072. ボーイ・ミーツ・ガール?
「全く、ルシアにも困ったものだ」
政務を終え、帰路につきながらもロムルスはぼやく。彼女はイマイチ事の重大さが分かっていないのだ。王族にとって、優秀な跡継ぎを残す事ほど重要な仕事はないというのに。仕事面でのフォローや根回しをしてくれる彼女には感謝しているが、優先順位を間違えてもらっては困る。
「もしや嫉妬か? 手を出されない事にやきもきしているのか? フフフ、そう考えれば許せる気もするな」
ルシアをのぞく九百九十八人にはしっかりエロい事をしているが、彼女は未だ綺麗な体のまま。ロムルスより一個年上の彼女である。そろそろトウが立ってくる頃だし、焦っても仕方ない事かもしれない。
そんなとても失礼な事を考えつつロムルスは歩き、英雄殿へとたどり着く。英雄殿の入口は二つあり、一つは城下につながる門、もう一つは王城に直接つながる門だ。その後者を守る門番はロムルスを見ると一礼し、ドでかい門を開く。
「ロムルス様!」
「ロムルス様、おかえりなさいませ!」
そしてその内側には見目麗しい女性たちが待っていた。いつもの光景であるが、毎度の如くロムルスは内心ニンマリしてしまう。
「ああ、今帰った。くるしゅうない。近う寄れ」
「「「キャー! ロムルス様ー!」」」
くんずほぐれつと彼を取り合う女たち。正にハーレムであった。
――これだ。これこそ我が原動力なのだ。
ロムルスは女が大好きである。
美しくも愛らしい姿、情欲をくすぐる匂い、思わず触れたくなる柔らかさ――何よりもそのえっちさがとても良い。それぞれがそれぞれのえっちさを持ち、たった一つを選ぶなど不可能。だからこそロムルスは「コレだ!」という女がいればすぐ傍に置こうとするのだ。
先ほどまでのうんざりとした気持ちは薄れ、テンションが上がっていく。同時に下半身のテンションまで上がっていくが、今はお預けだ。千妃――星の宮にいる千人目の妃候補を見に行かねばならない。本格的な審査は千妃祭にて行うのだが、一応目星をつけておきたいのだ。故に、断腸の思いで女たちの誘惑をはねのけた。
「あ、あの、父様。おかえりなさい」
ふと、男の声が聞こえた。男と言ってもそのトーンは高い。見れば少し先に赤毛の少年の姿がある。ロムルスの息子のうちの一人だ。
「ああ、カエサルか。どうした」
「えっと……父様に稽古をつけてほしいと思って! もう少しでパオロに勝てそうなんです! だから……」
パオロ。目の前のカエサルと同じロムルスの息子。少々ワガママだが、彼の子供九十九人のうち強さに関しては一番の有望株である少年。そして目の前もカエサルもそれに次ぐ実力を持っている。
二人とも十歳の子供で、年齢からすれば非常に優秀といっていい。しかしロムルスからすればどうしても物足りなく感じてしまう。二人はしょせん子供内でのトップ。対し、己が十のころは既に兵士相手に負けなしだった。
(息子としては愛しているが……王としてはな。頭も凡庸だし、私の後を継ぐのは難しいだろう)
やはり母体が重要なのだ。第二十三后……元武人であるカエサルの母はそれなりに強かったが、特筆するほど優れているかというとそうではない。ただ、女としてはとてもえっちではあった。「くっ! 殺せ!」というワードにはものすごく心躍ったものだ。
カエサルに対し、ロムルスは「後でな」と言いつつ頭をぽんぽんする。寂しそうな視線に少しだけ心がちくりとするも、王としてやるべきことを放っておくわけにはいかない。
(そう、千人目の嫁選びがな!)
