074. 純花の疑問
一方、同じヴィペルシュタット内にあるウッド家。
純花は窓際の椅子に座り、ぼーっと英雄殿の方を眺めていた。
遺跡に関する情報は手に入った。明日からは仲間二人と共に調査に赴く予定である。しかし、今の純花にはそれよりも気になる事があった。
「レヴィアが心配?」
後ろからかけられた声。振り向けば、そこには可愛らしいパジャマ姿のリズ。ヘンリーたちに女である事は既に明かしたので、この家で男装する必要はもうないのだ。もっとも、明かす前から就寝時は気楽な姿をしていたのだが。
「別に……いや、心配なのかな。よくわかんないけど」
「そっか」
純花の返事にリズはくすりと笑い、そばにあるベッドへと腰かける。そのさらに向こう側のベッドでは、寝っ転がって本を読むネイの姿。何やら「むふふ」と不気味な笑顔を浮かべながら読書をしており、話しかけるのは少々ためらわれる。お気に入り作家の新刊が出たらしい。
「大丈夫よ。レヴィアもそうそう体なんて許さないわ。のらりくらりとかわすに違いないし、いざとなったらヤッたフリをすると思う。事前に睡眠薬か何か仕込んで」
安心させるような声でリズは言った。その言葉に「う、うん」と微妙な感じで返事をする純花。そういう意味での心配もしてなくはないが、リズ程ではない。「男にヤられたレヴィアは死んだも同然」なんて態度のリズよりは。
ふと、思う。リズならレヴィアに詳しいのではないかと。リズとレヴィアは二年くらい前からパーティを組んでいたらしいと少し前に聞いた。彼女ならば疑問に答えられるかもしれない。
「ねえリズ。レヴィアってさ、何で私に協力してくれてるのかな?」
かねてよりの疑問を純花は呈す。その言葉にぴたっと静止するリズ。
「『自分も帰りたいから』って言ってたけど、何か自分よりも私優先っぽいんだよね。何でなんだろって思って」
純花は首をかしげながら考える。
これまでの様子を見るに、レヴィアに優しさはあんまり無い。優しいフリはするが、基本的に自分勝手。他人を思いやる事はしない人物だ。なのに自分には最初から優しかった。
これがリズやネイなら分かる。レヴィアは身内にはそこそこ優しい。危険に巻き込まれてもちょっと怒るだけだったし、仲間の力になろうともする。ただ、それを自分に向ける理由が分からない。出会ったばかりの自分に。
純花の質問を受けたリズはしばらく静止していたが、そのうち「え、えーと」と悩む様子を見せる。
「あ、ああ見えて結構親切なところがあるの……ってのは無理があるわよね。そ、そうねぇ、純花は勇者だからお金になる……違う違う。えーと、うーんと」
頑張って答えを出そうとしてくれているようだが、彼女にも分からないらしい。
純花は腕を組んで考え続ける。
「あと、レヴィアってどこかで会った事ある気がするんだよね。流石に気のせいだろうけど…………いや、もしかしてレヴィアも日本から来たとか? 私みたいに召喚されて」
おしい! リズはそんな顔をした。しかしそう見えただけのようで、首をフルフル振って否定してくる。
「ざ、残念ながら違うわ。レヴィアの故郷はグランレーヴェってとこ。場所的には東帝国の……あそこね」
ちょうど部屋に飾ってあった世界地図。リズはその一部を指さした。
地図にある大陸は西大陸、東大陸、北大陸の三つ。西大陸と東大陸は海で分断されているが、北部だけは非常に近い。リズが指差すのはその東側の部分だ。西大陸をユーラシア大陸とすれば、アラスカ的な場所がグランレーヴェらしい。
因みにこの地図はあくまで人間が踏破できた部分のみが描かれており、魔王がいるという北の果ては何も描かれていない。
「あれ?」
そこで純花は気づく。
グランレーヴェの反対側、西大陸側にある国はシュキーア。その南はセントファウス。さらにその南は今いるヴィペール。グランレーヴェは決して遠くない。距離的はセントファウスからヴィペールまでの二、三倍くらい。レヴィアならすぐにたどり着くことができるだろう。
「帰れるじゃん。遺物なんて使わなくてもすぐに」
「えっ?」
「この間レヴィアが言ってたんだよね。帰る為に遺物が必要で、その場所は歩いて帰れるような場所じゃないって。そりゃ海があるから歩いては無理だろうけど、船があればすぐでしょ」
もしかしてあれは嘘だったのだろうか。別に目的があり、その目的を隠す為に嘘をついたとか。純花はそう考えた。
そしてその言葉を受けたリズは「そういう事言ってたんならちゃんと言っときなさいよ……!」とちょっぴり怒っている様子。しかしその怒りはすぐに霧散したようで、呆れたようにため息を吐く。
「ハァー……。まあいいわ。けど、帰れないのは本当よ。レヴィア、指名手配されてるから」
「え?」
指名手配。予想外に物騒な単語が出てきた。
目が点になった純花に対し、リズは何でもないように言う。
「簡単に言えばお家騒動の元になったのよね。現当主と次期当主を争わせて漁夫の利を得ようとしたって言ってたけど……」
ま、要はいつもの“やらかし”ね、なんて肩をすくめる彼女。本気で何とも思ってない様子である。割とものすごい事だと思うのだが。事実、純花はその衝撃に目を見開いていた。慣れた彼女らと違い、今のところ純花は大したやらかしを見ていない。とても一般的な反応であった。
「それを考えると今回もちょっと不安……いえ、大丈夫なはず。今回は目的が違うもの。いつもと違って金目当てじゃないんだから」
「それはどうだろうな」
リズが独白するように語っていると、ネイが割り込んできた。寝そべりながらこちらを見ており、不気味な笑顔は既に無い。小説を読み終えたらしい。
「正直私には失敗するとしか思えん。レヴィアだぞ? あのレヴィアが一か月ものあいだ大人しくできると思うか?」
「それは……」
「この間のペンドランなんて一日どころか三時間くらいだろう? その前は三十分、その前は五分。さらにその前は頑張って半日持たせたな。私の知る最長記録でも三日持った事はないぞ」
指折り数えながら過去を思い出しているネイ。その言葉に反論したそうなリズであったが、ぐうの音も出ない模様。
「ま、結局はアレだな。いつまで我慢して猫かぶっていられるか。それに尽きる」
そう言った後、ネイはふああとあくびをした。ごそごそと布団にもぐり、「明日は遺跡なんだから、お前たちも寝た方がいいぞ」と告げて眠りにつく。
再び英雄殿の方を眺める純花。ここから英雄殿の中は見えないが、特に不穏な感じではなかった。争いが起こればマナがざわつく。ここ数日の間に純花はその事を理解していた。
(今更心配しても仕方ないか。せめて何かあったときは助けに行こう)
ネイの言葉に従い、ベッドの中に入る。遺跡には魔物のみならず、この間のような巨大ロボットも出るかもしれないのだ。特に脅威には感じなかったが、それでも寝不足なんて事態は避けるべきだろう。
リズも同様に思ったようで、「もう。友達甲斐が無いんだから。レヴィアだって頑張ってるのに」と不満そうにしながらもベッドにもぐっている。
純花は知らなかった。近くならまだしも遠い場所のマナを感じ取るなど、普通は出来ない事を。あまりにも自然に感じ取れるようになった為、誰にでもできると勘違いしていたのだ。マナを扱う魔法使いとて、無意識に遠くでの争いなど感知できないというのに。
木原純花。類まれなる身体能力を持つ彼女は、徐々にその資質を目覚めさせていた――
 




