069. 女の楽園? 英雄殿!
(まさか本当に秒で捕まるとは……)
レヴィアは連行されながらも思った。
ヘンリーの家を出たレヴィア。彼女はソッコーで兵士二人とはちあったのだ。お互いにびっくりとした顔をし、次いでニヤニヤした顔になった兵士は同行を命じてきた……という経緯である。
そういう訳で、現在レヴィアは英雄殿へ連行されているという訳である。
「まさかまだこんな上玉がいるとはなぁ。びっくりだ」
「見た目だけでも予選突破間違いなしだな。つまり俺らへの報奨金も間違いなしって訳だ。っつー訳でお嬢さん。よかったな? 王子様のお嫁さんになれるかも」
一人の兵士がポンと肩を叩いてくる。
反射的に「気安く触れんじゃねーよボケ」と言おうとしたレヴィアだが、ぐっと抑える。目を伏せ、震えながらも「あ、あの、やめてください。帰してください……」と蚊の鳴くような声を出した。今は清楚でひかえめな女を演じているのだ。恰好も薄い青のブラウスにカーディガン、下はベージュのロングスカートと非常に控えめな恰好。そして手には一冊の本。テーマは文学少女だ。
彼女の恐れるような姿。それを見た兵士たちの庇護欲や嗜虐心といったものが刺激される。「うっ」と言って赤くなり、ごくりと喉を鳴らした。
「な、何というか、本当に綺麗な子だな。なあお嬢さん。やっぱり俺んとこの嫁に来ない?」
「や、やめろって。千妃祭の花嫁を横取りしたってバレてみろ。失職で済めばいい方だぞ。気持ちは分かるけど……」
そうこうしているうちに英雄殿らしき場所へと到着。
敷地を隔てる壁ははるか遠くまで続いており、その先は全く見えない。小さな町くらいの面積はありそうだ。ロムルスと九百九十九人の后に加え、彼女らの世話役や兵士たちまで暮らすとなればこのくらいの大きさは必要なのだろう。
さらにその壁は非常に高く、内外からの出入りを厳しく制限している。今いる正門以外の通り道は王城への通路だけらしい。もっともレヴィアなら壁を乗り越えるのはたやすいのだが。
「それじゃお嬢さん、頑張れよ」
「うーむ、本気で惜しい事をした気が……」
女の文官に引き渡され、連行してきた兵士と別れる。手続きは英雄殿の中でするらしく、文官は建物内へとレヴィアを誘導。
(兵士、文官、メイド、その他も全部女か。ヘンリーの言った通りだな)
レヴィアはすれ違う人間を見ながらも思った。老いから若いまで様々な年齢の者を見かけるが、全て女だった。確かにこの中に男が侵入するのは難しそうだ。
加えて目につくのは宮殿の作り。贅を尽くしたような場所であった。天井は高く、部屋はだだっ広い。壁や柱には金をふんだんにあしらった装飾があり、絵画や壺などの調度品はレヴィアの目をして認めざるを得ないほど高価なもの。正に王者の住む場所である。
(なんつー贅沢な。う、売ればいくらくらいになるのかな……)
落ち込んだ演技をしながらも将来の慰謝料の算段をし始めるレヴィア。折角なら遺物だけでなく金銭も頂きたい。この部屋にあるものだけでも売り飛ばせば相当な金になるだろう。
思わずよだれが垂れそうになるが、純花の事を思い出しぶるぶると首を振る。そう、自分は純花の為にここへ来たのだ。
膨らみつつあった金銭欲を抑え、演技を継続しつつ文官の後を追う。どうやら今いる建物はエントランス的な場所なようで、敷地内の庭に出ればいくつもの宮殿があった。これら全部ひっくるめて英雄殿という事だろう。
「チッ、また増えたの……?」
「ロムルス様にも困ったものだわ。私達がいるというのに」
ふと、声が聞こえた。庭園にある噴水。その端に座っている数人の女がいまいましそうな目でこちらを見ていた。
恐らく……いや、確実にロムルスの后だ。ひらひらと男を誘うようなエロい格好をしているので間違いない。
「しかもロムルス様の子を確実に授けて頂けるのでしょう? 私達ですらまだなのに……」
「ロムルス様……。早く私のところまで来て欲しいわ……」
成程。九百九十九人もいるのだから放置状態の后がいてもおかしくはない。常に全員の相手をするなど流石に不可能だ。可能だというならレヴィアとて敗北を認めざるを得ない。男として。
そうしてしばらく歩き、案内された場所は一番奥にある宮殿だった。
「着きました。ここは“星の宮”とよばれる場所にございます。千妃祭当日まで花嫁候補の方はここで過ごして頂きます」
星の宮。その名の通り建物には星をモチーフにしたオブジェや彫刻などが多く見受けられる。他の建物にもそれぞれ特徴的な意匠があったので、その意匠に沿った名前が付けられているのだろう。
面積は相当広く、日本で例えれば大き目の中学校くらいはありそうだ。もちろん縦にも長く、窓の数から三階建てという事が分かる。一体どれくらいの人間が住んでいるのだろう。
「あの……ここには何人くらいの人が集められてるのでしょう……?」
「そうですね……。おおよそ千人といったところでしょうか」
(……馬っ鹿じゃねーの?)