見目麗しく、聡明で、かつ強い。超ハイスペックな女を見つけねばならないのだから。
そんな女いるのか? と疑問に思う者もいるだろうが、いるにはいるはずなのだ。例を言えば教皇の娘セシリアや、自分と同じ世界最強の一角『聖魔女』だろうか。どちらも所属国にとっての重要人物なので断られてしまったが。
(噂ではグランレーヴェの娘も相当優れているらしいが……性格に問題があるらしいからな。性格がキツいのはルシアだけで十分だ。そもそも東帝国は潜在的な敵国だしな)
西大陸の国家群と、東帝国はあまり仲がよくない。宗教戦争とも呼ぶべき第一次東西戦争により、東帝国ではルディオス教を信仰しつつも西の教皇を認めていないという状態になっているし、さらに第二次東西戦争で完全に溝が出来た。数世代後の今もそれを引きずっているので嫁取りは難しいだろう。
以上二つの理由により、今は自国のみで探しているという訳だ。国中を探せば一人くらいはいるだろうと期待して。その思惑通り、ロムルスが「おっ」と思う女性はそこそこ集まっている。前に来てから一週間経つから、運が良ければまた目ぼしい女性が見つかっているかもしれない。
スキップするほどにウキウキしながら歩き、星の宮へと到着。詰所の兵士に名簿を見せてもらい、新しく入った娘を確認。
(今回は……五人か。少ないな。あらかた探し終えたと考えれば不思議でもないか)
少々残念に思うが、自然なことではある。恐らくこれからはもっと減るだろう。
ロムルスは兵士に先導され、中へと入る。入った途端女たちが寄ってくるが、用があるのは三階だけだ。それらを適当にあしらいつつ階段を昇る。
「ロ、ロムルス様よ……」
「また来たのね……」
「ど、どうしましょう」
下での反応とは異なり、女たちの殆どがそれとなく離れていく。三階にいる者たちの性質上、旦那や恋人持ちがほとんどだからだ。
その反応に一瞬悲しくなるロムルスだが、『まあ寝取りの醍醐味か』なんて考えて心を持ち直す。最悪なポジティブシンキングであった。
(さーて、新しい五人はどこにいるかな? 部屋を直接訪ねる手もあるが、できれば自然に出会いたいものだ。曲がり角でパンを咥えた美少女とぶつかるとか)
彼は古典的なシチュエーションを思い浮かべた。恋愛小説はそれなりにたしなむのだ。「これやってみたい」なんて発想の元になる為である。
まあそんなドラマティックな出会いなんて中々無い。特に何も起こらず三人、四人と見つけてゆくが……。
(うーむ。全員平凡だな。力も頭もそれなりといったところか。実際に試したわけではないので分からんが……)
残念なことに「コレ」という女はいなかった。今回はハズレらしい。とはいえ、彼女たちとて候補に挙げられるほど優れてはいる。ロムルスの要求の高さが垣間見えるというものだ。
(この分だと残り一人も期待できそうにないな。やはり目ぼしい女は既に集め終わっていたか……)
ロムルスは少々がっかりしながらも星の宮を散策。五人目を探す。しかし、中々見つからない。
女たちがリラックスできるよう、各階にはそれなりの施設を用意してある。図書館、訓練場、エステ、浴場、その他もろもろの商店。どれも無料で利用できるため、日中は女たちもその近辺にいる事が多い。事実、新人四人のうち三人はそこにいた。
「ふむ。残り一人が見つからんな。部屋にいるのか?」
「かもしれません。案内いたしましょうか?」
「そうだな……いや、まだあそこがあったか」
屋上に作られた庭園。最上階である三階にいる者だけが行けるフロアである。特に何がある訳でもないので出入り自由だが、人がいるのは稀だ。
昇ってきたときとは別の階段――フロア中央付近にある階段を昇り、庭園へと足を踏み入れる。庭園にある木々はきれいに整えられ、少し先には石造りの柱に支えられた屋根。人がいるとすればその下のテーブルと椅子がある場所だろう。しかし今は誰もいない様子。
「いないな。……仕方ない。部屋に行くか」
ロムルスは踵を返して階段の方へ戻ろうとした。
しかしその時。
「……に乗ってんじゃないわよ……!」
向こうの茂みから声。少し怒ったような声だった。何だろうと思ったロムルスがそちらへ歩みを進めると……。
「アンタなんなの? 新入りのくせにウチらをナメてんの?」
「やりたい放題してくれちゃってさ。レナさんが許してるからっていい気になるんじゃないわよ」
