071. ヴィペールの支配者
数日後。
王城の廊下を歩くロムルス。
綺羅びやかなまでに白い上等なチュニックを着た姿は本人の魅力も相まり、非常に凛々しく見える。正に王子といった姿だった。周囲では貴族や使用人が礼をし、道を譲っている。
「それで、魔王の手先と思わしき異形が東の方で暴れております。今のところは現地の領主が抑えておりますが、被害も甚大らしく……」
「成程。私の力が必要だと」
「はい」
隣にいるのは立派な髭をしたイカつい顔の男。この国の将軍の一人、ファビウス将軍だ。
王子に対し歩きながら願うなど不敬とも言えるが、これはロムルスが望んだことだった。よほどの機密でもない限り、わざわざ執務室に行くのは時間の無駄という考えからだ。
「周辺に住まう住民は特に恐れているようです。何しろ村ごと滅びた村もあるのですから。襲われた村は亡骸すら残っていない状況ゆえ、恐らくは異形のエサになってしまったのでしょう」
「むう……」
将軍の話を聞き、ロムルスは難しい顔をして考える。
確かに自分が行けば余裕で対処できるだろう。兵士だけを派遣して数で対処する手もあるが、自分がいるといないのでは被害が違いすぎる。ただ、本来後方で待つべき王族が頼られ過ぎるのは考えものだ。
腕を組んで悩むロムルス。しばし悩んだ結果、今回は行くべきだろうと結論づけた。本格的な戦いになる前に、一度魔王の手先と戦っておくべきと考えたのだ。己の“炎剣”ならば問題なかろうが、それでも戦闘経験があるに越したことはない。
その考えを将軍に伝えようとした時、正面から彼同様かしずかれる存在が歩いてきた。
「これは父上。ご機嫌うるわしく」
「う、うむ」
ロムルスの父、マルスだった。頭には王冠、体には赤いマントを纏い、顔には髪色と同じ赤いヒゲと、威厳のある姿をしている……が、何故か少し緊張している様子。
マルスの横を通り抜けようとするロムルス。父といえど王だ。道を譲るのが正しい姿だが、この国の実質的最高権力者はロムルスである。誰も文句はいえない。ただ、後に続く将軍は別なので、王に対し気まずそうに頭を下げてロムルスを追った。
「ロ、ロムルスよ! 待て!」
「む? 何でしょう父上」
声をかけられ、振り返る。するとマルスは緊張し続けながらも口を開く。
「千后祭の件だ。やるなとは言わぬ。しかし少々無茶しすぎではないか? 民からの苦情が絶えんぞ。このあいだ聞いたが、既婚者にまで候補に挙げているとか……」
「私は人妻属性もイケますからね。問題ありません」
「そうではなくてだな……」
フッと格好つけて笑うロムルスに対し、マルスは頭痛がしたように頭を押さえた。息子の困った性癖を知った瞬間だった。
「それに予算も馬鹿にならぬ。当初の倍以上だ」
「私の才を子に残すという、最も大事な事業なのです。その程度は大目に見ていただきたい」
「し、しかしだな。ただでさえお前の女関係は金がかかるというのに、これから戦もせねばならぬのだ。これ以上の浪費は……」
「浪費?」
ロムルスはピクリと眉をひそめた。
彼からすれば情けない父であるが、敬意を持っていない訳ではない。だからこそ王冠を奪うなんて真似はしないし、マルスの政策に逆らったりはしない。
だが、己の邪魔をするなら別である。自分が子供のころ、貴族の思うがままになっていた王権。王は文字通りお飾りだった。それを取り戻したのはロムルスである。権力が複雑化したこの時代に、原初の王に求められる“力”を示した事で貴族たちは従ったのだ。
故にロムルスは自分の子にこだわる。弱い王に価値などないと理解しているからだ。そして千妃祭はその中核となるもの。これまでも目に留まった女は嫁にしてきたが、これほど大規模な事はやっていなかった。まあ『自分でハントする方が楽しい』というとても個人的な理由からなのだが。
彼の反応を見たマルスは慌てて手を振り、「い、いや違う!」と否定する。己の権力が誰によって保障されているか知っている為だ。
しかしそれは逆効果である。『王たるもの強くあるべし』を信条とするロムルスにとって、情けない王の姿は不快でしかない。彼の表情がさらにけわしくなり……。
「ロムルス様」
けわしくなりかけたところでビクリとする。後ろから聞こえた声。その声の方へロムルスは鈍い動きで振り向き……
「ル、ルシア……」
金髪を縦ロールにし、白いドレスを纏った女性が後ろにいた。
――ルシア・ヴィペール。彼の十番目の妃だ。
彼女は明らかに怒ったという雰囲気でこちらを見ている。
「ど、どうしたルシア。そんな顔をして」
「どうした、ではありません! 王相手にそのような態度……! 不敬ですよ!」
その吊り上がった目でロムルスを責め立ててくるルシア。彼女の勢いにロムルスはたじたじとなる。
「い、いや、これは親子の気軽なコミュニケーションであってだな……」
「言い訳は結構。ロムルス様、何度も申しているように……」
くどくどといつもの説教が始まる。「いや」「それは」と言い訳をしようとするロムルスだが、どれもアッサリ論破されてしまう。
后の中の一人、ルシア。ロムルスはどうも彼女が苦手だった。
というのも、彼女は幼馴染なのだ。ロムルスより少しばかりお姉さんであり、しっかり者のルシア。王子相手といえどダメな事はきっちりダメという性格で、彼は幼いころより何度も叱られてきた。その力関係を今も引きずっているという訳である。
「陛下。失礼しました。わたくしの夫が……」
「あ、ああ。問題ないとも」
「将軍。あなたも見ていないで止めてください。ロムルス様を支えて頂けるのはありがたいですが、それとこれとは別のはずです」
「お、おっしゃる通りです。申し訳なかった」
ルシアは王へと謝罪し、将軍へと忠告。それを受けたマルスはほっとした顔をし、将軍は申し訳なさそうな顔をした。一方、ロムルスは面白くないという表情になる。
(困った女だ。全く、何で私はこんな女を嫁にしたのか。幼馴染属性が他にいなかったからか?)
巨乳、貧乳、妹系、姉系、お嬢様、ロリ、JKと、ロムルスのハーレムには様々な女がいるが、幼馴染属性はルシアしかいない。単純に昔から知っているという仲なら他にもいるが、幼馴染と呼べるほど深い思い出があるのは彼女しかいないのだ。
(嫁にしたのはいいが、どうも食指が動かんしなぁ。親しすぎてえっちな目で見れないというか……。かといって離婚するのもなあ……)
眉をひそめながらルシアを見る。その視線に気づいた彼女が「何でしょう」と問いかけてきたので「何でもない何でもない」とぶるぶる首を振る。言えばさらに叱られるのは間違いない。
が、叱られるのは避けられないようだ。先ほどまで話していた内容を王より聞いたルシア。彼女は再び厳しい視線を向けてくる。
「王のお言葉はもっともだと思います。民が怒るのも当然ですし、お金も使いすぎです。一体何人集めるおつもりですか」
「い、いや、それは重大な国家事業ゆえに……」
「だとしても他人の妻まで集める必要はないでしょう。中には身元も知れぬ者もいるとか? それに、重大だからといって考えなしにお金をかけていい訳ではありません。千人も集めているのだから十分すぎます。大体ロムルス様は……」
くどくどと再び説教が始まる。もっともな言い分なので言い返すことすらできない。
そのうち嫌になってきたロムルスは「わかったわかった。検討しよう」と言い、逃げるようにこの場を去るのであった。
 




