」
ちょっぴり焦ったような感じで立ち上がり、逃げるように立ち去るレヴィア。いきなりの逃亡にロムルスは「えっ」と戸惑う。
引き留めようと手を伸ばすも、意外にその足は速く、そうする事は叶わなかった。