四、五人の女が一人の女を囲んでいる。皆が皆気に入らないという顔をしており、一人を攻め立てている様子。
(イジメというヤツか? 花嫁候補の中で派閥ができているのは知っていたが……)
星の宮で複数の派閥が形成されているのは報告に上がっている。貴族令嬢が所属する貴族グループ、冒険者が多い冒険者グループ、その他平民を率いる平民のグループといった感じでだ。
性質が異なるゆえに派閥間での争いは少ないが、派閥の中では力関係ができるので、こういったイジメが起こるのは容易に想像できる。が、文官や兵士たちは基本的にこういった争いに介入しない。集団の中でうまくやる事も能力の一つだからだ。流石にやりすぎなものは止めるが。
目の前にいるいじめっ子ら五人。彼女らは囲んでいる女に激しく詰め寄っている。「モノ隠したのにいつ取り戻したのよ。不法侵入よ」「無視されたからって膝カックンなんてする? 普通」「オレンジジュース持ってこいって言ったのに何で黒酢ジュースなのよ。私の健康を気遣ってるつもり?」、等々。
一方、囲まれている方の女は――
(なっ! なんと美しい……)
桃色の髪に桃色の瞳。女神を体現したような容貌。バランスのとれた体つき。美に黄金比というものがあれば彼女のようなカタチとなるに違いない。
身分は恐らくは平民。そこまで裕福ではないと思われる。着ているものがあまり上等ではなく、飾り気が少なすぎるからだ。この地味な恰好でこの美なのだから、映える服装をすればどれだけ美しくなる事か。
衝撃のあまり呆けてしまうロムルス。一方、視線の先の女は心底ウザそうな目でイジメっ子たちを見ていた。が、ロムルスを見つけた途端、目を見開き――
「あ、あの、ごめんなさい。許して下さい……」
オドオドとした態度になり、ぺこぺこと謝り始める。
しかしイジメっ子たちの怒りが晴れた様子はなく、「謝ればいいってもんじゃないわよ!」「どうせ内心馬鹿にしてるんでしょ! 私には分かるんだから」などと攻め続ける。
桃色の髪の少女は涙目になり、きょろきょろと視線を動かした。遠くにいたロムルスと目が合う。助けを求める視線。
「や、やめろ!」
思わず叫び、ずんずんと進む。いじめっ子たちは「ロ、ロムルス王子!」「い、いつの間に!」と驚く。
ロムルスは桃色の少女をかばうように割り入り、口を開く。
「イジメはいかんぞイジメは。せっかく皆可愛いんだ。可愛い子同士仲良くしなくてはな」
先ほど考えていた事とは真逆の事を主張しつつ彼女らを見据える。
流石にロムルスの前でまでイジメを続けるつもりはないらしく、いじめっ子たちは「い、いや王子。これはイジメじゃなくて……」などと言い訳しようと――
しようしたところで再び怒りを見せた。視線の先はロムルスの背後。不思議に思ったロムルスが後ろを振り向くと、そこには相変わらず怯えた様子の少女。ロムルスの上着の裾をきゅっと掴んでいる。
(か、可愛いいいいいい!)
ロムルスの心が咆哮。何コレ。可愛すぎるんだけど。胸がきゅんきゅんするんだけど。
あざといくらいの愛らしい仕草。ロムルスの庇護欲が抜群に刺激される。
「あ、あの……?」
「……はっ! ゴ、ゴホン! と、とにかくイジメはいかんぞ。ほら、行くんだ」
ロムルスの命令にいじめっ子たちはしぶしぶと従った。桃色の少女に対し密かな敵意を向けながら。いや、男のロムルスに分かるくらいだから密かではないか。
彼女らが去る姿をびくびくとしたまなざしで見続ける少女。そしてその姿が完全に見えなくなると、彼女はほっと溜息を吐いて安心。次いでロムルスの裾を掴んでいたのに気づき、恥ずかしそうにパッと離れ、ぺこぺこと頭を下げた。
「え、えっと……! す、すみません。ありがとうございました」
「ハハハ、気にするな。見ていられなかっただけだ」
ロムルスはさわやかに笑った。彼の笑顔を見た少女はさらに恥ずかしそうになり、顔を伏せ、ちらちらとこちらを見てくる。確実にロムルスの事が気になっている。第一印象はバッチリだ。
「え、ええと……あの、その……ご、ごめんなさい!」
「えっ!? ま、待っ……」
そう思ったところで少女は逃げ出してしまった。一体何故。明らかにこちらを気にしていたというのに。ロムルスは驚いた顔をしつつ惜しむように少女に向かって手を伸ばした。
茫然としたまま固まるロムルス。空気と化していた兵士が「ロ、ロムルス様。彼女を連れ戻しましょうか?」と気を利かせてくるが、彼の耳には入らなかった。




