073. 身上調査
「よし、これでロムルスは俺の事が気になってしまうはずだ」
ロムルスから逃げたレヴィアはニヤリと笑う。
自らが助けた少女。当然、好感を抱くはず。なのに逃げ出してしまった。
一体何故。ロムルスは理由を考えるだろう。そして「気になるけど恥ずかしい」というピュアな乙女心に気づき、その奥ゆかしさにメロメロとなるに違いない。夢中となるはずだ。
腕を組み、うんうんと頷きながら歩くレヴィア。その時、向こうからレナが走ってきた。
「あ、姉……じゃない、レヴィア! 今ロムルスが来てるらしいぞ!」
「おせーよ。もう会ったわ」
「えっ! じ、じゃあ作戦は……」
元々考えていた作戦が不可能になった。つまり作戦失敗。レナはそう判断したようで、顔を曇らせる。しかしそれは杞憂というもの。
「心配すんな。上手くいったからさ」
「えっ。マジで?」
「アドリブで何とかしたわ。今頃ロムルスは俺の事が気になって仕方ないだろーよ」
レナに対し、屋上で起こった出来事を話す。それを聞いたレナは「お、おおお。流石レヴィア」と尊敬のまなざしを送ってくる。レヴィアは機嫌よくフフンと鼻を鳴らした。
因みに本来の作戦では、レナ、ステラ、イレーヌの三名を助演としたドラマチックな出会いを演出する予定であった。しかしタイミングが悪いことに、レナの部下の暴走により不可能となってしまった。レヴィアは「ちょっと弱気すぎたかな? いいカモと思われたのかもしれん」と少しだけ反省。だがその出来事をも利用するのがレヴィアという女である。
やった事としてはシンプルだ。気弱な女を演じ、イジメを助けさせる。そして若干の好意を感じさせつつも逃げる。この“若干”というのがミソだ。
(いきなり好き好きオーラを出したんじゃその辺にいる女と変わらないからな。じれじれと近づく甘酸っぱい男女関係を演出せねば。出来ればドラマティックに)
自分の魅力があれば何もせずとも問題なかろうが、念には念を入れる必要がある。失敗は許されないのだ。ロムルスをメロメロにし、遺物をブン取らなければならない。純花の為に。
「さて、今回はアドリブだったけど、次からはテメーらにも協力してもらうぞ。いいな?」
「わ、わかった。それとレヴィア、演技演技」
「おっと。いかんいかん。文学少女はイマイチ慣れねーんだよな……」
* * *
夜。
英雄殿の中に数多くあるロムルスの寝室の一つ。
ほぼ毎晩女たちとくんずほぐれつをする彼であるが、イマイチ今日はヤる気にならない。椅子に座り、一人きりでぼーっと月を眺めている。
思い出すのは桃色の髪の少女。類まれなる美を持つ存在。
(あまりにも美しかった。あれほど美しい女は見たことがない。性格も私好みだ)
恐らくは三歩下がって歩くタイプだ。ロムルスはそう予想した。そしてそれは自分にとって非常に好ましい。
加えて彼女が逃げ出した理由も察しがつく。
(恐らく恥ずかしかったのだろうな。あまり男慣れしていないのだろう。好意を感じつつもどうすればいいかわからない……フフフ、可愛らしい事だ)
思わず破顔してしまう。さっきのシチュエーションは抜群だった。肉食系の女ならここぞとばかりに自分をアピールしてくるところなのに、あの反応。とても愛らしい。
(だが、問題は能力だな。美しさも立派な能力だが、それだけでは困る。そして恐らく戦闘能力は低い。ならば頭の出来となるが……ん?)
コンコン、と扉をノックする音が聞こえた。こんな夜更けに誰だろう。そう考えたロムルスだが、すぐに心当たりに気づき入室を許可する。彼の予想通り、来訪者はロムルスを補佐する女文官――容姿はあまり好みではないが、優秀な者――だった。
「よく来た。で、どうだった?」
すぐさま問いかけるロムルス。彼に対し、文官は頭を下げつつも語る。
「はい。調査を命じられた女についてですが、名前はレヴィア・グラン。最近星の宮に連れてこられた女です」
「レヴィア。レヴィアというのか。美しい名だ……」
その名前に一瞬「聞いたことあるような?」と思うも、すぐに気のせいだと片づけ、報告を聞き続ける。
「出身はユークト王国。父母が亡くなったらしく、親戚を頼ってこの国に来たのだとか」
「そうなのか。労しい事だ。ここまでの道中も大変だっただろうな」
「いえ。同室の女によると相当に強いという話ですので。魔物をひとひねりする位に」
「何?」
あの虫も殺さぬような雰囲気の少女が? ロムルスはその情報に驚く。
「死んだ父に鍛えられたという話です。戦っている現場を見たわけではないのでどの程度なのかは分かりませんが。ただ、暴力はあまり好まないらしく……」
これは朗報だった。美に加え、武に優れるのであれば王母として十分な資質だ。同じ王族でも、やはり見目麗しいほうが支持されやすいのだから。
「さらに難しい書物を難なく読みこなしているようで。頭の出来もかなりのものかと」
「少々弱気な性格ですが、芯はあるようです。多少のいじめ程度ではケロッとしています」
「加えてあの美貌。いくつか悪評のようなものも聞きましたが、恐らくは嫉妬によるものでしょう。これについては調査途中ですが……」
さらに続く女文官の言葉。聞けば聞くほど良物件であった。ロムルスの笑みを深め、うんうんとうなづく。
(力、知恵、容姿。まさか全てそろえた女がいるとは……! おまけに性格まで私好み。正に千人目の妃にふさわしい! まあ能力不足なら千一人目の嫁にするだけだが)
一応、千人で打ち止めという事になっているが、一人くらいはよかろうと彼は考えていた。ルシアに怒られるので出来れば避けたいが、あの少女を手に入れる為ならちょっとくらいは仕方ない。しかしその懸念も払拭された。
「ただ……」
「うん?」
文官が少々眉をひそめている。一体何だろうと疑問に思いながら耳を傾けると……
「王都への入管歴が存在しません。調査したところ、どうやら男装して入国したようです。桃色の髪のイケメ……失礼、レヴィア様と似た容姿の男が数日前入国したようでして。桃色の髪に桃色の瞳などそうそうおりませんから、恐らくは彼女でしょう」
何だ、そんな事か。ロムルスは小さくため息を吐いた。相手は奥手な少女なのだ。千妃祭を避けるためにそうしたのだろう。偽りの申告をしたというのはよろしくないが、理由を考えれば大した事ではない。
「成程。ご苦労だった。後は引き続き私が調べよう」
「お、王子自らですか? 私共に任せて頂ければ……」
ロムルスの言葉に困惑したような顔をする女文官。その彼女に対しククッと笑う。
「どうせ大した情報は出てこないだろう。外国人ならば特に。ならば本人から聞くのが一番だ。という訳で明日から私は忙しい。午前中はいいが、午後の予定はすべてキャンセルだ」
「お、王子!?」
ロムルスに任せられている公務は多い。特に軍務に関しては多大な権限がある為、彼がいなくては進まない仕事も多々ある。それを懸念した文官は「ど、どうか私どもにお任せを! 王子の手を煩わせるわけには……!」と焦る様子を見せた。が、彼が意見を翻すことはなかった。