レヴィアはそう思った。いや、王国全土から集めればそのくらいになっても不思議ではないが、候補だけで今の后と同程度の数を集めたという。維持費だけでもハンパなさそうだ。星の宮も大きいは大きいが、既にパンパンだろう。
そんな風に呆れつつもレヴィアは瞳を動かし、建物の造りを確認し始める。窓はところどころにあるが、階段は見当たらない。出入口はメインの入口以外にも勝手口っぽい場所が複数存在。どこも二、三人の兵士が監視している。厳重というほどではないが、ほどほどの警備だった。
つまり、脱出は容易。もちろんレヴィアにとってはだが。
(イレーヌやヘンリーの奥さんは何とかなりそうだな。ただ、ロープがいるな。リズくらいなら抱えていけるけど、それ以上だとなぁ)
特に落下時が難しい。レヴィアだけなら全身のバネを利用して着地できるので魔力強化は不要。しかし人をかかえて体重が増えれば強化が必要になり、さらに衝撃に耐える為に全身を強化する必要がある。運ぶ者のサイズ次第なのもあるが、レヴィアにとって非常に難しい事だと言わざるを得ない。
複数の入口のうち、一番大きな入口から中へと入る。
入ってすぐ左には詰所らしきもの。正面を見れば、絨毯のひかれた通路があり、前後左右へと四方に道が続いている。そして正面の道には天井が無く、一階から三階をブチ抜いた吹き抜けになっていた。上を見れば柵に寄りかかりながらおしゃべりに興じている子もいるので、悲観している人物だけでもないようだ。
レヴィアは詰所から出てきた文官から質問を受ける。名前や出身等といったごく当たり障りの無いものだった。さらに彼女はこちらをじろじろ見て「文句なしに三階ですね」と呟く。それを聞いた案内役はレヴィアを再び引きつれ、左に曲がって少し先にあった階段を昇って移動。
その上った先の進むと、両側にドアがたくさん続いている通路に出る。まるでホテルのような感じだった。そのうちの一室の前で文官は足を止める。
「着きました。ここが貴女様の部屋でございます。申し訳ありませんが、候補の数が想定よりも多く、相部屋となっております。どうかご容赦を」
文官はそう言い残し、去っていった。
(説明が何も無かったんだけど……。そのうち覚えろって事か? あるいは部屋の相方に聞けとか)
放置状態になったレヴィア。しかしこうしていても仕方ないので部屋へと入る。
中は広いとは言えず、八畳程度の広さ。ベッドが二つ、クローゼットが二つあるので少々狭く感じる。内装こそ綺麗だが、広さでいえばメイドの部屋よりは多少マシという感じだ。
「へえ。ずいぶん大人しそうな子が入ってきたねぇ」
そしてその場所には一人の女がいた。
金髪を一本のおさげに結った活動的な女。気の強そうな目つきで、頬には一本の刀傷が残っている。恐らくは盗賊職の冒険者だろう。本当に盗賊の可能性もあるが。
足を組んで片方のベッドに座っている彼女はニヤニヤとしながら口を開く。
「私はレナ・ラベオン。ま、仲良くしようや」
「あ、あの、レヴィア・グランと申します。よろしくお願いします……」
大人しい演技をしたままぺこりと礼をするレヴィア。「そんなところで突っ立ってないで座んなよ」と言われたので素直にもう一つのベッドへと座る。
「そんじゃ、とりあえず有り金だしな」
「……は?」
意味不明な言葉。いきなり何だろうか。レヴィアが呆けていると……。
「ボサッとしてんじゃねぇよ。いいか。ここじゃ私が上、アンタが下だ。私の言う事が絶対。いいな?」
「え? え?」
「ったく、ニブい子だね。同じ花嫁候補だからって平等だなんて本気思ってるのかい? アンタみたいな大人しい子は食い物にされるしかないのさ。この女の園ではね」
「痛っ!」
つかつかと近づき、レヴィアの髪を掴んですごんでくるレナ。非常にガラが悪い。その彼女に対し、レヴィアは――
「痛い痛い! やめて! やめて下さい!」
「調子に乗ってんじゃねーぞ。ヘアスタイルが乱れちまったじゃねーか」
地面に這いつくばり、頭を押さえて防御しているレナ。彼女に向かいレヴィアはゲシゲシと蹴りを入れ続ける。
女の命である髪を掴まれたレヴィアはソッコーで激怒。レナをノして力関係を教え込んだのだ。……控えめ演技は一瞬にして崩れ去っていた。
「で、誰が上で誰が下だって? ん?」
「すみませんすみません! レ、レヴィア様が上! 私が下ですぅ!」
レナの頭はたんこぶでボコボコになっている。
元男だった事もあり女を殴るのは抵抗のあるレヴィアだが、ケンカ売られた場合はその限りではなかった。




